8-1 大丈夫。持って帰るから




「えーっと後は……うん、これで終わりかな?」


 手元のお買い物リストと積み上げられた箱を見比べて買い残しが無いか確認する。うん、問題なさそうだね。

 子どもが一人は隠れられそうな大きな木箱が計六箱。中身は色々で、お野菜から乾物、お肉がそれぞれぎっしり詰まってる。当然私が食べるわけじゃないよ?


「領収書をお願い。後で城の人が支払いに来るからさ」

「へい、了解しやした」


 なんでこんな食材を大量購入してるかっていうと、どこぞのおバカ第一皇子が急遽夜会を開くとか言い出したからに他ならなくて。しかもよりによって当日の朝になって言い出すもんだから城中大騒ぎ。

 官僚たちは大急ぎで招待状を作りあげて、招待されたご貴族様はご貴族様で準備に大慌て。そして私たち使用人も予定外の準備作業にてんやわんや。食材は当然足りないのは目に見えてて、なので急遽私が街の商店へ買付にやってきたってわけである。

 満足してるのはミリアン皇子とリズベット様ばかり。本気であのバカ皇子の首を絞め殺してやりたいと思ってるのは、きっと私だけじゃないはず。


「パーティは今晩ですっけ? んならこいつを急ぎお城に運び込みやす」

「あ、大丈夫。持って帰るから」


 そう言うとお店の若い衆の目が点になった。具体的に言えば、「何言ってんだ、コイツ?」的な感じ。いや、一般的に阿呆なこと言ってるっての分かるけどさ。

 ま、百聞は一見に如かず、だね。六箱を三箱ずつに重ね直すとひょいっと左右の肩に乗せてみせると、お店の人はポカンと間の抜けた顔で荷物を見上げた。


「んじゃありがとね~」

「あ、ありがとございやした~……?」


 呆然とした店員さんに見送られて皇城へと向かっていくと、大荷物抱えた私の姿に街の人たちからひしひしと視線を感じる。ほら、こんなか弱い女の子がたくさん荷物持ってるんだからさ、一人くらい「手伝いますよ」とかって言ってきてくれてもいいんだよ?

 視線の海の中を泳いで進んでると、魔術師たちがよく着る黒いローブを着た子どもたちが多いことに気づく。同じようなローブを着た大人もちらほら。街を歩く人も露店の数もいつもより数割増しで多い気がする。


「そういえば明後日が魔術学院の試験だっけ?」


 魔術は何も貴族だけの専売特許じゃない。平民だってきちんと勉強すればごく簡単な魔術くらいは使えるし、歴史上平民出身の有名な魔術師だっている。だからなのか魔術学院の門戸は平民にだって開かれてて、きっとローブを着た子どもたちも帝国のいろんなとこから集まってきた受験者なんだろうね。もっとも、平均で考えると貴族サマの方が才能があることが多いし勉強する環境が整ってるから、入学できるのも圧倒的に貴族の子どもが多いんだけどさ。

 そんなわけで街の通りはいつも以上の大賑わい。そしてそんな中を歩けば色々と噂が聞こえてくるわけで。


「おい、聞いたか? 魔獣の話」

「ああ、最近どこもかしこも魔獣が多いって話だろ? 今さら何言ってんだよ」

「ちげぇよ! 魔獣がな、夜中に街に忍び込んでるらしいんだ」


 おっと、それはちょっと聞き捨てならないね。もうちょっと聞いてみるかな。

 露店を物色するフリをして、他所の街から来たっぽい人らの近くで聞き耳を立ててみる。


「はぁ? 街って、この皇都にか? あんだけ門に兵士がいてどうやってだよ?」

「どっか抜け道があるんだろうよ。で、街に入ったら女や子どもをさらってまたどっかに行っちまうんだと」

「その場で食わずにか? 魔獣が? は! あんな獣にそんな知恵あるわけねぇだろ」

「……いや、魔王が復活したって話もあるだろ? 昔の魔王は魔獣を思いのままに操れたらしいし、今回もそれかもしれんぞ」

「んなら、いよいよ本当に魔王が復活したってことかよ……おいおい、そいつぁまずいんじゃないか?」

「まずいどころの話じゃないだろ。ただでさえ現陛下は遊び呆けてるってことだし――」


 そこまで聞いたところで私は離れていった。

 んー、なんというか……思った以上に眉唾な話だったかな? そもそも魔王だってなんでも思い通りに魔獣を扱えるわけでもないし、魔王が仮にいたとして女性や子どもさらっていく意味も分かんないしさ。あれかな? 最近魔獣が多いって噂と、家出した子どもや女性の話と、間違った魔王に関する知識が悪魔合体した的な。


(ま、しょせん噂は噂ってことかな)


 本当に魔獣が街に入り込んでるとしたらとんでもないことだけど、アイツらは忍ぶなんて器用な真似できないからもっと大騒ぎになってるだろうし。

 なのでさっきの噂話は頭の中からポイポイーって放り捨ててまたお城に戻っていく……んだけど、やっぱりこうも人が多いと歩きにくいね。


「なら、たまにはこっちの道を通ってみよっかね?」


 人が多い通りから狭い裏道に入ってく。皇都の中でも貧民街に近いここは暗くてジメジメしてて、皇都の人でも敬遠することが多い。

 貧民街って聞いたらだーいたいみんなは路地で虚ろな目をして座り込んでたり、迷い込んだ人に金を無心する物乞いだとか、あるいは食い物欲しさに強盗働いたりしてとっても治安が悪いところをイメージすると思う。実際、皇都の貧民街はそういう場所もある。

 だけど、ここらは例外で街のみんなが思ってる以上に治安は悪くないんだよね。お城には近道だし。一つ難点があるとしたら、あのジジィに遭遇しそうだってことだけど――


「おぅ、珍しい格好の者がおると思ったら、やっぱりお主じゃったか」


 あちゃー、言ってるそばから見つかっちゃったか。




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