第18話 えっ?魔狼退治できるんですか?
「アリシア、ヴィル。こんな所で何をしている。もしかして聞いたのか?」
そう声を掛けて来たのはゴールドヘイムダル大隊長のレオンだった。
「レオン隊長どうしたんです?そんなに慌てて…それに何を聞いたって?」
ヴィルがレオンに問いただす。
「何って…聞いてないのか?大司教の奴アリシアに伝えろって言ったのに」
レオンは驚いてチッと舌打ちした。
「えっ?レオンさん一体何なんです?私あれから連絡とってなかったから」
「ああ…それがだな。あの後、洞窟でドークを見つけたんだ。魔狼を退治する方法を教えろって問い詰めたらドークが言ったんだ。オルグの泉に聖女が祈りを捧げて…いや、やっぱ俺からは言えない。帰って来たなら詳しい事は大司教から聞いてくれ。それにしてもいつ帰って来たんだ?帰るなら連絡くらいしろよな」
「すみません。急いでたのでそんな暇もなくて早馬で帰って来たんですよ隊長」
ヴィルはレオンの様子がおかしいと思ったが自分たちが転移魔法で帰って来たことを言っていいものかと迷ったのでうそをついた。
アリシアはヴィルの耳元でこっそり聞く。
「ヴィルそんな嘘なんか?」
「いいから黙って…」
こそこそしてるレオンがにんまりする。
「おいおい、兄妹で仲良くやってるじゃないか。まあいい事だ。じゃあ、早速だが大司教のところに行こうか」
「ええ、そうね…」
またヴィルが耳元で言った。
「アリシア転移魔法がつかえたなんて絶対に言うなよ。今は誰にも言わない方がいいと思う」
「ええ、でもオルグの泉で祷りを捧げて魔狼を退治できるならグレンに頼まなくてもいいって事じゃない?帰って来て良かったかもね」
アリシアはそう言った途端もうグレンに二度と会えないかもと思った。
そしたら何だか胸が締め付けられるように苦しくなった。
な、何考えてるのよ。あんな口の悪い男。こっちから願い下げよ。そうでしょ?
***
大司教の執務室に行くと大司教が驚いた。
「あ、アリシア。ヴィル一体どうしたんだ。帰って来たということはもちろんシーヴォルト殿下と話が付いたという事か?」
ガイル大司教は執務机から回り込んでふたりに近づいた。
「いえ、あの…大司教…そんなすぐには無理ですよ…それが実はですね…」
アリシアはぎろりと睨むように見据えられて思わず蛇に睨まれたカエルのように口ごもる。
「アリシアここは俺が…」
ヴィルが代わりに説明を始める。
「いえ、それが国王が亡くなってそれどころではなくなってしまってそれで取りあえずこちらに帰って来たんです」
「それは魔狼退治の話は頓挫しているという事なのか?」
「はい、一度話をしましたがあまりいい返事はもらえませんでした。再度お願いしようと思っていたところに国王の不幸があって…」
ガイルは顎に手を当てるとしばらく考えている。
「ったく。アリシアどうして魅了魔法を使わなかった?何のために…」
「そんな事言われても…」
「相変わらず役に立たん奴め。もういい、レオンがドークから魔狼を退治できる方法を探り出してくれた。アリシアお前にはそれをやってもらう。いいな?」
「そりゃ魔狼を退治できるなら何でもやりますけど…そもそも魔狼って何かしたんですか?」
そう言えば魔狼はどうしているのだろうと疑問が湧く。
「ああ、魔狼は東に向かった。途中の街では人が襲われたり家畜が被害に遭った。あいつらは人や動物の魂を糧にしているらしい。今は何とかごまかして魔狼の事は伏せてあるがこれ以上被害が出始めれば街は大騒動になるかもしれん。だが、魔狼は東に向かっていたがどうやら太陽を捕まえるのが無理だと思ったのかまた方角を変えたようだ。それから北に向かったらしいがはっきりしたい場所はわからない」
「大司教、ほんとに魔狼は太陽や月を捕まえれるんですか?あんな大きなものすごーく高いところにあるのに?」
アリシアはごく普通の疑問を投げかけた。
「な、何を言っている。アリシアあいつらは魔界から来たばけものだぞ。人間の常識が通用すると思うのか?だからお前は…」
ガイルは頭痛がするとばかりにこめかみをぎゅっと押さえた。
