第23話 魔族の王の姿をした魔狼と出会う?

 


 ハーティは人間の姿で街をうろついていた。というより魔王の人型と言った方がいいかも知れない。


 街には珍しいものばかりがあってハーティはあちこち寄り道をしながら歩いていた。


 髪はそれはそれは美しい銀色の長い髪。顔は端正で瞳は琥珀色の見目麗しい男だった。


 体躯はがっしりして背も高く通りを歩いていると女性が幾人も立ち止まって彼をうっとり見つめるほどの器量なのだ。


 ハーティはいい気分で街を練り歩いていた。


 その時だった。うっとりするような匂いがして来て思わずそちらに引き寄せられる。


 その匂いを辿るとひとりの女だと気づいた。


 まるで何かに取りつかれたようにその女が欲しくてたまらなくなる。


 ハーティは自分が魔狼だと言うことも忘れるほど。


 どうも魔王の魂が反応したらしく激しい本能に掻き立てられてハーティも逆らうことが出来なかった。


 そして思わずその女に声を掛けてしまう。



 「お嬢さん、名前を聞いても?」


 声を掛けられたのはアリシアだった。


 昨夜のうちにベルジアンも来て弓矢も手元に届きいざ魔狼を探そうと4人で宿を出たばかりだった。


 「あの、どなたでしょう?」


 アリシアはいきなり声を掛けられたがその見目麗しい姿に思わずうっとりとなった。


 それにこの香りは何だろうと…男からはじゃ香のような何ともいい匂いがしていた。


 なんだこの色男は?そう思ったのはグレンだ。


 「なんだお前は、いいからそこをどけ!」


 すぐにアリシアを庇うように前に出てすごみのある声で怒鳴った。


 「お前に聞いてなどいない。どけるのはお前の方だ」


 ハーティはグレンの胸を大きな手のひらでドーンと押した。


 グレンがよろけた。


 グレンの闘争心に火が付く。


 「おい、やるのか?」


 「いいからどけ!俺はこの女に用がある。こいつは俺の番だ。何か文句でも?」


 ハーティは自分の言葉が信じれない。おい、この女があの魔王の番だって?どういうことだ?


 いいからこんな女にかまうなとハーティは思う。


 頭の中はハーティだが心と体は完全に魔王に乗っ取られているみたいで何も手だしが出来ない。


 「はっ?何言ってる。アリシアは俺の…いや、お前の番なんかじゃないから、なんだ?文句があるなら勝負しろよ!」


 グレンは驚く。こいつ何を言ってるんだ?アリシアは俺の。つがいだ。お前のじゃない!


 心の中では大声で叫んだが…言葉には出来なかった。


 「グレン、今何って言ったの?まるで貴方の持ち物みたいな言い方しないで!私は誰のものでもないんだから。勝手にあなたのものみたいに言わないでよ。それにそこの…よく見たらおっさんじゃない。あんな何言ってんのよ。勝手なことを。ふざけないでよ」


 アリシアは自分を勝手に取り合っているらしい男たちに切れる。



 「アリシアとか言ったな。お前は俺の番だ。100年ほど前お前と俺はお前を手に入れた。結婚して一緒に暮らしていたじゃないか。なのにお前は逃げた。二度と帰って来なかった…俺がどれほど傷ついたか…今度は絶対に逃さんからな」


 ハーティの中にいる魔王の魂がそう言う。


 ああ、魔王でも女に捨てられるのか?そんな事を思いながらハーティは面白がってふたりの会話を聞いていた。


 「何を言ってるのよ。私まだ25歳なのよ。100年も前にいるはずがないじゃない。だから間違いよ!」


 アリシアはほっとする。何だ。間違いかと。


 そしてほっとしたのはアリシアだけじゃなかった。グレンもハーティに向かって言う。


 「ほら見ろ!アリシアはお前の番であるはずがないだろう?ほら、わかったら早く行けよ」


 「いや、間違うはずがない。この匂い。間違いなく番の…うん?待てよ…何だか色々な臭いが混ざっているが…まあ、今の俺はきっと肉体がないからだ。アリシアだと。そんなはずはない。顔はターニャじゃないか!」


 「だから違うって!そんな事を言われても困るわよ…」 


 そこでアリシアは大司教が言っていたことを思い出す。確か先祖に魔族と結婚した人がいたとか言っていたような…もしかしてそれがターニャさんって事?


 「いや、お前はターニャに違いない!」


 「おい。アリシアは人違いって言ってるだろう?」


 グレンが引導を渡してやるとばかりに言う。


 「いや、このまま別れるわけにはいかん」


 相手も引き下がるわけにはと。


 「あんた一体誰なんだ?まずそれを名乗ったらどうだ?」


 「俺か。俺はガドーラ。魔族の王だ」


 おい、そうじゃないだろう。俺はどうするんだ?お前は俺の身体の中にいるだけのただの魂だろう!!


 慌てたのはハーティだった。


 身体の中でゆっさゆっさ魂を叩いて言うことを聞けとばかりにする。


 それを周りが見ていると…


 ハーティは右手で自分の頬を叩き左手で自分の腹を殴っている。何度も自分の身体を痛めつけている。


 「お前何やってるんだ?頭おかしいんじゃないのか?はっ?」


 「こいつが言うことを聞かないから!」


 「なんだ。お前が俺の魂を奪ったからだろう。俺の魂を身体に戻せ。くっそ!」


 グレンは驚く。そしてやっと気づく。


 「と言うことは…お前魔狼か?おいヴィル。弓矢を出せ。こいつを打ち取るんだ。今すぐ!!」


 「グレン弓矢だ!」ヴィルがすぐに弓矢を渡す。


 「ちょ、グレン。ここじゃまずいわ」


 ここは街の大通りのど真ん中。人が行きかい馬車も走っているこんな場所で?無理でしょ。


 「そうだな。ガドーラ場所を移そう」


 「待ってグレン。どこに移動する気?」


 「決まっている。オルグの泉だ。魔狼を魔界に戻す」


 アリシアがグレンに声を掛ける。


 「待って、私も行く」


 「だめだアリシア。お前はここにいろ!」


 アリシアはグレンの耳元に近づいて言う。


 「いやよ。私がおとりになる」


 「お前なぁ」


 グレンが渋い顔をするがアリシアはグレンの前に進み出るとガドーラに言った。


 「ガドーラ。私を捕まえてごらんなさいよ。さあ」


 「おい、俺を煽るのか?いいだろう。ターニャもう逃がさないからな」


 「だから…違うって!」


 ガドーラがその気になったのを見てグレンが慌てる。


 「ううん、あなたのターニャよ。捕まえたければ追って来なさいよ」


 アリシアはグレンに合図する。これはおとりだと。


 グレンにもやっとそれが分かったようでガドーラに来いと手招きをする。


 「ああ、そうだ。来いよ。場所を変えようぜ。さあ」


 「ああ、いいだろう。お前を倒してターニャはもらう」


 ガドーラはうまい具合にグレンのそばに寄って来た。


 グレンはガドーラの身体に触れ逃げないようにするとさっと手を上げた。


 グレン、アリシア、ガドーラ(ハーティ)は一瞬で光の輪の包まれると3人の姿は消えていた。



 「ヴィルフリート様私たちもグレン殿下を追いましょう」


 「ああ、急ごう」


 ベルジアンとヴィルはオルグの泉を目指した。

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