第9話(下)マティアス殿下の傷が…無理。無理です


 アリシアはマティアス殿下のお尻にあった唯一の布をめくると一気にその患部にキスをしまくる。


 もちろん目はぎゅっと閉じたままだ。


 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…」


 「アリシア?何だかおかしな音がするが?」


 マティアスが背を起こし掛けた。


 「ああ…でん、か。ああ…それは…きっと耳鳴りでございます。おけが相当ひどいですから…さあ、さあ、安静になさっていてくださいませ」


 「そうか。耳鳴りか…」


 マティアスは静かにまたベッドにうつ伏せになる。


 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…」


 アリシアはさらにスピードさらに上げる。唇が疲れて来て唾液が尻から漏れ落ちる。だが唾液など気にはしていられない。


 薄っすら目を開けると驚くことに殿下の傷は同じようにキスしたところから治って行く。


 どうやらスピードは関係ないようで唇が触れれば治癒魔法は発動するらしい。


 一気に尻にキスしまくったせいで殿下の尻はビチャビチャになっていた。


 やっと…傷治りました。やりました私。


 「殿下、失礼いたします。患部をきれいにさせていただきます」


 アリシアはベッドの横に会った消毒薬でまず自分の唇を念入りに拭いた。それから殿下の背中や腕、そしてお尻をきれいに吹き上げる。


 「おお、アリシア君はすごいな。背中も腕も痛くない。ほらご覧」


 マティアス殿下は吹き上げが終わったと同時に起き上がって腕を曲げて見せた。


 「まあ、よろしゅうございました。私も来たかいがありました。あっ、まだお顔の傷が…殿下じっとそのままじっと…」


 アリシアは自分の行為がとんでもない事だと思う考えが及ばなかった。


 ずっと尻にキスしていたせいでこのくらい何でもないことになっていた。


 アリシアはマティアスの頬にやけどの傷をみつけて思わず彼の頬に唇を寄せた。


 マティアスなまだ18歳になったばかり。もちろん女性の手などに触れたこともない乙女ならぬ乙男なのだ。


 「アリシア。君、今キスしたよね?俺にキスしたでしょう?」


 「あっ、殿下これには訳があるんです。ティルキア国ではお怪我が治った方の頬に神の祝福を願って頬にキスをするという習慣があるのです。私ったらついいつもの癖で…ここはティルキアでもないのに…すみません。どうかお許しを…」


 マティアスの瞳は翡翠のような美しい翠色だった。


 そして顔の造形もまた美しくそんな彼が潤んだ瞳で見つめてくる。


 うわっ!破壊力すごっ!目がくらみそう。


 アリシアはじっと見つめ合っていたせいか緊張して身体が固まったまま。


 「アリシア…君って人は…ありがとう」


 マティアスに抱きつかれた身体は硬直状態だが。


 「いいんです。お怪我が治って本当に良かったですわ」


 アリシアは旨い言い訳が出来て良かったと心の中でほっとする。



 「バーン!」


 いきなり扉が開かれて入って来たのはグレン殿下だった。


 「アリシア!今、何をしていた?まさかマティアスにまで盛っていたのではあるまいな?」


 グレンはアリシアとマティアスが身体を寄せあっている所を目の当たりにする。


 「あっ、こ、これは…」


 アリシアはマティアスを押しのけるようにしてすぐに身体を離す。


 マティアスとアリシアのほんのり赤く染まった頬を見据える。


 「兄上違います!アリシアは俺の傷をすべて治してくれたんですよ。ほら、見て下さい。あんなにひどかった火傷が…俺、うれしくてついアリシアに抱きついてました。ごめんアリシア。嫌だったよね?」


 マティアスがしょげた顔で上目遣いで見る。


 子犬みたい。か、可愛いと思いつつも。


 「そんな事…もう、大丈夫ですから」と言いつつすぐさまベッドから下りる。


 グレンはすかさずベッドに近づく。


 「その頬はどうした?まだ傷が残っているぞ!フン、どうせ手を抜いたんだろう?」


 「まさか…あなたがいきなり入って来たからじゃありませんか」


 「そうか。まあいい。さあ、頬の傷を治してみせろ」


 「グレン殿下。治癒魔法は繊細な魔法なんです。気が散ったりしたら治るものも治りません。出て行ってもらえませんか?」


 「アリシア、もういい。これくらいもう君の力を使わなくても平気だ。君だってすごく疲れただろう?兄上の言ったこと謝るから。いいだろう兄上」


 「お前、アリシアに完全に篭絡されやがって。勝手にしろ!」


 「ありがとう。さあ、アリシアも部屋に戻って休んで。おーい。母上を呼んでくれ」


 マティアスがそう声を掛けると「はッ、ただいま」と声が聞こえた。


 部屋の外には執事が控えていたらしい。


 「それでは殿下、お言葉に甘えて失礼します。どうか無理をなさらないようにして下さい」


 アリシアはあの王妃が来る前にとすぐに部屋を後にすると同時に王妃が部屋に入って行った。


 「マティアスーあなた傷が…よかったわぁ」


 ああ、涙、涙、感激の再会ね。アリシアにお礼の言葉は…なかった。


 まあいいけど…アリシアはほっと息を吐いた。



 ヴィルフリートと合流すると部屋に戻る。


 「アリシアうまく行ったのか?」


 「ええ、信じれないけど上手くいったわ」


 「良かったな。じゃあ後はグレン殿下に頼むだけだな」


 「…グレン殿下ねぇ…それが問題よ。あの男願いを聞くようなタイプ?はぁどうすればいいかしら?」


 「そうだな。俺も考えてみる。いいから少し休め。疲れただろう?」


 「ええ、そうさせてもらう」


 それにしてもアリシアはよくやったと自分をほめてやりたかった。


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