7-1 どうして横領なんてしてるのかなって




「ねぇ、リナルタ?」

「なに?」

「一応確認するんだけど……君、本当に下女なんだよね?」


 アルフのつぶやきに、ジェフリー様も大きくうなずいた。

 失礼な。どっからどう見ても下女じゃん。クルッと回って恭しく頭を下げると、アルフは深々とため息をついた。ま、言わんとすることは分かるけどね。

 アルフとジェフリー様が執務室で並んで覗き込んでるのは、この一ヶ月で私が集めたご貴族様たちの不正の証拠だ。


「横領に脱税……分かってはいたけど、こうやって証拠を並べられるとやっぱり衝撃だね」

「いったいどうやってこんなに……」

「そこは企業秘密、というやつで」


 とはいってもやったことは簡単。ご貴族様の邸宅に忍び込んだってだけなんだけどね。

 もっとも、私が調べられたのはこの皇都に拠点を置く貴族だけで、全貴族のだいたい四分の一くらいかな? 比較的爵位の低いご貴族様は警備もそこまで厳重じゃないから調べるのも楽だったよ。

 で、その三分の一くらいが真っ黒も真っ黒。裏帳簿は出てくるわ、なぜか明らかに怪しい隠し部屋に金貨が山になってるわで、思わず笑っちゃったね。


「伯爵以上の家は警備も厳重で中々調べられなかったのが残念だけど」

「それでもいくつかは調べてくれたんだろう? 十分すぎる成果だよ」

「調べても証拠は見つかんなかったんだけどね」


 いわゆる大貴族サマたちの家は、今のところシロ。お金は十分にあるから税収をごまかしたりする必要はないんだろうね。そこらはさすが名家というべきか、小物不正貴族たちと違って懐の大きさを感じるよ。

 だけどもまったくの清廉潔白かっていうとそういうわけでもなさそう。なんとか見つけ出した帳簿にはどっから入ってきたのか分かんない収入だとか、何に使ったか不明な項目とかあったし。まぁ貴族だろうが平民だろうが、叩けばホコリなんて幾らでも出てくるだろうけど。


「しかしここまで腐敗が進んでいるとは……同じ帝国貴族の一員としてショックですね」

「ジェフリー様、ジェフリー様。税を収めても、あの皇族方の贅沢三昧に使われるくらいなら自分の懐に入れたいって思うのも当然じゃないでしょうか?」

「率直で辛辣な感想ありがとう。耳が痛いが否定できない事実だね」


 手に持っていた帳簿の複製を机に置いて、アルフが「ふー」と深く息を吐いた。気持ちは分かるよ。官僚も一枚噛んでるケースだってあるだろうし、国を愛する人物としてはやるせないだろうさ。下女である私にゃ関係ない話だから、他にできるのはせいぜいアルフを応援することくらいだけどね。

 すると目元を押さえて天井を仰いでたアルフがおもむろに立ち上がった。掛けてあった上着を手に取って、私をチラッと見て部屋から出ていこうとする。


「気分転換にちょっと庭園を散歩してくる。すまないがジェフリーはリナルタの持ってきた証拠を整理していてくれ」

「かしこまりました」


 恭しく頭を垂れたジェフリー様を残して、私とアルフは皇城の中庭にある庭園へとやってきた。

 庭園にはたくさん花が咲き乱れていて一見して美しく見事だって思える。だけどよく見てみると、枯れてしまってる花もあったり根本には雑草が生えてたりとあんまり手入れはされてないご様子。せっかくの庭園が宝の持ち腐れだね。

 こういうところにも現陛下のセンスと関心の無さが窺えるってもんだけど、アルフは今にも朽ち落ちそうな花をそっと撫でて小さく息を漏らした。空に高く上がった太陽が足元に濃い影を落とした。アルフの心中もきっと似たようなもんかもね。


