第11話 アリシア、父に盛るなとあれほど言ったのに!


 国王の寝室の前に来るとグレンがぱたりと立ち止った。アリシアはその手前の廊下の角を曲がり走ってグレンの所まで行く。


 「はぁ…はぁ…はぁ…殿下歩くの早すぎますよ」


 アリシアは悲鳴にも似た声を上げた。


 グレンは自分とアリシアの身長差を見てうなずく。


 「ああ、すまん。気が付かなかった。さあ、息を吸って吐いて…もういいか?」


 「はっ?待って下さい。もう少し…」


 アリシアは必死で息を整える。それにこれから治癒魔法も使うのだ。緊張するなと言う方がおかしい。


 あっ、それにヴィルにも知らせていなかった。


 「そろそろいいだろう。入るぞ」


 返事を待つ気はなかったらしい。すぐに扉をノックして返事が返って来た。


 「父上の加減はどうだ?今日はティルキア国から聖女が来ていてマティアスの怪我をあっという間に治した。それで父上の病気を聞いて聖女が是非父に会いたいと言うので連れて来たんだが」


 「それはそれは…グレン殿下ありがとうございます」


 国王はよく眠っているらしくそう言ったのは国王の専属の医者フスターフだった。


 「それでどうなんだフスターフ。父上のご様子は」


 「はい、あまりよろしくないかと。胸がお苦しいようで呼吸もままならずお食事もあまり…ですがこの度仕入れました薬湯が聞いたようで今はぐっすりお休みになられていまして」


 フスターフと言う医者はグレンにひれ伏すように彼の顔を伺う。


 アリシアはこれ以上グレンにしゃべられる前にと国王の病名を聞く。


 「あの失礼ですが国王陛下のご病名は?いえ、どこがお悪いのでしょうか?」


 「はい、胸の病です。呼吸が苦しくせき込みひどいときは夜も眠れないほどで起き上がれば息が苦しくなられるようで最近は横になっていられることが多く…」


 「そうですか。では胸のあたりに治癒魔法をかければよろしいんですね」


 「そうだと思います。私はそちらの方面には詳しくはありませんが胸の病ですので」


 それを聞いてアリシアは詰めていた息をすぅと吐き出した。


 良かった。胸なら何とかなるかみしれない。


 「わかりました。ではこれから治癒魔法をやって見ます。皆さん少しの間部屋から退室していただけますか?」


 フスターフ医師は迷っている様子でグレンが声を掛けた。


 「ああ、フスターフ俺が付いている。心配ない」


 「はい、ではそのように」


 フスターフはすぐに退室した。


 …ってあなたもですよ。アリシアはグレンにもう一度声を掛ける。


 「グレン殿下あなたも退室して下さい」


 「それは無理だ。一国の国王をひとりきりにするわけにはいかない。アリシア君だって余計な疑いを掛けられたくはないだろう?もし父に何かあったらどうするつもりだ?治癒魔法が失敗して父が苦しみ出したら?困るのは君だろう?」


 私失敗しないので!と言いたいが何しろ治癒魔法は経験不足で何があるかわからない。


 グレンの言う通りだと思うが…何しろ胸に口づけをするところを見られたくはない。


 でも…こうなった仕方ないか。事情を説明してわかってもらうしか。


 アリシアは諦めてグレンに説明を始める。


 「グレン殿下がそこまでおっしゃるなら、わかりました。でも私の治癒魔法は少し変わっているのでそれをお話しますが…」


 唇をつけないと魔法が発動しないと説明する。


 「はっ?お前どれだけ飢えてるんだ?いくら聖女だったからって…まあ男に縁がなかったんだろうが…クッ!羨ましい…」


 「今なんて?」


 「何でもない。そう言う事なら今回は父のためだ。胸に口づけることを許すだが手早くやれ、いいな」


 「もちろんです。私だって好きでこんな事しているわけではありません」


 アリシアは国王の胸元を緩めた。


 やはり寝ていても息は苦しそうで時々息が途絶えたようになっている。


 幸いな事に国王やお休みになっている事だけが救いだわ。


 目を覚まさないうちに素早く手早く終わらせてしまおう。


 アリシアは一度深呼吸をしてベッドの横から国王に近づくと一気に胸に唇を寄せる。


 もうやるしかない。


 何度もあちこちに唇を口づけて行く。


 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…ああ、もうこっちも…ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅちゅちゅ…ちゅぅ…ちゅっ、っと!」


