5-7 僕はこの国を正したい
アルフ曰く、一部の貴族たちは日常的に収入をごまかして脱税し、国庫からも不正にお金が少しずつ引き出されているらしい。
しかも陛下は政治にも経済にもご関心を示しておらず、それどころか国庫を湯水のように使って飲み遊んでいる始末。第一皇子であるミリアン殿下もリズベット様にご執心で、国家運営なんてお構いなし。そりゃ貴族たちだって好き勝手やるわ。
「アルフが告発して糾弾すればいいんじゃない?」
「そうしたいんだけど、確かな証拠をなかなかつかめないんだ」
どこぞの貴族様が脱税や国庫の横領をしているのは確実。そこは第一皇女であるソフィーリア殿下も同じ見解で、けれども誰がやっているのかも未だ不明なのだという。
それどころか。
「関わってる貴族がどの程度いるか……下手をすると、貴族たちの大部分が関係しているかもしれない。しかも、もう何年も。ひょっとしたら陛下が即位なさった頃から続いてる可能性だってある」
そりゃまた……いや、もう長いこと皇城で働いてるから薄々感じてはいたけど、相当に腐ってるね、この国。おっと、アルフにこんなこと言っちゃ不敬かな?
「構わないよ。僕だって同じ気持ちだからね。
とまあ、そんな状況なわけだ。何とか僕の力でこの国を正したいと思ってはいるし、そのために水面下で動いてはいる。実際、少し前にも脱税の証拠をつかめた貴族のことを匿名で市井と皇城にばらまいてみたしね」
「ああ、アレ。そういえば去年の暮れくらいにちょっと騒ぎになってたっけ。あれアルフの仕業だったんだ」
「苦肉の策ではあったんだけどね。幸いにも陛下にも他の貴族にも無視されず処分されたけど、それでより一層相手も警戒を強めたみたいでね。だからリナルタ、君が逮捕されたのもたぶん、僕に対する牽制だと思う」
なるほど。ここ最近、アルフが私にアプローチしてたのは周知の事実だしね。私を逮捕することで、「これ以上下手なことをすればお前の好きな人がどうなってもしらんぞ」ってわけだ。
アレ? ってことは、だよ。
「もうアルフが色々やってるって相手側にバレてるってことじゃん」
「いや、そうとも限らない。調べてみて分かったんだけど、ここ最近、僕の他にもいくつかの貴族に似たような脅しを掛けてたみたいなんだ。だから疑われてはいるけれど、まだ真っ黒な腹を探ってるのが僕だって確証は持たれてないはずだ」
本当かなぁ? ちょっとそこは疑わしいっちゃ疑わしいけど、相手が本気でアルフを潰そうなんて考えちゃいないってところは確かっぽい。今回の私の逮捕みたいに、誰かを秘密裏に操れるくらい力がある存在なら、アルフを暗殺なんて直接的な手段に出ることだって可能だろうし。
「僕は……この国が好きだ」アルフが窓辺に立って外を見下ろした。「建国から三百年、代々の名君が発展させてきて、今や大陸一の大国となった帝国に表立って歯向かう国は少ない。だけど人間と一緒で国も外部からの刺激が少ないと、容易に内側から腐っていく。このままだといずれ遠くない未来に帝国の威信は失われて、力を蓄えている他国に食い散らかされるだろう。
だからさっきも言ったとおり、僕は何とか僕の力でこの国をあるべき姿に正したい。国を治める者たちが私欲ではなく、国民を思い、国民を守り、国民のために統治するという姿に。
だけど……」
そこで一度ため息交じりにアルフが言葉を区切った。そしてこちらを振り向く。私に向けたその口元はわずかに微笑みを宿してるけど、瞳は何処か悲しいというか、悔しそうというか、そんな色を湛えているように思えた。
「いかんせん僕は所詮第三皇子だ。ミリアンのスペアでしかないし、権力も発言権も無ければ、味方してくれる貴族もほとんどいない。特に、この皇城内においてはね」
……ははぁん、なるほどなるほど。そういうこと、か。
「だから私に近づいたってわけか。皇城内で自由に動ける駒を手に入れるために。
幸いにしてミリアン殿下のように下女に恋して愛妃扱いしてる前例があるわけだし、恋した演技をしていれば頻繁に私と接触していても怪しまれることはないから」
「ああ……まぁ、そういうことだね」
肯定しながらも、アルフが一瞬だけちょっと残念そうにした。ん? どっか間違ってた?
「いや、間違ってはないよ。ただ……」
「ただ? なに?」
「気にしないでくれ。
ともかく、君の言うとおり、皇城内で怪しまれず情報収集をするための人材が欲しかったんだ。とはいえそこまで危険なことをさせるつもりも無かったのだけど……君が思ってた以上に優秀な人物だと分かったからね。今回の冤罪も、僕が動くまでもなく自分で解決してくれたわけだし」
「え!? 彼女が自力で解決したんですか!?」
「別に私は何もしてませんよ?」
ジェフリー様が驚く横でしれっとシラを切ってみる。するとアルフが喉をクツクツと鳴らした。
「そういう図太いところも買ってるよ。だから、改めてお願いしたい。どうか、国を正すために、僕に力を貸してほしい」
「断ったらどうなります? 下女の仕事はクビで追放ですか? それとも別の新しい罪を被せて抹殺されちゃったりします?」
「はは、まさか! 断られたらそれはそれでしかたない。味方につけられなかった僕の力不足だからね。君には特に今までと変わらず仕事をしてもらうよ。
だけども、僕は本当に君を気に入ったんでね。だから力を貸してもらえるように、君に恋する一人の男としてアプローチを続けるよ」
「えー……うざっ」
「うざいって言った?」
「とんでもない。光栄です」
ついつい本音がこぼれちゃった。てへぺろ。
それはそれとして。演技とはいってもアルフにずっと付きまとわれるのはメンドクサイし、告白されるたびに他のご貴族令嬢方ににらまれ、下女仲間たちの噂話のネタになり続けるわけで。うん、受け入れても断っても結局あんま変わんないね。
なら。
「オーケー。アルフに協力するよ」
しばし考え込んだ末に私は了承の意を伝えると、アルフは大きく安堵のため息を漏らした。
「良かった。本音を言うと、断らないでくれって祈ってたんだ」
「断っても断らなくてもあんまり変わらない気がしたからね。どうせアルフが近寄ってきたらこれまでどおり塩対応してればいいんでしょ?」
「一応聞くけど……素っ気なくするのは演技なんだよね?」
「さあ、どうでしょう?」
小悪魔な女性っぽく笑ってやると、アルフは「相手選びを失敗したかな……」とため息混じりに笑った。
ま、こうやってアルフをからかうのは楽しいし、長い人生、こんな時間があるのも悪くない。
こうして、私とアルフの正式な協力関係が結ばれたのだった。
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