8-4 人々は思ってる以上に強かなの




「僕って結構奇跡に愛されてる。最近とてもそう思うんだけど、リナルタはどう思う?」

「肯定します。そのまま死ねばよかったのに」


 ストレートに本心を伝えたんだけど、アルフはどうやら堪えてないらしい。モザイク壁画と化してイケメンのかけらもなくなった自分の顔面に回復魔術を掛けながら軽く肩をすくめただけで、まったく反省の色が見えない。

 どうやら私は無意識に手加減をしてしまったらしい。そのせいで宙を舞ったアルフは、本来はそのまま四階下の地面に頭から落下するところ、脚だけバルコニーの欄干に引っかけて九死に一生を得ていた。よっぽど運命の神様はこのクソ皇子を殺したくないらしいね。


「だからごめんってば。そんなに怒らないでよ。あ、でもそんなに怒るってことは、実は本気で――」


 また余計なことを喋ろうとしてたアルフの横でフルーツが弾けた。たいそうお疲れなご様子のアルフを癒してあげようと、私手ずから机の上にあったフルーツの生搾りジュースを作ってあげた、ただそれだけで他意はない。なお、絞るのはもちろん素手だ。


「……何かおっしゃいました?」

「イエ、ナニモ……」


 ……ったく、もう。まったくもって前言撤回だよ。ちょっとだけでも優しくしてやろうか、なんて考えた自分が実に愚か。もうちょっと苦しめばいいのに。


「一つ言っとく。明日、さっき口走りかけた言葉を他の使用人から聞かされたら――もぐからね?」

「何を!?」

「ナニを」


 それが嫌だったらせいぜい全力で余計な噂が立たないよう頑張るんだね。最後にそう念押しすると、アルフは飛んでいきそうな勢いで首をカクカクと振った。

 はぁ、なんか疲れたけどまだここに来た本題の話をしてないんだよね。夜も遅いし、さっさと終わらせてこのお疲れ皇子を寝かせてあげないと。


「それで、私をこんな夜中に呼び出した用件は何? ずいぶんとお仕事が溜まってるみたいだけど、私に手伝ってほしいとか?」

「ああ、机の上の書類はだいたいが兄上が放り出した仕事だよ。今日の夜会の準備で忙しいからって押し付けられた。本音はリナルタに手伝ってほしいけど、さすがにね」

「自分の勝手で放り出したんならそのまま放置すればいいのに、お人好しだね」

「僕もそうしたいところだけど、官僚たちに泣きつかれてね。処理が滞れば巡り巡って市井の人たちが困ることになるし、ここで官僚たちに恩を売っておけばいつか味方になるかもしれないと思ったんだ。ま、こんな時だけ皇子扱いされるのは癪だけどさ」


 打算はあるみたいではあるけど、それを加味しても人が良いことだよ、ホント。私だったらテキトーにのらりくらりかわしてるか、何も読まずにぺぺぺぺぺーってハンコつきまくってるね。

 しっかしこの量を一人で処理するの? 見てるだけで気が狂いそうになるね。なんとなくこういうのはジェフリー様が得意そうな印象だけど……そういえば彼はいずこへ? いい加減アルフに愛想つかせて出て行っちゃった?


「そんな僕がダメ夫みたいな言い方しないでくれ。

 ジェフリーは早めに帰らせたよ。なんだか体調が優れないようだったからね」


 昼間は元気だったけど、あの人も真面目そうだしね。アルフのみならずいろんなところで酷使されてそうだし、たまにはゆっくり休みを取るのも必要だろうから、それはいい判断だと思うよ。

 それはともかくとして、やっぱりさ。


「信頼できる味方ってのはもっと必要だよね」


 こんだけでかい国家の腐敗を一掃しようってのに、安心して仕事を任せられるのがジェフリー様だけってのは大問題だよ。やることは山積みで、私だって四六時中アルフの仕事をできるわけじゃないしさ。


「はは、僕のことを心配してくれてるのかい?」

「嬉しそうに言わない。アルフが過労死したら、まだ誰かも分からない黒幕から私が犯人にされそうだし」

「安心してくれ。今日呼びつけた本題というのがそれに関係する話だ。先日、オールトン侯爵と会談したのは覚えてるかい?」


 こないだ私がアシル様の相手をしてた時のことね。確かオールトン侯爵は皇族にも厳しい信頼できる貴族だって言ってたっけ? だからこそ味方にできるかもって話だったけど……もしかして上手くいった?


