第2章 帝国の人たち

6-1 彼のような人物はだいぶ少数派




 さて。

 そういうわけで一介の下女である私がなぜかアルフと協力して、帝国にはびこる腐敗に立ち向かうという構図になったわけなんだけど。


「それで、貴女はどうして殿下に協力する気になったのですか?」


 部屋から出てジェフリー様と二人きりになった途端、真意を問いただされた。

 別に私から金銭的な報酬を要求するでもなく、皇子の愛妃になることにも興味はない。使命感に燃えるアルフに共感したってわけでもないし、実質的な私のメリットなんてどこにもないわけだから、特に侍従たるジェフリー様からすればそりゃ警戒するのも当然だよね。あのお坊ちゃまなアルフは、甘いというか、人の善意を簡単に信じちゃうところありそうだし。


「どうしてと申されましても、特に深い理由はございませんよ?」


 受け入れても断っても面倒くさそうだし、それならまあ協力しようかって思ったのも事実。だけど、そうだねぇ……


「強いて申し上げるなら――力のない者に簡単に罪をおっ被せて切り捨てる。そんなお相手の心根が気に入らないから、でしょうか?」


 今回だって私だから一晩でどうにかできたわけだけど、これが普通の下女だったら何の弁解もさせてもらえず、それこそ物理的に首を飛ばされてたわけで。


「フリーダとハンナという下女二人が犯人……とされましたけど、下っ端だけが罪に問われて黒幕である偉いご貴族様たちはのうのうと生き続けるわけですよね? それが――私にとって死ぬほどムカつくことなんです」


 いつの時代だって同じような話はある。かくいう私だって――っと、私の昔話はどうでもいっか。ともかくも。


「平たく言えば本当に悪い連中の顔面をこの手でぶん殴ってやりたい。それだけです」

「ふむ……ひとまずは貴女のお話を信じることにしましょう」


 とりあえずジェフリー様は矛を収めてくれた。まだ疑ってるご様子だけどね。ま、彼の立場上疑ってかからないといけないのは理解できるし、そこは私も深く追求しない。

 とまあそんなこんながあったけれど、アルフ一派に属したからといって私の生活が急激に変わるわけじゃあない。

 いつもどおり下女として掃除に洗濯に力仕事に、と忙しなくしつつも時々アルフからの求愛活動を適当に聞き流しながら過ごす日々。

 アルフから求愛以外話を持ちかけられないのは私としてもウェルカムなんだけど、いい加減何かしら動かなくていいのかなぁと思い始めたそんなある日のことだ。

 朝イチの忙しい仕事を乗り切って少しのんびりと二階の掃除をしていると、不意に一緒に掃除をしていた同僚のミーシャから小さな悲鳴が上がった。

 振り返れば彼女が尻もちをついてて、そばには鎧を着た男の人。どうも掃除に集中してて、階段を降りてきた彼に気づかなかったみたい。


「も、申し訳ありません!」

「いや、こちらこそすまなかった。考え事をしていて前を見ていなかった」


 あら、珍しい。使用人が鎧なんて着てるはずないから男の人はご貴族様だろうけど、こういった場面でご貴族様側が謝るなんて。


「ケガはないか?」

「は、はい! 大丈夫です」

「そうか、ならば良かった」


 気遣いの言葉と一緒に男臭い微笑みを浮かべると、男の人はまた思い詰めた顔をして下の階に降りていった。うん、実に良いご貴族様だ。自分からぶつかっておいて怒鳴り散らす、なんて人も珍しくないからね。


「ミーシャ、大丈夫?」

「あ、リナルタ。うん、私は大丈夫。ちょっと転んだだけだし」

「ずいぶん紳士的な人だったね。他の人もこーだったらいいのに」

「残念ながら彼のような人物はだいぶ少数派なんだ」


 ミーシャと話してると私の肩にぽんっと手が置かれて、さり気なくどこぞの皇子様が会話に割り込んできた。ちょっと、いつ来たのさ?

 私がジロッとにらんでるってぇのにアルフは気にせずいつもの皇子様スマイル。誰もが見とれるその笑顔を向けられたミーシャは頬を赤らめて「アルフレッド様……」なんてこぼしてた。

 が、彼女はハッとして私を見つめると急に「私はこれで」なんて言ってそそくさと離れていった。おまけに去り際には「頑張って!」なんて握りこぶしをして。いや、何を頑張るのさ。てか、二人きりにしないでよ。


「はぁ……またストーカー?」

「人聞きの悪い。ただ僕は常に君の姿を視界にいれておきたいだけさ」

「きっしょ!」


 イケメンだからって何でも許されると思わないでよ? いや、残念ながら実際アルフにこんなこと言われたら九割九部の女性は嬉しいんだろうけど。

 それはともかく。


「先程のご貴族様は上から降りてきたけど、陛下に謁見?」

「みたいだね。彼――ユンゲルス男爵とはさっき少し話して、彼が言うには自領で魔獣が頻繁に現れてて結構な被害が出てるらしい。それで陛下に支援と対策を訴えに来たようなんだけど……」

「陛下には適当にあしらわれた、と」


 アルフがうなずく。なるほど、それであんなに思い詰めた顔をしてたってことね。

 ユンゲルス様からすればワラにもすがる思いだったんだろうけど、残念ながら今上の陛下は政治にまったくの無関心。快楽に溺れるばかりで、ユンゲルス様の訴えにもまともに耳を傾けなかったってところかな。安定してる世の中なのは良いことだけど、こういう皇帝陛下でも一応成り立ってしまうのは負の側面だよね。


「それはそうと……」


 アルフが耳元でささやき、私の肩をそっと優しく抱き寄せた。

 とろけるような甘い声。私の顔がアルフの鍛えられた体に密着し、服越しに彼の体温と心臓の音が伝わってくる。背後を貴婦人らしい方々が「あらまあ」なんて言いながらニヨニヨしながら通り過ぎてった。

 やがて貴婦人方の姿が見えなくなって誰も近くにいなくなった瞬間――


「ふんっ!」


 私はアルフの腹に拳をぶち込んだ。


「な、なんで……?」

「協力するとは言ったけど、気安く触っていいとは言ってないし」


 むしろ貴婦人方が通り過ぎるまで我慢した私を褒めてほしいくらいだよ。


「だ、だからって本気で殴ることは、ない、だろ……」

「大丈夫。殴る人は選んでるから。アルフは結構頑丈そうだし」


 床に崩れ落ちたまま生き絶え絶えのアルフに向かってそううそぶく。

 本当は国の現状を作り出してる皇帝陛下も一発殴ってやりたいところだけど、さすがにそれは冗談じゃ済まないだろうからね。


「ふぅ……君と一緒にいると命がいくつあっても足りなそうだ」

「そう言いながら、もう回復してんじゃん」

「急所は外したからね。それで話の続きだけど、明日ちょっと街に行きたくてね。君にはそれに付き合ってほしいんだ」


 えー、めんどくさい。

 こちらとしては鉄壁の仮面でガードしたつもりだったんだけど、心の声はアルフに伝わってしまったらしい。アルフはニコリと微笑んで、さっきと違って今度はガッチリと私の肩をつかんできた。


「断りはしない……よね?」


 あ、これは断ったら命令を発動するヤツだ。どうやら私は逃げられないらしい。

 しかたない。たまには付き合ってあげるか。

 ニコリと笑顔を貼り付けたままのアルフの前で、私は隠すことなくため息をついた。



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