6-4 殿下、男爵様がお待ちですよ?
子どもたちとしこたま遊んで、お昼ご飯も一緒に食べて私たちはようやく帰路についた。あー、疲れた。やっぱ子どもは元気だね。無限に体力あるんじゃないかって本気で思うよ。
「はは、確かに。でも楽しかったよ。おかげで気分もリフレッシュできた。君だってそうだろう?」
まぁね。じゃなきゃ定期的に通わないし、お金だけ渡してハイ、サヨナラすればいい話だからね。
そうは言いつつもアルフも疲れたんだろうね。人も少ないってこともあって魔導具を外して肩を解しながら孤児院での話をあれやこれやしてたんだけど、ちょうどポータルのある建物から誰かが出てきた。そしてその人はこちらを見るなりギョッとして立ち尽くしてた。
「で、殿下……?」
出てきたのは朝も会ったユンゲルス男爵だった。そっか、ここユンゲルス男爵の領地だったのか。
見ればアルフも「あちゃー」ってな感じで天を仰いでた。あーあ、油断しちゃったね。
私が他人事みたいな――実際他人事だけど――素知らぬ顔をしてるとアルフがジトッとにらんだ。いや、自業自得っしょ。
そんな私の心を読んだのかしらないけど、アルフはため息を一つつくとすぐに魔導具をつけて、そして笑みで取り繕って近寄っていくと男爵はその場に慌ててひざまずいた。
「失礼致しました、殿下。いらっしゃるとお教え頂ければお迎え致しましたのに……」
「気にしないでくれ、男爵。卿の領地が現在どのような状況か、色眼鏡なしのこの目で見ておきたかったんだ」
アルフの切り替えの早さはさすがだね。そして私に付き合ってきただけなのに口からでまかせがこうもペラペラ出てくるのはさすが皇族の血としか思えないよ。やっぱ口が上手なのは皇族貴族の必須スキルだよね。
「でもちょうど良かったよ、男爵。急な申し出で申し訳ないが、このまま町を案内してもらえないだろうか? リナルタ、君も構わないよね?」
「殿下のご決断、私ごときが口を挟むことではございません。殿下の御心のままに」
下女モードで回答すると、アルフがちょっと残念そうな顔をした。いや、だって男爵の前なんだからしかたないっしょ。それが嫌なら、さっさと皇都に帰還すればよかったのに。
「そりゃそうだけど……」
「殿下、男爵様がお待ちですよ?」
小声での会話を終えてしとやかな笑みで促してあげると、男爵にバレない程度に小さなため息をアルフが漏らした。
それからはユンゲルス男爵に町を案内してもらった。
孤児院に向かう時はポータルから町の中心へ真っ直ぐ向かったけど、今度は町の外周部に沿うような形でグルリと回っていく。皇都とは違って農業や畜産が主流らしく、どこまでも牧歌的な雰囲気の景色が続いてた。うーん、いつかこういうところでのーんびり生活するのもいいかもね。
「案内してはいるものの、何もお見せできるものがなく恐縮です」
「とんでもない。こうして民が穏やかに過ごしている光景だけでも私には価値があるものだ。皇都は生き馬の目を抜くような連中ばかりだからね」
「ははは、それにはご同意です。男爵という爵位を頂いておりますが、皇都の貴族方とお会いすると肩が凝ってしまいます」
アルフとユンゲルス男爵は、それなりに相性は悪くないみたいだね。突然のことだから最初はガチガチに緊張してた男爵だけど、今はアルフとの会話も弾んでる。
ガタイもガッチリしてるし、実直そうな顔つきといい、たぶん昔からの貴族じゃなくて戦場で功績を上げて授爵したタイプかな? 腹芸も得意じゃなさそうだし、貴族社会で生活するのは疲れそうだよね。私はお貴族様よりよっぽど男爵みたいな人の方が好きだけど。
そんなことをつらつら考えつつ二人の後ろを歩いてたんだけど、チラチラと男爵様がこちらを見てくる。しかもこれみよがしって感じじゃなくて「聞いちゃダメな気がするけど、どーしても気になる!」気持ちが我慢できない、みたいな。うん、やっぱ腹芸とかできなさそうだね。
「彼女のことが気になるかい?」
「え? え、ええ、その、まぁ……」
「なら他ならぬ男爵の疑問だし教えてあげるよ。実は彼女は僕のこいび――ぐふぉあっ!?」
「単なる下女です」
後ろからアルフの脇腹に拳を突き刺して黙らせる。こら、疑うのが苦手そうな男爵様に嘘を吹き込んじゃダメでしょ?
「そ、そうか。しかし噂では――」
「恐れ多くもアルフレッド殿下には『多少』の興味を持って頂いておりますが、それ以上でもそれ以下でもございません。殿下の将来のためにも誤解なさらぬようお願い致します」
「……本当ですか、殿下?」
「ぐ、ほ……ま、まぁ彼女の言うことは間違ってはいないよ。今のところは、という話だけでゅぉ!?」
「すみません、脚がすべりました」
アルフの脳天にかかと落としを食らわせて今度こそ黙らせる。だからさぁ、変なこと言うなっての。
地面に倒れ伏したアルフにさらにトドメのストンピングをプレゼントしてやる。念には念を入れて警告してやらないとたぶんアルフには伝わらないからね。伝わっても無視しそうだけど。
「……く、くくく、はははは!」
男爵様の方は私たちのじゃれ合いを見てしばらく唖然としてたんだけど、徐ろに笑い声を上げ始めて、終いには大爆笑になった。そりゃそうか。下女が皇子を足蹴にするなんて光景なんてそうそう見られるもんじゃないからね。ついついいつもの感じでやりすぎちゃった。
「なるほどなるほど」男爵様がしたり顔でうなずいた。「お二人のご関係は理解致しました。ご貴族の令嬢方にご興味を示されないはずだ。殿下がそういった女性を好まれるとは……いや、これ以上の詮索は野暮ですかな?」
「なんだか……」
「すごく誤解されているような気がするんですが」
ま、いいや。とりあえず詮索をやめてくれるのであればツッコまれて嘘を重ねる必要もなくなるし助かるよ。ん? アルフはなんでそんな顔してるん?
「僕は別に被虐趣味が……いや、なんでもない」
なんかアルフが小声でゴニョゴニョ言ってるけどスルー。そして改めて町の風景を眺めてみて、ふと気づいた。
「ずいぶんと、戦闘の傷痕が多いですね」
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