第19話 大司教にほだされて
アリシアは覚悟を決める。
「それで話の続きは何なんです?大司教」
「ああ、話は簡単だ。ドークに聞いた話ではオルグの泉で禱りを捧げると泉全体がまばゆい光で溢れるそうだ。その光に魔狼は引き寄せられて泉の中に飛び込むらしい。そしてまた魔界に戻って行くという事らしい」
「でも、そんな簡単に行くものなんですか?魔狼がそんな勘違いをするとは思えませんが」
「いや、普通の聖女ならばそうかもしれん。だがアリシアお前は違うんだ。お前の母マデリーンの先祖には魔族と結婚したものがいたらしい。だからアリシアは魔族の血を引いた聖女ということになる。わかるか?だからお前は普通の聖女の持っている力の何十倍、いや、何千倍もの力を持っているんだ」
「そんなばかな。だって私は加護魔法しか扱った事がなくて、つい最近治癒魔王や魅了魔法がつかえるようになったばかり‥あっ!」
アリシアは声を上げて思わず口を手で押さえた。
「どうした?」
「いえ、でも…」
だから転移魔法が?私の中にもっと強い魔力があるって事?じゃあ、本当に祈りを捧げれば魔狼を退治出来るって事?
アリシア中で疑問が可能性に変わり始める。
これってもしかして?
「アリシアお前なら出来る。お前は数日前に治癒魔法や魅了魔法を簡単に制覇した。普通そんなことは出来るはずがないんだぞ。絶対にお前なら出来る。いいか、時間もあまりない。疲れているだろうが今からオルグの泉で祷りを捧げてくれないか?」
ガイル大司教はアリシアの両手を取るとその手をぎゅっと握りしめた。
アリシアの不安が一気に払拭されて行く。
「そうですよね。私、自分では気づいていなかっただけで本当は出来る聖女だったんですね」
「そうだアリシア。マイヤはいまだに意識も戻らない。きっと魔界の扉が開いたときに邪気を身体に浴びたせいもあるし魔界の扉を開いた罰かも知れん。魔狼を魔界に戻せばマイヤはきっと意識を取り戻すに違いない。これはお前にしか出来ないんだ。頼むアリシア」
「そんな…頭を上げて下さい。私に頭を下げるなんて大司教らしくないですよ」
アリシアの胸はぞわりとして心は震える。
これは自分にしか出来ない事なんだと思うとすごくうれしかったし誇らしくもあった。
母の言った言葉が頭によぎる。生きて正しい事をしなさいと。
だったらそうすればいいとアリシアは覚悟を決める。
マイヤには意地悪なことをされたり嫌なことも言われて来たけど、私はマイヤがこのままでいいなんて思ってもいないし。
「大司教、私やります。精いっぱい頑張って魔狼をオルグの泉に引き寄せて魔界に送り返します」
そう威勢よく言った。
ふとその時、レオンは何が言いたかったのだろうと思ったがそんな思いはすぐに霧散した。
***
「アリシア引き受けてくれてありがとう。喉が渇いただろう。お茶でも飲んでから…まあ、座りなさい。そうだ。もう昼じゃないか、お腹は空いてないか?」
「ええ、そう言えば喉も乾きましたしお腹も…ぐぅ…すみません。ほんとに大司教ったら…私どんな大変な事を要求されるのか冷や冷やしてましたから…」
アリシアはほっとしてソファーに腰を下ろした。
それから大司教が自らお茶を煎れてアリシアに飲むように勧めた。
廊下に出てシスターにすぐに昼食を持ってくるように声を掛けた。
お茶はカモミールティーらしい。このお茶ってお客さんにしか出さないお茶じゃなかったかしら?
私ってそんな扱い受けていいの?
アリシアは気持ちが悪いと思いながらもそのお茶を頂く。
「すごく美味しいです。ありがとうございます」
「とんでもない。こちらこそアリシアには感謝する」
「そ、そんな…お礼なんて。国を救うためですから」
アリシアは照れ臭くて肩をすくめた。
そこに昼食が持ってこられた。
サンドイッチやスープ、ハムのソテーやチーズにサラダやフルーツまで添えてある。
「こんなに?ほんとにいいんですか?」
アリシアは目を丸くする。だってここでの食事はいつも粗末なものだったから。
「もちろん。これから祷りを捧げるためにはしっかり食べておかなくては。なぁアリシア。さあゆっくり食べなさい」
大司教はアリシアに柔らかなともいえる微笑みを向けた。
その微笑み何だか気持ち悪いですよ大司教。そう心の中で突っ込みを入れながら。
「そうですね。では、遠慮なくいただきます。あの大司教は?」
「私は後で頂くから、気にするな」
「そうですか。では…」
思えば昨晩もあまり食べていなかったし朝食もグレンが心配であまり食べれなかった。
あっ!グレンはどうしただろう?あのままティルキア国に帰ってくることになるとは思ってもいなかったから…
そうだ。これが終わったらアラーナ国に行って一度グレンに謝るのもいかも知れない。彼、仕事がどうとか言ってたし。
悪かったって言えば、あの事は誰にも言わないからって言えばきっと許してくれるわよね。
そうすれば彼の仕事の手伝いが出来るかも知れない。
アリシアは食事をしながらそんな事を考えていた。
そして食事が終わるとアリシアは新しい聖女服に着替えをした。
今日の聖女服は真新しいもので滑らかな着心地に思わずうっとりするほどだ。
「大司教こんな新品の聖女服を着ていいんですか?」
「当たり前だ。神聖なオルグの泉で祷りを捧げるんだ。何もかも真新しい方がいいだろう」
「そういうものですか?まあ、いいんですけど」
やけに大司教が優しくてアリシアは何だか調子が狂う。
シスターが髪に香油をつけてきれいに髪を梳いてくれてアリシアの黒髪は驚くほど艶やかになった。
「アリシア準備が出来たらそろそろ…シスター私とアリシアは今からオルグの泉に入る。誰も近付けないように皆に伝えなさい」
「はい、わかりました。そのように…」
シスターは大司教に頭を下げると部屋を出て行った。
「さあ、行こうか」
アリシアは大司教と一緒に神殿の奥にある洞窟に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます