8-3 コイツもままならない人生を生きてるよね




 そんなこんななやり取りがあって。

 多大な不満を内心で抱きながらも私は夜半にアルフの私室の扉をノックした――んだけど返事がない。ったく、どこ行ったのよ?

 しかたないから空いてる部屋から外に出て、バルコニーを伝ってアルフの部屋へ移動。外から覗き込むと、ベッドの上で仰向けになってるアルフの姿があった。かろうじて両手を大の字にしてる様子が見える。どうやら寝てるらしい。


「あんにゃろ……」


 人を呼び出しといて自分は居眠りとはいい度胸してるじゃない。憤慨しながらガラス扉の取っ手を軽く引っ張ってみるとあっけなく空いた。ちょっとちょっと、鍵も掛けずにってぇのは不用心にも程があるんじゃない? アンタ色々と狙われやすい立場なんだからさ、もうちょーっち警戒しなさいよ。

 別の意味で憤慨しながら部屋に侵入してベッドのアルフに近づくと、普段着のままスヤスヤ寝息を立ててた。うん、とりあえず暗殺されて死体で転がってるわけじゃなさそうで、そこは一安心。

 机の上を見てみれば、書類が山のように積み上がってる。なんとなく状況は想像がつくけど、仮眠するならちゃんとベッドの中に入りなさいっての。


「はぁ……しゃーないか」


 癪ではあるんだけどお疲れの様だし、今日はこのまま寝かしとこっかな。もちろん次に会ったら盛大に嫌味をお見舞いしてやるけどさ。

 さすがに服を脱がすのはアレだけど、せめてちゃんとベッドの中に寝かしてやろう。そう思ってアルフを抱えようと顔を近づけたら、何やらむにゃむにゃと眉間にシワを寄せて寝言をつぶやいてる。

 と不意に――アルフの腕が私の首に絡みついた。


「……!?」


 思ってた以上に強い力で引き寄せられて、突然のことだったから踏ん張ることもできずそのまま倒れ込む。そして私の視界いっぱいに整ったアルフの寝顔が広がった。


「ちょっ、この野郎――」


 まさか寝たフリだったとは不覚、なんて思ったけど相変わらずアルフは寝息を立ててる。どうやら無意識だったらしい。さっきまでの険しい寝顔が私を引き寄せた途端穏やかな表情に変わってて、しかもますます私を抱き寄せようとしてくる。

 なんてベタな! 勘弁してよ! アルフに特別な感情はないけどさ、イケメンがこんな間近で無防備な姿さらして、しかも寝息が私の前髪を揺らしてるなんて状況になればさすがに私でもドキドキしちゃうっての。

 まずい、このままだとまずい。

 私の中で何かが激しく警鐘を鳴らす。ぶん殴ってでも叩き起こしてやらなければ、という衝動に駆られて拳を振り上げた。

 ――んだけど。


「……リナルタ」


 アルフの口元は優しく微笑んでいた。しかも目元にはうっすらと涙。それを見たら激情が急速にしぼんでいった。いったい何の夢を見てるんだろうね。


「はぁ……もう、そんな顔見せられたらさぁ」


 無理やり起こすなんて、かわいそうに思っちゃうじゃん。脱出を観念してアルフの抱き枕をもうしばらく享受してやる。そして私はできるだけそっとアルフの背中をトントン、と叩いた。


「ま、普段の様子から忘れがちにはなるけどさ」


 結構コイツもままならない人生を生きてるよね。親父と兄貴は好き勝手に生きて、自分は皇子という立場ながら権限も与えられないのに必死に国を立て直そうと苦労してる。勝手な想像だけど、たぶんこれまでの幼少期、少年期もあんまり自慢できる時間じゃなかったんじゃないかな。皇后様も確か、アルフが結構小さい時に亡くなられてるし。そう考えると、色々と面倒を掛けられてはいるけれど普段ももうちょっと優しくしてやってもいい気がしてきた。


「ん……」


 とか背中を擦ってあげながら考えてると、寝息が途切れた。ゆっくりと長いまつげが上がって宝石みたいな瞳が露わになる。それから私と目が合うと、「パチクリ」って表現がピッタシなまばたきをした。

 私の姿を上から下に眺めてくる。私の背中に回された自分の手をワキワキと動かして確認。横になったまま一度目を閉じて首を傾け、カチッ、コチッていう時計の針の音が十数回は鳴った末にアルフの口から出てきたのは――


「……夜這い?」


 ――次の瞬間、私は全力で拳を振り抜いて。

 アルフの体は血しぶきを上げながら窓の外へと弧を描いて飛んでった。




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