7-3 ひざまずき、そっと祈る――




 表面上は意気投合した素振りをお互いに見せつつアルフと侯爵様はどこかへと去っていってしまった。なのでさて、私とアシル様はどうしようかな、と思案した結果、同じ庭園にあるガゼボでお茶を飲んで時間を潰すことにした。


「しばしお待ちくださいませ。準備して参りますので」


 一人で待たせるのは下女としてあるまじき所業だけど近くに人なんていないし、単なる下女が他の人間を顎で使えるわけがない。だからしょうがなく大急ぎで厨房に走り、お茶とお菓子を準備して戻ると、アシル様は一人椅子に座って大人しく待ってた。


「お待たせしま――アシル様?」


 ――と思ったんだけど、よく見ると目を閉じて瞑想していた。

 中々に集中してる感じで、邪魔しちゃ悪いと静かに待ってると次第にその体が光を帯び始めた。さらに目を凝らしてみれば、魔素がアシル様の体からにじみ出てる。最初はそれがうねうねしてたけど、段々と形になっていって――ってところで一気に霧散して、大きく息を吐き出した。


「魔術の練習をなさってたんですかぁ?」

「えっ? あ、う、うん」


 額に光る大粒の汗をぬぐってアシル様がうなずいた。そういえばさっき侯爵様はもうすぐ魔術学院の試験があるって言ってたね。ならアシル様も受験するのかな?


「はい、オールトン侯爵家は代々あそこを卒業してますから」

「そうでしたか。こうした僅かな時間でも練習なさるのはご立派ですね」

「ありがとうございます」


 褒めたらはにかんでおかっぱの髪をかきあげた。すると髪に隠れてた頬に浅い傷が覗いた。


「その頬の傷は練習中に?」

「はは、僕は魔術が得意じゃないから……ちょっと防御に失敗しちゃいました。父上も練習に付き合ってくださってるのに、僕ときたら失望させてばかりで……」

「侯爵様は厳しい方でいらっしゃるのですね」

「ううん、僕が未熟なだけです。期待には応えたいと思ってるんだけど全然ダメで……せめて父上の得意な精神操作系の魔術だけでもできるようになれば、父上も認めてくれると思うから頑張ってるんだけど……」


 アシル様はふかーくため息をついた。頑張ってるけど成果が出ないってことか。人生にはそういうことも珍しくないけど、当人としては辛いよね。私もそういう時があったからよく分かるよ。


「たぶん、いや間違いなく僕に魔術の才能は無いんだ。体を動かす方が性に合ってるんだと思うんです」


 もう一度ため息をついてカップを口につける。その手を見ると、まだ十歳くらいだっていうのに剣ダコができてすごく硬そう。一見するとその儚げな雰囲気もあって体の線も細そうな印象を受けるんだけど、よく見ると歳の割にはガッチリしてて十分以上に鍛えられる。そういえば初めて会った時も酔っ払い傭兵たちを上手にあしらってたっけ。


(だけど……)


 頬の傷もそうだけど、袖口やくるぶしとか服の袖口から覗く肌にはたくさんの青痣があった。なんとなく、背中とかにもたくさん傷跡がある気がする。それが本当に練習でついた怪我ならまだ良いんだけど、ちょーっとアレだよね。虐待っぽいの疑っちゃうよね。

 でもアシル様はそんなこと疑う様子は無くって、どこまでも自分の不甲斐なさを悩んでるご様子。親を無垢に信頼できるのは子の特権かもしれないけど、昔の私を見てるみたいで心配になるね。

 と思ってたら、いっそうアシル様の表情が曇った。


「どうなされました?」

「いえ、その……最近、失敗しても父上に叱られることが少なくなったなって思って……もしかしたら……僕が不甲斐なさ過ぎて、父上にもう見放されちゃったのかもしれないですね」


 アシル様は無理やり笑った。視線はどこか虚ろで、涙は浮かんでないけど泣きそうに見える。

 あー……本当は「親であってもあんまり盲目的にならない方がいいよー」的なことを言おうと思ってたんだけど、今は無理だね。

 代わりにアシル様の前にひざまずいて、そっと手を握る。そして小さく「我思う、我願う――」と口にして祈るように額を小さな手に押しつけた。

 すると少しだけアシル様の体が光った。アシル様は驚いたように顔を上げて、それから腕を動かしたり手を握ったり開いたりして自分の身体を確かめ始めた。良かった、怪我の痛みは取れたみたいだね。


「今の、お姉さんが?」

「さぁ、どうでしょう? 私には魔術は使えませんので良く分かりません」


 曖昧に笑ってごまかして、代わりに握ったアシル様の手を優しく撫でてあげた。


「大丈夫ですよ。侯爵様が叱らなくなったのはきっと、今までが厳しくしすぎたのだと思い直されたのでしょう」

「そう……かな?」

「そうです。それに、侯爵様のご期待に応えたいというアシル様の真摯なお気持ちは侯爵様にも伝わっているはずです」


 私の場合は伝わんなかったけどね、という苦い実体験は胃の奥に押し込んどく。


「諦めなければその想いも願いも、いつか成就すると思いますよ」

「だけどこのままじゃ学院の試験にも合格できるかどうか……」

「勉強はされてるのでしょう?」

「学科はその、自信があります。でも、実技がダメなんです」

「でしたら良いことをお教えしましょう」


 自分に才能が無い、と嘆くアシル様だけど、さっきの瞑想を見る限りだと魔術自体は使えるし、まったく才能が無いってわけじゃなさそうだしね。入試だから実技で難しいことは出さないし、出される課題の本質はだーいたい毎年同じ。

 だから「これさえできれば試験はなんとかなるはず!」って魔術学院の耳寄り入試情報をアシル様の耳元で教えてあげると、目をパチクリとして分かりやすく驚いてくれた。


「本当に?」

「ええ、本当です。たぶん、よっぽど出題者のこだわりがあるんでしょう。細部は違いますけど、概ね毎年似た課題が出るんです」

「……分かりました。お姉さんを信じて、それだけはできるように練習してみます」


 ホント、素直ないい子だよ。危うさはあるけど、どうかその素直さを失わずに大きくなってほしいね。

 ついぎゅーっと抱きしめて頭をナデナデしてあげたい衝動を堪えるのに煩悶してると、アシル様がそのクリっとした瞳で見上げてきた。くぅ、かわいいねぇ。


「でもどうしてお姉さんはそんなに詳しいんですか? 魔術学院の課題は受験生でも口外しちゃダメだから良く分からないはずなのに……」

「それは秘密です」


 趣味で試験をこっそり覗いてるとは言えない。だってさ、アシル様くらいの子どもたちが一生懸命頑張ってるのって、なんかこう、いいじゃない?

 そんな趣味は口にせず、私はただ微笑んでごまかし続けたのだった。




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