「――ミュティアル」


 アルフが顔を上げて魔術を唱えると、周りに見えない壁ができた感覚があった。どうやら聞かれたくない話をしたいみたい。


「君が集めてくれた証拠だけど」アルフがゆっくり歩きながら話し始めた。「今のままだと告発したとしても、おそらく握りつぶされると思う。これだけ広がってる不正だ。所詮僕は政治的権力も基盤も持たない第三皇子に過ぎなくて、だから都合の悪い話なんて誰も聞く耳を持ってはくれないだろう」

「前に不正を暴いた時は、市井を味方につけたんじゃなかったっけ? 同じように街にばらまいちゃえばいいじゃん。こんだけみんな不満を溜め込んでるし、いっそアルフの名前で世に出しちゃえば今度はもっとみんな味方になってくれると思うよ?」

「それは前が連中の不意をついたからだよ」アルフが頭を横に振った。「この間、君も被害を受けたように、僕はもう疑われてる。同じ手を使おうとしたって、どこかで手を回されて不都合な真実が世に出回ることはないさ。最悪、夜中とかに暗殺される可能性もある」


 おー、それは怖い怖い。確かにこんだけ不正が広がってれば、悪い奴らみんな結託してもみ消そうとするよね。


「暗殺はなんとか防げるだろうけどね」

「どうやって?」

「私がずっとアルフに張り付いてればいいんでしょ?」

「寝てる時とかはどうするんだい?」

「別に? 一緒に寝てればいいだけじゃん」


 これでもそこらの暗殺者を全員ぶっ飛ばす自信はあるし。アルフとの噂が、もう疑いようのない事実としてみんなの間で確定しちゃうのが難点だけど、別にアルフの命を犠牲にしてまで拒否するもんじゃないからね。

 そう伝えるとアルフが耳を赤くしてそっぽ向いて咳き込んだ。ん? 大丈夫? 風邪かな? ジェフリー様もそうだけど、だいぶ無茶な生活をしてるっぽいし、たまには早めに休んだ方がいいよ。


「ゲホッ、ゴホッ……! み、魅力的な提案ではあるけど、そうなれば今度は君を先に排除に走るだろうね。先日のように適当な罪を被せて数日牢屋に入れるくらいはできるだろうし」


 うーん、そうかも。暗殺なんて一瞬で終わるからね。ちょっとだけでも引き剥がされたらお終いか。


「コホン……だから次に僕らがやることは味方の貴族を一人でも増やしていくことだと思うんだけど、どう思う? 率直な君の意見を聞きたい」

「んー、まあ賛成。味方は多い方がありがたいし。時間が掛かりそうなのが難点だけど」


 問題は味方してくれる貴族がどれだけいるかってことだけど。身ぎれいな貴族サマもいるはいるだろうけど、力のないアルフに協力してくれるかなぁ。

 それに、それとは別に気になることもあるんだよね。


「気になること? なんだい?」

「どうしてみんな横領なんてしてるのかなって」


 そりゃ贅沢三昧してる皇族に領地のお金を納めたくないってのは分かるよ? でも小さくて貧乏な領主はともかくとして、それなりに大きくて裕福な貴族も不正してる貴族の中に含まれてたし、そんなご貴族サマが不正してまで蓄財に励むのかなって。


「富は海水のようなもの、と聞いたことがある。海水が飲めば飲むほど喉が渇くように、お金も集まれば集まるほどもっと欲しくなるということだ。彼らも同じじゃないかと思うんだが」

「それはそうかも。だとして、不正で集めたお金って何に使ってるんだろ? 本当に単に溜め込んでたり贅沢品とか遊びに使ってるのかな?」

「お金の流れを追ってみるということか……うん、その価値はありそうだ。もし彼らに何か目的があるとしたら、そこを突くことで裏切らせて味方に引き込むことも――」


 と、そこまで話したところでアルフが口を突然つぐんで魔術を解いた。視線の先を追うと、そこにはご貴族サマらしい親子の姿があった。ああ、そういうことね……って、あれ? あの子は確か……




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