 だってどこまですればいいかもわからないから…取りあえず胸全体にしておけば大丈夫なのではと思うだけで。


 「おい、もうそれくらいでいいだろう。かなりの範囲にキスしたな。やっぱり盛りたいんだろう?くそぅぅぅ!」


 グレンは鼻息を荒げた。


 アリシアは唇をびちょびちょにしたままだったが構ってなんかいられない。グレンに平然と言ってやる。


 「こんなご老体に?まさか。殿下私だって選ぶ権利と言うものがありますわ。それで続きを…ちゅっ、ちゅっ、ちゅちゅちゅ、ちゅぅう、ちゅちゅ、ちゅっ…」


 「あ、ありしあ~。きさまぁ。もういい。今すぐやめるんだ!クッソ!!」


 「ええ、ここまでやればもう大丈夫でしょう」


 「ああ、充分だ。これで父の病気も治る。よし帰るぞ」


 グレンはギシリを歯を鳴らすがアリシアはこのまま帰るわけには行かない。


 「今、きれいに身体を拭きますのでしばらくお待ちください」


 「まだあるのか?」


 グレンがはっ?と言う顔になって頭を抱えた。


 「失礼します国王陛下。どうかご回復されてお元気になられますように」


 アリシアは最後に国王の胸元をきれいにふき取り祈りをささげた。


 ***


 いきなり国王の部屋の扉が開かれた。


 「バーン!アリシア様ひどいじゃありませんか。私が案内すると言っておいたのに」


 「マティアス静かにしろ。お前には10年早い。聖女様は誰のものでもないんだ。そうやって独り占めするのは許せんな」


 「兄上こそ、アリシア様をひとり占めしてるじゃないか」


 マティアスがグレンを睨みつけた。グレンは素知らぬ顔で無視する。


 「もういい!兄上なんか。そうだ。アリシア様それで父上はどんな様子?」


 「はい、先ほど治癒は完了しました。今は良くお休みになられていますので後程気が付かれたらもうすっかり良くなっているはずです」


 実際、国王の寝息は穏やかになっていた。


 「そうか。ありがとうアリシア様」


 マティアス殿下の両手がアリシアの両手を取って握りしめた。


 指と指を絡め合わせまるでがっしり掴まえたっていうみたいに。



 「アリシア様さぞお疲れでしょう。私に続いて父上まで…そうだこれから一緒にお茶でもいかがです?」


 「ええ、そうですね。やはり喉が渇きました」


 「では、ご一緒に」


 マティアスが腕を取ろうとしてグイっと引っ張られた。


 「お前、怪我は治ったんだろうがまだ出歩くのは早い。母に叱られても知らんぞ」


 「そんな、兄上ばかりアリシア様とひとり占めしてずるいですよ」


 「なに?文句があるのか?」


 グレンの瞳孔が大きく膨らむ。赤や金色の虹彩があっという間に黒くなって行く。


 そう言ったグレンの周りにひゅうと冷たい風が舞う。怒りで魔力が漏れたのだろうか。



 「グレン殿下、まあまあ…マティアス、お兄様が言う通りだわ。あなたまだ寝てなきゃ。あれだけの怪我をしてたんだもの。少しずつ体力をつけて行かないと…」


 アリシアは急いでグレンの腕を掴んで部屋を出ようとする。


 「アリシア…ちょ、ちょっと待て。そんなにくっついて…ったく俺に盛るんじゃない!」


 グレンは一歩飛びのくとアリシアから距離を取る。


 「だから殿下。盛ってなんかいません」


 アリシアはグレンの胸を突き飛ばしたが彼はびくともしない。


 おまけに彼は真っ赤になっていて。


 あっ、怒らせましたね。これ、完全に…


 




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