6-3 いたずらっ子には相応に対応しなきゃ
宝飾店での買い物を終えて、銀行でお金を引き出してアルフと一緒にポータルに飛び込む。目がくらむ光りに包まれて、そこから一歩踏み出すと田舎のひなびた風景が広がってた。
「ここは?」
「皇都からだいぶ北にある男爵領だよ」
なに男爵かは忘れたけどね。歩きだと数日かかる距離だけど、ポータルを使えば一瞬。いやーホント、実にポータル様々だし、アルフ様々だよ。この距離だとそこまで使用料は気軽には使えない額だし。お金? もちろんアルフに払ってもらったよ。付き合ってあげたんだし、それくらいは許されるっしょ。
「それでどこへ行くんだい?」
「こっち。ついてきて」
アルフを引き連れて町の中心部へ。町だなんて言いつつも家もまばらでどっちかって言うと村に近い感じ。道も舗装されてはいるけれどあまり手入れもされてなくてデコボコ。この領地の経営は相当苦しそうだね。
そんな道を歩いていくと私の目的地が見えてきた。町のど真ん中にある大きな屋敷。たぶん領主様のお屋敷なんだろうけど、そこから少し離れた場所にある古い建物。良かった、まだ崩れたりはしてないみたい。
「この建物は?」
「孤児院だよ。魔獣にやられたり病気で親を亡くした子が集団で生活してる」
「そう、か……」アルフが建物を見上げた。「だいぶ運営は苦しそうだね」
「どこの孤児院もこんな感じみたいだよ。元々なけなしだった補助金も打ち切られたみたいだし」
現状を伝えると、アルフは小さくうめいた。たぶん孤児院を訪れるのも初めてなんだろうね。今の皇族がこういった場所の現状に目を向けてると思えないし。
「あー、リナルタだ!」
立ち尽くしてるアルフを促して崩れかけた門をくぐると、誰かが大きな声を上げて、それを合図にしたみたいに子どもたちが一斉に飛び出してきた。
「リナルタ! 鬼ごっこしようぜ!」
「ダメよ! 今日は私たちと一緒にお店屋さんごっこするの!」
「ちげーよ! 今日は俺たちと遊ぶんだって!」
おーおー、みんな元気そうだね。みんな体力無限大なのは知ってるけど、こっちはおばちゃんなんだからさ、手加減してよね?
群がった子どもたちを落ち着かせながら遊ぶ順番を決めていってると、何人か見当たらない。いっつも真っ先寄ってくるジャックたちかな? さて、どこに行ってるのやら、と気配を探ると忍び足で後ろから近づいてきてるらしかった。
ははぁん、なんか企んでるってわけか。たぶん驚かせようってんだろうけど、あいにく私は大人気なくってね。
「こーら」
「うわっ!? り、リナルタ? いつの間に?」
忍び寄ってたジャックたちの背後に一瞬で回り込み、後ろからガッチリと肩をつかむ。ジャックの手には大きめの虫が一匹。どうやら私の背中にそいつをつけて驚かせようしたみたいだけど、見込みが甘かったね。
「私を舐めちゃダメだよ? さて、いたずらっ子には私も相応に対応しなきゃいけないよ――ねぇ!」
「ぎゃああああっ!?」
組み伏せ、馬乗りになってキャメルクラッチをお見舞い。絶叫してバンバンと地面をタップしたところで解放してやる。やり過ぎ? いやいや、ちゃんと手加減してるし、ジャックたちにはこれくらいやってやらないと懲りないからね。本人たちもある意味これを楽しみにいたずら仕掛けてるところもあるし。マゾかな?
