第26話(上)魔狼討伐で

グレンとアリシアそしてヴィルは魔狼を追って西に向かった。


 ベルジアンはアラーナ国の王宮に残ってグレンの立場を少しでも良くしておきたいと言って残ることになった。


 「じゃあ、ベルジアン。決して無理はするな。俺はもう国王になど未練はないんだからな。お前は自分の身を守ることを考えればいいからな」


 「ですが、今のアラーナ国の議会は真っ二つに分かれています。国王が亡くなり王妃側につく貴族と王妃を嫌っている側の貴族。殿下が不正などせず公平な人だと良く分かっているからこそです。国王暗殺の一件も王妃の策略かもと噂があり、殿下の仕業と決めつけていたもの達も今では疑いを持ち始めているんです。私は殿下が世界を救うため魔狼を退治しに行かねばならず国を留守にしているとはっきり皆に伝えるつもりです。どうか無事に帰ってまたこの国の為に力を貸していただきたいのです」


 「ああ、わかっている」


 ベルジアンの揺るぎのない自信はグレンにそう言わせた。


 アリシアはそばで見ているだけで胸が熱くなった。


 さすがはべりジアン様。確かにグレンは魔族の血をひいてはいるがきっと王として素晴らしい人だろうと思う。


 やっぱり結婚は無理だなとも。


 「とにかく急ごう。これ以上被害を出さないように一刻を争う」


 グレンは転移魔法でティルキア国の西べズセクトの国境警備隊の近くに移動する。


 あちらでは国境警備隊と合流して魔狼をやっつける手はずになっていた。


 大司教からアリシアの持っているペンダントに連絡が来たのだった。


 これってあっちからも連絡出来るのってアリシアは驚いた。


 ***


 ここは国境に近いクラリネ山。この辺りで一番高い山だ。


 太陽が西に傾き、山の頂上は橙色の美しいシルクの布がかけられたように鮮やかな色に染まって行く。


 国境警備隊の騎士軍が山の細い道を駆け上がり頂上で魔狼が現れるときを今か今かと待ち構えている。


 人々の顔も身体も橙色に染まって行く様にアリシアは思わず目を奪われた。


 3人はその山の頂上にある見張り台の上にいた。


 グレンは見張り台の屋根で弓をひき、アリシアは神に祈りを捧げ、ヴィルはアリシアのそばで剣を構えていた。


 もうすぐ太陽がその山の彼方に落ちて行く。



 その時だった。


 「あ、あれは!魔狼じゃ。あそこだ。あ、あいつ空をかけているぞ」


 「総員配置につけ。いいかよく狙え。チャンスを逃すんじゃないぞ!」


 国境警備隊の大隊長の声が響く。


 「ぐぅおぉぉぉん。ぐぅぅおぉぉぉーん」


 魔狼は片割れを失った事が分かっているかのように寂しいような怒っているような咆哮を上げている。


 魔狼は太陽にまっしぐらに向かって行く。


 「落ち着け!」


 「手はず通りに行くぞ。いいか!」


 警備隊の声があちこちで交わされ指示に従いそれぞれが動き出す。


 無数の弓が上空に放たれ雨のように降り注ぐ。弓の合間を騎士たちが魔狼に向かって刃を向く。


 「オーディンの神よ。どうかその力を我に与えたまえ。この邪悪なものを今一度魔界に引き戻す力をお与えください…」


 アリシアは祈りを始める。


 すぐ前にはオルグの泉の水を入れたビンが置かれ魔狼の魂う入れられるように準備は出来ていた。


 もしアリシアが失敗してもすぐにヴィルがすぐ対処できるようにもう一つのビンを持っている。


 アリシアは両手を天に向かって広げて最大限の祈りを捧げる。


 グレンは思いっきり弓を引き絞る。


 今か今かと狙いをつけチャンスを伺う。


 魔狼はあざ笑うかのように人間の上を駆けまわる。


 「そこだ。もらった。魔狼覚悟しろ!!」


 グレンは弓矢を放った。弓矢は大きく弧を描いて魔狼の腹の真下に突き刺さったと思ったがするりと交わされた。


 そのせいでグレンはバランスを失い屋根から落ちる。


 その瞬間グレンは狼の姿になり屋根を伝って空に駆けのぼった。


 「おい、魔狼が二頭になったぞ。矢を放て!」


 慌てた国境警備隊の怒号が響く。


 狼が二頭。でも片方はグレンだとアリシアにはすぐにわかった。


 だってグレンは子犬になる。きっと魔力が暴走して変身してしまったに違いない。


 魔狼は真っ黒い毛でおおわれている。


 でもグレンの狼は金色と白金の色が混じり合った色合いでとても美しかった。


 「グレン、矢が…危ない!待って片方が味方なの。お願い矢を射るのはやめて…グレンが死んじゃう。お願い」


 アリシアは矢が飛び交う中に飛び出した。


 国境警備隊の騎士たちは魔狼を倒そうとそんな言葉は届かないらしく矢は雨あられのように降り注いだ。


 「うぐっ!止めて…お願い。グレンを殺さないで…」


 アリシアは叫び続けた。


 手にはオルグの泉の聖水が入ったビンを握りしめたまま。




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