アリシアはそんな風に言われてたじろぐ。
すると大司教がアリシアの前に近づいて来るとぐっと握りしめた拳に力が入った。
また、頭ごなしに怒られるんだ。アリシアはここに来てからと言うもの大司教に事あるごとに怒鳴られ怒られて来た、
お前は何もできない出来そこないだとか。
ここにいられるのは誰のおかげかよく考えろとか。
まったくお前には呆れるとか。
どれほどアリシアをなじり、さげすみ、あげつらい、見くびられて来たことか…
アリシアは喉をごくりと鳴らす。
「アリシア?大丈夫か?」
ヴィルが心配して声を掛ける。
「ええ…」
いつも感じて来た恐怖心や怖気づきそうな気持を振り払うように唇をぐっと噛みしめる。
もう私は聖女をやめてここから出て行くんだもの。いつまでも大司教の言いなりになんかなったりしない。
アリシアはぐっと顔を押し上げた。
目の前に柔らかな表情を浮かべた大司教の顔があった。
「あの…怒ってないんですか?いつものように私が浅はかだとか言うんじゃ…?」
ガイルがアリシアの手をそっと取る。
「そんな事言うはずがないだろう?アリシアはよくやっているじゃないか。アラーナ国に行ってシーヴォルト殿下の怪我を治して国王が亡くなって話が頓挫したのは仕方がないだろう。だが、そのおかげでここに帰って来た。これこそ神のお導きというのもだ。レオンから話を聞いてお前に帰って来てもらうと思っていたんだ。いいかアリシアよく聞いてくれ。魔狼をオルグの泉に呼び寄せる事が出来れば魔界に送り返せるんだ。アリシア。これがどういう事かわかるか?」
「ええ、とんで火にいる夏の虫ってやつですよね?」
「ああ、よくわかってるじゃないか。魔狼はこちらが捕まえに行かなくても向こうから来てくれるってことだ。アリシアやってくれるな?」
「ええ、何をすればいいんです?」
ガイルはふっと小さく息を吐いた。
ほっとしたのだろうか。いや、こんな簡単な事をするだけなのにそんなに思い詰めていたとは思えないけど…
アリシアは何だか胸騒ぎを覚えたがさっきまで緊張していたせいだと思った。
ガイルはすかさず話をつづけた。
「良く言った。さすがは聖女アリシアだ。お前にはオルグの泉で祷りを捧げてもらう」
「それだけでいいんですか?」
アリシアはポカンと口を開けた。あまりに簡単な事で拍子抜けする。
「ああ、聖女の加護の力で魔狼を呼び戻せるそうだ。その神々しい光に魔狼は引き寄せられるそうだ」
「なんだ。そんな事で…だったらアラーナ国に行かなくてよかったじゃないですか」
グレンと出会う必要もなかった。顔だけは整っているくせに今上位の悪いあんな男と!
何?さっきから私ったらグレンの事ばっかり…どうしてこんなに彼が気になるのよ。
あんな別れからしたからよ。
それまで黙っていたレオンがいきなり口をはさんだ。
「大司教。ですが祈りを捧げるだけでは…」
「レオン話は私がする。お前は黙っていろ!ここから先は神殿関係者で決める事だ」
ガイルは声を荒げる。
「ええ、それはわかっていますよ。……では、私はこれで失礼します」
レオンの顔は苦虫を潰したように歪んでいる。
でもさすが命令に逆らうことを許さない騎士隊の大隊長。彼はすごすご執務室から出て行った。
「ヴィル、悪いがお前も席を外してくれ。これは聖女の仕事だからな」
ヴィルもそう言うところはすごく察しがいいと言うのか…
「はい、アリシア大丈夫か?」
ヴィルはきゅっと眉根を寄せてアリシアを見た。
「ええ、大丈夫。だって祷りをするだけなら今までして来たことだから、ありがとうヴィル」
「いいんだ。じゃあ、俺は別の部屋で待ってるから」
そう言うと部屋の扉に向かう。振り返った顔はやはり少し心配そうだ。
「ヴィル、いろいろありがとう」
「こっちこそ、大司教話が終わったらアリシアを休ませてやってもらえますか?今日は疲れてると思うので」
「ああ、そうしよう」
ガイルはもちろんと頷いた。
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