9-1 なーんか匂うねぇ




 それから数日が経ったとある日の夜中、私はいつもどおり城をこっそりと抜け出した。

 目指すはユンゲルス領の郊外。この間アルフと一緒に訪問した孤児院の脇を通り過ぎてから町の外に出ると、デコボコが残る街道を走っていく。

 目的はもちろん、どこかにあるはずの魔素溜まりを解消すること。


「魔獣が集まってくるのは十中八九、男爵様の屋敷に何かあるからだろうけど」


 警告したにもかかわらず、ユンゲルス様はお屋敷にある魔素の元を捨ててはくれなかったみたいで、未だに男爵領は魔獣の襲撃に悩んでるみたいだった。あの時の男爵様の様子からしてよっぽど大事なものなんだろうけど、領民よりも大事なものなんてあるのかね?

 えらーい人の考えは私には及びもつかないもんだけど、ま、そんなことはどうでも良くって。

 町を襲撃してくる魔獣がいるってことは、それを生み出す場所があるわけで。そいつをさっさと私の方で吸収して「キューブ」の肥やしに活用させてもらいましょ。そうすりゃ襲撃もそのうちなくなるっしょ。まさにウィン-ウィンってやつだね。

 町を離れてしばらく走ってると木々が林立する森が広がっていた。月明かりも届かない深い森。ユンゲルス領は小さな町だし、こんないかにもヤバそうな場所に人がやってくるなんてそうそう無さそうだから、魔素溜まりがあるとすればきっとここだね。

 足を踏み入れて少しだけ奥に行けば、魔素が揺らめく気配。程なく低級の魔獣がたくさん徘徊してるのが見えてきた。


「■■■ッッッ――!」

「邪魔」


 私を見て獲物だと思ったらしいノータリンな連中が一斉に襲いかかってきたので、殴り飛ばして消滅させていく。低級の魔獣ってのは何も考えないからね。相手の強さとか関係なく捕食本能だけで次々迫ってくるので結構邪魔くさい。

 魔獣を蹴散らしながらさらに奥深くまで入り込んでいくと、いっそう濃い魔素の気配を感じた。なもんでそちらに向かえば、少し開けた空間を見つけた。風通しも悪くて、目を凝らせば宵闇よりもずっと昏いモヤみたいな魔素が大量に溜まってた。


「よくこれで上級の魔獣が発生しなかったねぇ」


 上級魔獣が生まれるか低級魔獣が生まれるか。そこらのメカニズムは私もよく知らないけど、魔素が溜まった端から低級魔獣が発生したおかげでヤバいヤツが生まれなかったのかな? ま、運が良かったってことだね。町の人にとって上級一匹と低級大量のどっちがマシなのかは知んないけど。

 そんなことはどうでも良くて、私がやることは一つ。懐から取り出したキューブを地面に置いて魔法陣の構築を開始する。


「――、――……」


 今日の気分はしっとり。これもレオンハルトが教えてくれた歌で、私が山間にある穴蔵でメソメソしてた時に歌ってくれたんだったかな? 音を外しまくってもはや曲の原型もないくらいだったけど、それでもその歌のおかげで心が落ち着いていったのはちゃんと覚えてる。あ、私は音痴じゃないよ?

 夜空に歌声を響かせながらゆったりとステップを踏んで魔法陣を描いていく。暗い世界に光の文字が躍っていって、歌い終わりと同時に最後の一文字を書き終えた。

 キューブがいつもどおり輝く。清掃魔導具がゴミを吸い取るみたいに近くに充満してた、ベトベトと体にまとわりつくような魔素を吸い込んで、清々しい空気が代わりに広がっていくのを確認。

 よーしよし、これにて今晩のお仕事は終了っと。残った低級魔獣を出会った端から殴り飛ばしつつ町への夜道を走っていく。

 と、その途中で何やら仄かな明かりを見つけた。


「珍しいね、こんな街道の途中で野宿なんてさ」


 言っても町からはそこまで離れてないし、夜は特に魔獣や野盗の連中がよく動く時間帯。だから町で一泊して朝早くから出発するのが普通なんだけど、こうして荷馬車で野宿するのはだいたい二パターンだね。

