8-2 ちゃんと考えておる。生きていく方法を




「最近とんと顔も見せんから、わしゃ寂しかったぞい。このジジィ不幸もんが」

「あっそ。それは本当のお孫さんに言ってやりなよ。私はお爺さんの顔見なくてせいせいしてたからさ」


 出会いしなに悪態をついてきたのでこっちも悪態で返してやると、「ふぉふぉふぉ」って楽しげにお爺さんは笑った。これが私たちなりの挨拶だったりする。


「しっかしお主と出会ってずいぶんと経つが一向に変わらんのぉ。ずいぶんと若作りじゃが、本当は何歳なんじゃ?」

「女性に歳を聞くなんて相変わらず礼儀を知らないね」


 両手が塞がってるから軽く蹴りをお見舞いしてあげると、手に持った杖でサッと受け止められた。うん、まだまだ元気そうだね。

 このクソ爺さんの名前はヤーノック。だけど私はもっぱら「ジジィ」だの「お爺さん」だのと呼んでる。

 ここらの貧民街の取りまとめみたいな人で、もちろん公式にそんな役職についてるわけじゃなくて、勝手に貧民街の人たちのお世話をやってるってだけ。

 だけど口が上手いのか立ち回りが上手いのか役人の人たちにも顔が利くし、この地域で揉め事が起きれば上手いこと取りなして争いを収めたりもしてる。

 他にも流れ着いた身寄りのない子どもを見つけては連れてきて真っ当なお金の稼ぎ方を教育し、裕福では無いにしろなんとか自立した生活ができるようにも支援してたりと、この地域の貧民街で治安が比較的マシなのはこのお爺さんによるところが多い。なもんで、この辺りに住んでる人はみんなお爺さんを慕ってる。ここに来る前はいったい何をしてた人なんだろうね?

 とまあ、何かとつかみどころがない人なんだけど、じゃあそうした原資だったり自分の食い扶持はどっから持ってきてるかっていうと――


「ここ最近は流れ着く親なしの子が続いての。わずかばかりの蓄えもその子らを食わせるために使ってしもうた。

 てなわけでほれ、この老人に少しばかりでも寄付せんか、若者よ」

「はいはい、分かってるって」


 こうして知り合いに無心して生活してたりするわけで。

 とはいえこのお爺さんが実際に贅沢してるわけじゃないし、実際に治安もいいからね。子どもたちを保護してるのは事実だし、お金を寄付するのはやぶさかじゃない。

 荷物を一旦地面に置いてポケットから銀貨を数枚渡すとホクホク顔で受け取って、だけどすぐにわざとらしく肩を落とした。


「なんじゃ、こんだけか。冷たいのぅ」

「元々ここ通る予定じゃなかったからね。手持ちが無いの。もらえるだけありがたいと思ってよ」

「ギルドでも働いとるんじゃろう? たまにはドーンとこっちが腰抜かすくらい持ってきたらどうじゃ?」

「ポーターに何期待してんのさ。だいたい子どもたちに金の稼ぎ方教えてるんなら、同じやり方でお爺さんが自分で稼いだらいいじゃん」

「ありゃ若いからできる稼ぎ方じゃ。このジジィには同じ真似はできんよ」


 あっそ。ま、若い子と同じことはできなくてもこのお爺さんなら別の稼ぎ方ができそうだけど。

 でも確かに無理させるのもどうかとも思うしね。髪の毛もあごひげも真っ白だし、元気そうに見えてもある日ぽっくり逝っても不思議じゃない年齢だろうからさ。


「いいよ。そのうちまたお金持ってきてあげる。お爺さんがちゃーんと子どもたちのお世話をしてくれてる限りね」


 そう言ってあげると、お爺さんが小さく息を吐いた。


「安心せい」お爺さんの目が小さく開いた。「ちゃんと考えておる。この街の連中が生きていく方法を、の」






「ああ、リナルタさん。ここにいましたか」


 お城に戻って大量に買い付けた食料を厨房のおじさんたちに受け渡し終えて、さて次は夜会の準備を手伝おうかな、と思ってるとジェフリー様がやってきた。なんかやな予感。


「アルフレッド殿下がお呼びです」


 げ、やっぱり?

 露骨に嫌そうな顔をすると、ジェフリー様も苦笑いした。


「そんなに殿下に呼び出されるの嫌ですか?」


 そりゃね。協力に同意はしたし、すでに私とアルフの表面上の関係は城内で周知の事実ではあるけど、だからこそ部屋に行くのを見られたら「昼間っからあれやこれやキャッキャウフフでまあお盛んね!」なことしてるっていう、まったく事実と違う妄想をされるのは間違いない。それは甚だ不本意だと言わざるを得ない。


「普通はどういった用件であれ、皇族からお声を掛けられるのを喜ぶものですが」

「ご冗談を。皇族貴族と関係があるなんて、そんなメンドクサイもの心から遠慮申し上げます」

「やはり貴女は面白いですね」


 ジェフリー様が楽しそうに笑った。こないだまであった警戒の色がなんとなく薄れてる気がするんだけど、なんかあったのかな? 別に私は何かした記憶はないけど。


「いえ、ここしばらく貴女を観察してて、殿下とお似合いだと思い始めたまでです。身分さえ釣り合ってさえいれば心から歓迎できたでしょうに、それが少々口惜しいですね」

「怖いこと言わないでください。リズベット様と違って、私は皇族の方と深い関係になるなんて心底お断りです。それで、今から部屋に行けばよろしいんですか?」

「ああ、いえ。殿下は先程外出されました。なので、そうですね、夜食のタイミングで訪れるのがよいでしょう」


 うへ、夜かぁ。ますます意味深じゃん。いや、まあ単純にそのタイミングが一番話をしやすいってだけなんだろうけど、ほら、アルフも男だし? 酒なんて飲んでたら日頃の溜まったストレスが暴走して、ねぇ?

 そんな懸念を口にすると、ジェフリー様が今度は声を出して笑い出した。別に面白いこと言ったつもりはないんだけど。


「貴女相手に無理やり押し倒せるほど殿下に度胸はありませんよ。それに」

「それに?」

「ご安心ください。殿下は貴女を大事にしていますから、貴女をいたずらに傷つけることはしないはずです」




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