第9話(上)マティアス殿下の傷が…無理。無理です


 「うっ、こ、これは…」


 アリシアの目に入ったのは白い包帯を身体中に巻かれた人間。


 それにむせ返すようなこの匂いは?


 弟切草?


 脳内で弟を切るって…冗談にもほどがあるなどと不埒な考えが浮かんでアリシアは首を横に振った。


 まさか…グレン殿下が犯人とかじゃないわよね?


 「お待ちしておりました。マティアスを救ってくださいお願いします」


 ひとりの女性がアリシアに縋りつく。


 「こちらは王妃。マティアス殿下の母君です」


 「お母様、全力で殿下をお治しします。ですがまず傷を見せて頂かないと」


 「ええ、他の者は部屋から出なさい。医者はマティアスの包帯を取って」


 「ははっ、ジョアンナ王妃」


 すぐにベルジアン様や他の人が部屋から出て行った。


 白衣を着た医者がマティアスの腕の包帯を取って行く。包帯は両腕から背中にかけていて彼はうつ伏せで寝ていることもわかる。


 髪は焦げたのだろう。きれいな金色の髪がちりじりになっている。


 これは母親譲りの髪色だろうと思う。


 顔は少し水ぶくれが見られたがあまりひどくはないようだが腕、特に背中からお尻にかけては皮膚がめくれて赤くなってすでにじくじくしている。


 それにしてもひどいわ。火を避けようとしゃがみ込んだのかも。


 これ相当痛いはず…


 「あの、薬草はどのようなものを?」


 「ドクダミに弟切草の混ぜたものを患部に湿布しております。飲み薬としてキランソウを…ですが治癒魔法をかけて頂ければすぐにでも傷が治るんですよね?」


 「ええ、ですがこんなに広範囲だとは思いませんでしたので…少し時間がかかるかもしれません。それでは私と殿下だけにして頂けますか?」


 「はい、もちろんです」


 「でも、私はこの子の母ですよ。それにあなたが本当に聖女かもわからないのだし…」


 「申し訳ありませんんがそこは信じて頂くしか、私も全力で殿下を治療しますから…どうかお願いします」


 アリシアはしおらしく頭を下げる。


 だって、唇付けなきゃ治癒魔法がつかえないって言えるはずないじゃない。


 もう、こんな恥ずかしい事出来るかさえも不安なのに?


 腕や背中はまだしもお尻にまで…


 脳内はそのことでいっぱいなのに…


 「まあいいわ。その代り30分したら様子を見に来ますから。マティアスをたったひとりにしておける訳がないじゃない!」


 最期は少し怒ったように言うとジョアンナ王妃と医者は部屋を後にした。


 さてと…


 「殿下?マティアス殿下?聞こえますか?今から治癒魔法をかけて行きますからじっとしててくださいね?わかりますか?痛いですよね。すぐに治しますから…」


 アリシアは朦朧としているマティアスに向かってそう話しかける。


 「…うっ、ぐぅ…た、む…」


 「わかってますから、もう喋らなくていいですよ」


 アリシアはそっと腕の傷に唇を寄せた。


 ”どうか彼の火傷が治りますように…”


 唇を当てた辺りの火傷があっという間にきれいになって行く。


 ああ。よかった。治癒魔法効いてる。


 この調子で…30分したらあの母親が入って来ると思うと気持ちの急く。


 どんどんペースを上げて腕から背中にかかる。


 そっと何度も口づけを落としその度に傷がきれいになって行くのを確かめながら何度も背中にキスを落とす。


 背中と腕がほぼ治癒するとマティアス殿下の意識がはっきりして来た。



 「君は?」


 「お気づきになられましたか?ご安心ください。私はティルキア国から参った聖女です。今、殿下には治癒魔法をかけています。傷はかなり治って来ましたが痛みはいかがですか?」


 「ああ、嘘のように痛みが引いた。すごく楽になった。ありがとう。君の名前は?」


 「アリシアと申します。ですがまだ傷が残っておりますのでもうしばらくそのままで…」


 「ああ、さっきから思ってたけどアリシアってその…キスしてない?俺の身体に」


 「あっ、それは気のせいでしょう。治癒魔法がそのような訳がないじゃないですか。その…あまり気になさらず殿下はじっとしていて下さればすぐに終わらせますので」


 「そうなの?俺よく知らないから。ごめん。じっとしてればいいんだね」 


 「ええ、さようでございます」


 アリシアは素っ頓狂な声でそう言った。


 まずい。これはまずい。先にお尻から始めればよかったのでは…


 ひっ!”尻”などと乙女が口にしていい言葉ではない。


 なのに…これからその尻とやらに口づけをしなければならないなんて1!


 あのくっそ大司教。どうしてくれようか!


 唇が私の治癒魔法の発生源だとわかればマティアス殿下はどうするのだろう?


 ふつふつと怒りや不安が湧いあがる。


 だが今はそんな事は言ってはいられない。


 もうこうなったら一刻も早く!!




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