 一つは町で宿泊するのが惜しいくらい急いでる時。そしてもう一つは――


「……なーんか匂うねぇ」


 面倒事に首を突っ込むのは別に好きじゃないけど――エイダあたりには「本当は好きなんだろ?」と言われたことがある――見なかったことにする気にはどうしてか、なれない。

 なので身を潜めながら荷馬車の近くにある木影に隠れて耳をそばたててみる。

 酒を飲んでるみたいで焚き火のそばで男たちが三人、下品な笑い声を上げてた。うん、この段階でもうまっとうな商人とかじゃないことは確定だね。火に照らされた顔を見れば、どいつもこいつも人相が悪すぎる。

 顔ってのはね、年を取れば取るほどそいつの人生がにじみ出るものだ。よく顔の作りだけで悪人ヅラとか人が良さそうとか評価されるけど、そういうのとは別にどんなに人が良さそうな顔をしてても上っ面だけじゃ隠せないものが浮かび上がってくる。しょせん私の経験則でしかないんだけどさ。

 で、その経験則に当てはめると――コイツらはいわゆる「ゲス」の類だね。


「平気で他人の人生を踏みにじって、しかもそれに愉悦を感じるタイプ。私が――心底ぶちのめしたくなる奴らだね」


 であれば、たぶん荷馬車の中にあるのは真っ当なもんじゃないだろうね。まー、証拠もなしに私の勘だけでぶっ飛ばすわけにもいかないけど。

 とか思いながら観察してると、荷馬車の中から音が聞こえた。宴を邪魔された男たちが舌打ちをしながら「うるせぇぞ!」って怒鳴りつけ、けれど少しして荷馬車から何かが飛び出してきた。


「お願いだ! お、弟を医者に連れてってくれ!」


 飛び出してきたのは男の子だった。見た感じ、まだたぶん十歳にもいってないくらい。頬にはアザがあって服もけっこうくたびれてた。


「あぁ? 医者ぁ?」

「頼む! お、お願いします! 熱がすごくて呼んでもあんまり返事してくれなくて……! お願いします! 何でもしますから弟を助けてください!」


 まだ子どもだってのに地面に頭を擦り付けて懇願してる。見ててもその真摯な思いは伝わってくるんだけど、残念ながらこういう奴らにはそんな想いで揺さぶられるような心は無いんだよね。


「おもしれぇ冗談だ! なぁ?」

「へっへっへ! これから自分が売られるってのに弟の心配たぁ、麗しき兄弟愛ってやつか?」

「お願いしま、っ!?」


 少年の頭を男の汚い靴が踏みつけた。かと思うと、そのまま少年の腹を思い切り蹴飛ばす。

 少年が地面を転がって激しく咳き込む。それにもかかわらず男の一人が近寄って髪をつかむと無理やり顔を上げさせて、ニヤリとゲスい笑みを浮かべた。


「そうだなぁ……医者か。考えてやらねぇこともねぇ」

「お、願い、します……!」

「だがその代わりに、だ。本当はお前ら兄弟一緒に売っぱらおうと思ってたんだがなぁ……別々のクズに売っぱらうことにしよう。兄弟セットの方が売れやすいが、合計の利益は別々の方が良いからな。増えた利益分で治療代を賄ってもらうか」

「それも手だな。なぁに、貧相なガキでも客を選ばなきゃ売れる。売った先で死んだ方がマシな目に遭うかもしれんが、俺たちは知ったこっちゃねぇ。

 ――さぁ、ガキ。選べ。弟は死ぬかもしれねぇが兄弟一緒に過ごせる方と、弟が助かる見込みはあるが今生の別れになる方、どっちがいい?」


 男がニタニタして少年の顔を覗き込む。対する少年の方は、目を見開いたまま押し黙った。そしてギリッと歯が食い縛られる。


(そうだよね、理不尽だよね――)


 きっと少年の中では、自分たちに押し付けられた理不尽に対する怒りが渦巻いてるはず。一方的で、迷う余地なんてない選択。たぶん兄弟は孤児で、ずっと二人で支え合って生きてきたんだと思う。

 で、この腐った連中もこの子が何を選ぶか、分かったうえで選ばせようとしてる。そして選択の瞬間に見せる絶望とわずかな希望のないまぜになった顔を見て酒の肴にするんだ。

 なんて、なんて理不尽。私もその味は知ってる。知ってるからこそ――


「――その選択をさせちゃいけないんだよね」


 かつての私を少年に重ねて、私は怒りを笑みで隠して木陰から姿を現した。




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