7-2 そちらの下女とは知り合いかね?
「おや、どなたかいると思えば。ご無沙汰しております、アルフレッド殿下」
ゆったりとしたローブをまとった細身のご貴族サマが穏やかな笑みを浮かべて近づいてくる。そしてその後ろに隠れるようにひっついてるのは、ちょっと前に酔っ払い傭兵に絡まれてたところを助けてあげたおかっぱ頭の男の子。名前はえーっと、確かアシルだったっけ? ってことは――
「オールトン侯爵だよ」アルフがそっと耳打ちしてくれた。「彼は贅沢や不正が嫌いで有名な清廉潔白な人物でね。陛下にも度々苦言を呈してくれている。陛下のみならず皇族そのものに少々隔意があるというのが難点だが……」
「ならちょうどいいんじゃない?」
味方の貴族を増やそうってんならこのオールトン侯爵様より適任もいないと思うけど。
そう伝えるとアルフも同じ考えみたいで、明らかによそ行きっぽい皇子様スマイルを浮かべて侯爵様に手を差し出した。
「こちらこそご無沙汰だね。侯爵が皇城にいらっしゃるのは珍しい」
「まもなく魔術学院の入学試験がありますからな。その仔細を皆様と議論したところです」
「そうか、侯爵は魔術学院の理事だったな」
握手を交わして表面上は二人ともにこやかだけど、なんだろう、すっごい胡散臭いよね。まさに腹の探り合いって感じ。普段特段に交流がない皇族貴族だとこんな感じなのは分かるけどさ。
「そちらは侯爵のご子息かな?」
「はい、末息子のアシルです。忙しい毎日であまり構ってやることができませんので、この機に皇城でも見学させてみたいと思いまして連れて参りました。アシル、ご挨拶を」
「あ、アシル・オールトンでございます、殿下! こ、このたびゅはお会ひできて、こ、光栄でしゅ!」
うん、噛み噛みだね、アシル。前に聞いた印象通り侯爵様も厳しいお方みたいで、たいそう険しいお顔になってらっしゃる。でもしょうがないよね。気が強くないアシルに、突然皇族に挨拶しろって言われて緊張するなっていう方が無理筋だよ。
「はは、そう緊張しなくていい。アルフレッド・ヴァレアンだ。よろしく頼む」
侯爵に向けるのとはちょっと違う笑みを浮かべて手を差し出すとアシル様も少し緊張が解けたようで、はにかみながらアルフの手を取った。そして緊張が解けたからか、ようやく私の存在に気づいたらしく、目をまんまるにして驚いてくれた。ホント、素直で可愛い子だ。お願いだからこんな胡散臭い大人にならないでほしいよ。無理だろうけど。
「ふむ、そちらの下女とは知り合いかね?」
「は、はい、父上」
「先日、御縁がありましてアシル様には大変良くして頂きました。その節はどうもありがとうございました」
実際には私が絡まれてたアシル様を助けたんだけど、それを言うと色々とツッコまれて絶対厄介なことになっちゃうからね。
深々と頭を下げながらうろたえてるアシル様にウインクしてあげると、私の意図を察したようで胸を撫で下ろしてた。そ、ここはお姉さんの好意を受け取っとくのがベストだよ。
「そうか、引っ込み思案の愚息で心配していたが、か弱い女性に手助けをしたというのであればこの子も成長したということなのだろう。アシル、侯爵家としての責務を忘れずこれからも精進しなさい」
「私としても皇家の一員として耳が痛いものだ。どうだろう、侯爵? せっかくの機会だし、コーヒーでも飲みながら少し話できないかな?」
「そうですな……」侯爵様が顎に手を当てて思案した。「急ぎの用もございませんし、殿下からの申し出を断る理由はありません」
「であればぜひ。
リナルタ、君はご子息の相手を頼む」
「かしこまりました」
「できれば君とは一時も離れたくないんだが、許してほしい」
おっと、ここでぶっこんできますか。ま、すでに噂は広まってるし、単なる下女である私を一人で引き連れてる時点で今更だけど。
「問題ありません。私は殿下とは一時でも離れておきたいですので」
「辛辣!?」
「はっはっは! 噂どおり殿下は彼女に惚れておられるのですな。心を射止めるにはだいぶ先は長そうですが」
「どんな噂かはこの後詳しく教えてもらうとして、彼女は他の女性と比べても魅力的すぎてね。どうすれば心を手に入れられるか毎日悩んでるところなんだ。
ミリアンお兄様のことはみな黙認しているんだ。まさか僕と彼女はダメとは言わないだろう?」
私としてはぜひダメと言ってほしいんだけどね。アルフが牽制すると、侯爵様は曖昧に微笑むだけだった。ただし私をチラリと見る目は、穏やかな笑みと違ってとっても昏い。うん、これはよく思われてないのは確実だね。まともな感性をお持ちのようで良かったよ。
「できれば侯爵がご婦人の心を射止めた方法を教えてほしいな」
「あまり参考になるとは思えませんが、ご所望であればお力添え致しましょう」
侯爵様はいかにも社交辞令な返答をして貴族様らしい笑みを浮かべた。
……社交辞令だよね?
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