6-5 殿下が主君だったなら




 なんとなく眺めているだけなら牧歌的な雰囲気に紛れて見落としがちになるけど、明らかに戦闘の結果と思しき痕跡があちこちにあった。

 壊れた牧場の柵、作物が焼け落ちた畑、えぐられて凸凹になった道路。昼も過ぎて増えてきた町の人たちも一見普通に生活してそうなんだけど、注意して見れば明らかに包帯を巻いてる人が多い。


「野盗の類かい? それとも魔獣だろうか、男爵。昨日の陛下への嘆願を鑑みるとおそらくは――」

「はい、後者ですな」


 ユンゲルス男爵が大きなため息をついてから、詳しい事情をアルフへ話し始めた。

 昨日聞いたように、ここ最近になって魔獣が町を襲う頻度が急に増しているみたい。魔獣のランクは高くないから男爵が先頭に立つことでなんとか撃退できてはいるものの、そもそも対魔獣用の装備がそろえられなくて、兵士さんにかなりの死傷者が出てしまってるとのことだった。

 うーん、戦えなくはないけど普通の兵士さんが普通の装備だけで魔獣と戦うのは確かにちょっと厳しいよね。

 でも対魔獣用の装備は普通の武器に比べて高いし、大都市の領主だって兵士の数だけ魔獣用の武装を揃えるのはそれなりな負担だし、ユンゲルス男爵にとっては言わずもがなだよね。


「幾度となく陛下へご支援を賜われるようお願いしておりますが……」

「昨日だけでなく、男爵はずっと嘆願なさってるのか。それで、多少なりとも支援は頂けたのかい?」


 アルフが尋ねると、男爵は悲しそうに曖昧に笑みを浮かべた。え? もしかしてまったく支援もらえてないの?

 それはアルフも予想外だったみたいで、思わずって感じで頭を抱えていた。自分の快楽や息子、リズベットにはあんだけ散財してるってぇのに、こういう必要な場所にゼロなんていよいよ終わってるね。


「……皇室に連なる人間として非常に申し訳ない。私からも陛下へ掛け合ってみよう」

「もったいないお言葉でございます。しかしここまで急に魔獣が増えるとは……多少は魔獣の襲撃にも備えはしていたのですが」

「いつから急増したんだい?」

「さて、いつからでしょうな……前々から兆候はあったのかもしれませんが、明らかに増えたと感じ始めたのは二、三ヶ月前だったかと。今では週に一度は何らかの被害が出る状況でして……」

「そんなにか……人が住むところまでやってくるのは、多くて数ヶ月に一度程度だというのに」

「はい。巷では魔王の復活というのが噂されているようですが……それもあながち嘘ではないのかもしれませんな」

「ははは、さすがにそれは噂というものだと思うよ」アルフが苦笑を浮かべた。「公式に最後に魔王が現れたのは百年以上も前の話だ。魔王がおらずとも魔獣の数が増減したりするのもよくある話だし、きっとたまたま今が魔獣が増えている時期なのだろうさ」


 そうだね、アルフの言うとおりだと私も思う。少なくともこの領地で魔獣が増えてることと魔王の復活だなんだというのはまったくの無関係だね。

 それよりもさ、ちょーっち気になるとこがあるんだよねぇ。


「殿下の仰るとおりだと良いのですが……いや、噂に原因を求めたくなるとは私も弱気になったものです」

「仕方あるまい。孤立無援の状況で男爵はよく頑張っているのだ。多少弱気になるのも無理はない」

「えーっと、差し出がましいのですが、私から一つお尋ねしても宜しいでしょうか?」


 なんとなく男爵様はおおらかで気にしない気がするけど、一応こちらは下女なので遠慮がちに手を挙げる。すると男爵様は気さくな笑みを浮かべてうなずいてくれた。


「なにかな? どうせ私はこのような田舎領主なのだ。気にせず自由に発言してもらって構わない」

「じゃあ遠慮なく。

 魔獣が多く寄ってくる、とのことですけど、男爵様のお屋敷かその近くで何か魔力を大量に蓄えてたり、あるいは吸収したりする武具などあったりしますでしょうか?」


 近づいてきた男爵様の邸宅を見ながら質問する。

 さっき孤児院に行った時は気づかなかったんだけど、よくよく男爵様の屋敷を意識するとすっごい濃密な魔素がにじみ出てるんだよね。

 魔獣ってのは魔素が濃いところで生まれ、そしてそこ目指して集まってくる性質がある。後者については市民権を得た説じゃあないけど、個人的にはほぼ真実だろうと確信してて、だからこその質問だったんだけど――


「……いや、そういった類の物はないはずだ」


 男爵様は一瞬固まってから首を横に振った。


「魔力石とか、高価な魔導具、魔剣の類も対象となりますけどそれもないですか? 私の経験上、魔獣はそういったものに近寄ってくる傾向がありますけど」

「無いな」


 はっきりと否定した。でもやっぱり男爵様は腹芸が苦手だね。顔が鉄面皮になりすぎて逆にあるって言ってるようなもんだよ。とはいえ、これはたぶん何か事情があって言えないやつだろうね。


「本当か、男爵? 心当たりがあるなら――」

「はい、本当にありません。ですが、念の為後ほどそういったものが紛れ込んでないか確認してみましょう」


 アルフが水を向けても言わないんなら、ここでどれだけ詰問したところで口は割らないだろうね。ま、魔素が溜まってるものがヤバいってのは伝わっただろうし、対処さえしてくれれば後はこっちでも勝手になんとかしよっかな。




「――では、男爵。案内ありがとう」


 ポータルの前でアルフが男爵様と別れの握手を交わした。

 あの後、男爵邸を通り過ぎて町の反対側まで到達したところで案内は終了。日も暮れてきたし、お腹も空いてきたしね。カラスと一緒に帰りましょ。


「おかげで貴殿の領内状況を把握できた。現状は確実に陛下に伝えておくよ」

「ありがとうございます、殿下。何卒、宜しくお願い致します」


 深々と頭を垂れた男爵様に手を挙げ、アルフがポータルの放つ光の中に消えていく。そして私もポータルに入ろうかという時だ。


「アルフレッド殿下が主君だったなら、どんなに良かっただろうか……」


 見送っていた男爵様がポツリとつぶやいた。

 決して他の貴族には聞かせられない言葉。それを思わずつぶやいた男爵様の胸中は如何ほどだろうか。腹芸が苦手とはいえ隠しきれない思いがにじんでいて、相当に苦しい状況なんだろうね。

 だけども私は単なる下女。今すぐできることといえば男爵様のつぶやきを聞かなかったことにするくらいだ。だから何も反応せずに私もポータルに飛び込んだのだった。




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