「あらあら」
そんな感じで、来て早々から子どもたちとじゃれ合ってるとおっとりとした声が聞こえてきた。振り向けば、頭にコイフを被って首元にロザリオを掛けたシスターがゆっくり近づいてきてた。
「おひさー、シスター。またお邪魔してるよ」
「お久しぶりです、リナルタさん。ところで……またジャックがいたずらしたの?」
「い、いや! べ、別にいたずらしてねーし!」
「うん、背中に虫つけようとしてきた」
「り、リナルター!」
ジャックが「人を売るのかよ!」みたいな目で見ながら絶叫したけど、ははは、いたずらするほうが悪いのだよ。
「もう、ジャックったら……嘘までついたのね?」
「あ、あははは……う、嘘をついたってわけじゃ……」
「悪い子には――おしおきが必要ね」
シスターが逃げようとしたジャックの手をつかんで引き寄せる。ジャックは私の時以上の形相で逃亡を図るけど逃げられない。シスターはニッコリと笑顔を崩さずにジャックの顔を覗き込んで肩に優しく手を置くと――そのまま上空へとジャックを放り投げた。
「ひぎゃああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ――」
「ふん!」
「ぐひぇっ!」
絶叫を響かせながらフライハイしてきたジャックを肩で受け止めて、そのまま海老反り固めでフィニッシュ! うん、いつ見ても惚れ惚れするアルゼンチンバックブリーカーだ。しっかしシスター、おっとりした見た目と違って結構パワフルだよね。
「いーい、ジャック? いつも言ってるとおり、やりすぎないたずらはダメよ? 虫が嫌いな子も多いんだから。なにより嘘をつくのは一番ダメっていつも教えてるでしょう?」
「ふぁい……」
白目向いて今にも死にそうなジャックの返事を聞いて制裁は終了。制裁の内容に似合わず「ぷんぷん!」ってかわいらしい擬音が聞こえてきそうな仕草をしてたシスターだけど、改めて私の方に向き直って「あら?」と声を上げた。彼女の視線を追うと、アルフが引きつった笑顔を浮かべてた。あ、完全に忘れてたわ。
「これはこれは。お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ……こほん、はじめまして。フレッドと申します」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。リナルタさんのご友人ですか?」
「ご友人と言うよりも恋人――」
「ふん!」
「ごふぅっ!」
アルフの腹にパンチを今日も一発お見舞い。こら、どさくさに紛れてさらっと嘘を言わない。
「……はい、友人をさせてもらってます」
「あらあら、そうでしたか」
なんて応じながらシスターはクスクス笑って私を見た。あ、絶対これ誤解してる。いや、ホントーにアルフは恋人とかじゃないからね?
言い訳してもなんか全然信じてくれ無さそうなので、とりあえずここに来た目的を果たすことにする。ここに来る前に銀行で引き出してきた金貨の袋を取り出してシスターに手渡した。
「はい、これいつもの」
「ありがとう、リナルタさん。助かるのだけれど……大丈夫? 無理してない? お城勤めとは言ってもそこまでお給料高いわけじゃないんでしょう?」
「大丈夫だよ。どーせお金なんて殆ど使わないし、傭兵ギルドで副業もしてるしね」
「君はいつもこうして寄付をしてるのかい? しかもポータルを使ってまで直接届けに」
まぁね。そりゃ直接持って来るのはちょっと面倒だけどさ、子どもたちに会うと元気もらったような気にもなるし、なにより寄付を受け付けてる機関にお金預けたところで、本当にちゃんと渡されてるか信用できないし。特に今みたいなご時世だとね。
「彼女のおかげで本当に助かってるんです。子どもたちに美味しいご飯を食べさせてあげられますし、高価ではないですが新しい服も買ってあげられてます」
「確かにそうみたいですね。失礼ではありますが、私が想像していたよりもずっと子どもたちの肉付きが良いし、身なりも綺麗だ。なにより、子どもたちの顔が明るいですね」
アルフが子どもたちを見回しながら顔をほころばせた。いやいや、子どもたちが明るいのはこのシスターのおかげよ。だけど私が寄付したお金が一助になってるなら嬉しいってもんだね。
子どもたちが走り回ってる姿を眺めてるとアルフが私の顔をじーっと見て微笑んでた。なんだかずいぶんと嬉しそうだね?
「いや、僕が惚れた女性が優しい人で良かったと思ってさ」
「はいはい、おだててもなんも出ないよ。寄付だって単なる自己満足。優しいんじゃなくて、私がやりたいからやってるだけ」
「なら僕からも寄付させてもらうとするかな」
言いながらアルフは金貨の入った小袋を徐ろに取り出してシスターに手渡した。
「すまないね。急なことで手持ちが少なくて。次の機会にはもう少し寄付をさせてもらうよ」
「こんなに……宜しいのですか?」
「別にそこまで私に付き合わなくていいんだよ?」
さっきも言ったとおり私が好きでやってるだけだしね。どっちかって言うと、アルフにはこういう場所もあるんだよーって知ってもらいたかっただけだし。
そう言うとアルフはいたずらっぽく笑った。
「君と同じさ。僕の自己満足だよ。ここにいるのはつらい思いを経験した子どもたちだ。なら、これからはそのぶん少しでも多く笑顔を浮かべてほしいからね」
穏やかに微笑むことが多いアルフだけど、今の笑みはいつもよりずっと優しい。少なくとも私にはそう思えた。
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