「ああ。まだお互い腹の内を探り探りなところはあるけれどね。帝国の現状と未来を憂いているって点では僕と同意見だった。協力して帝国を立て直していくことで合意できたよ。おまけに彼の影響下にある貴族たちにも積極的に協力の働きかけをしてくれるって話だ」


 おお! それは朗報だね。アルフ一人でこの国の膿を出してしまえるのか甚だ疑問でしか無かったけどこれで現実味が出てきた。侯爵様には感謝だよ。


「ま、その結果ますます読まなきゃいけない書類が増えてこのザマではあるんだけどね」

「それくらい甘受しなよ。で、ジェフリー様が倒れて書類も大量な状況にもかかわらず昼間は街に繰り出したってわけ?」


 机の上に置かれてたフルーツを手に取りクンクンと匂いを嗅ぐ。ん? 何か変だね。


「市井の人々の状況は逐次把握しておきたいからね。それはその時にもらったんだ。南方の珍しいものみたいだよ?」

「ふーん、そうなんだ」


 アルフの説明を聞きながら少しかじってみる。うん、これはアレだね。


「どうだい? まだ食べてないけど美味しいだろう?」

「腐ってるね、これ」


 真実を伝えると、アルフは絶句した。そりゃ愛すべき街の人からもらったのが腐ってたらそりゃそうだろうね。


「本当に? そういう風味の果物ってわけじゃなくて?」

「うん。ジェフリー様にもこれを?」


 アルフは頭を抱えて天を仰いだ。


「それでか……ああ、ジェフリーには悪いことをしたな。店主がくれた物だからまさか腐ってるとは思ってなかったよ。まぁ……そういうこともあるか」

「アルフが思ってるほど街の人たちは善良じゃないよ」


 そう言うとアルフがいぶかしげに眉をひそめた。どうやらコイツ、人々を一方的に虐げられてる純粋無垢な存在だと思ってるフシがあるけど、残念ながらそうでもないんだよね。


「確かに街の人たちは弱い立場ではあるけど、皇城に脚を踏み入れる貴族サマたちと同じように、アイツらはアイツらなりに狡猾で卑怯で、そして牙だって持ってるんだよ?」

「……つまり、わざと腐ったものを僕に渡したって言うのかい?」


 アルフが呆然と私を見た。信じられないだろうけど、たぶんそういうことだと思うよ。


「街の人たちにとって皇族、貴族ってのは自分たちの稼いだ金を問答無用で奪って贅沢してる、疎ましくて憎らしい存在だからね」

「そりゃそうかもしれないが……しかしどうして僕が皇子だってバレたんだい?」

「別にバレてはないよ? 言っちゃなんだけど、そこまで街の人に慧眼もなけりゃ推察する賢さもない。けどいくらアルフが『フレッド』として立ち振る舞っても高貴な人ってのはなんとなく分かるもんだよ」

「……」

「偉ぶってる連中がお忍びで来れば、そりゃ腐ってるもんの一つや二つ、日頃の意趣返しとして売りつけてくるよ。ニコニコと笑ったまま、さ」

「そう、なのかい……?」

「そうだよ。人々はアルフが思ってる以上に強かなの。ただ上から目線で守ってやる相手だと思ってると、いつか足元をすくわれるよ?」


 国を立て直して人々のためにって理念は立派だけどさ、それで人々がアルフを支持してくれるとは限らない。過度な期待は、裏切られた時がつらいよ。

 昔の私みたいに、さ。




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