5-5 結構魅力的だとは思うよ?




「ああ、リナルタ! 君への疑いが晴れて本当に良かったよ! どうだろう? この後、僕の部屋に来てくれないかい?」


 ひざまずいたかと思うと、突然アルフが芝居がかった仕草でそんなことをのたまり始めた。皇子様らしい澄み切った声がどこまでも響いて、近くにいた使用人のみならずご貴族様たちまでも一斉にこちらに振り向いた。

 いやいやいや!? 朝っぱらからいきなり何言い出すのさ!? やんごとなき人が女性を部屋に呼ぶなんて言ったら、そういう方向に勘違いされちゃうじゃん! ああ、ほら、向こうの方でリヒター様が頭を抱えてらっしゃるし。こりゃまた後でご苦言をいただいちゃうな。

 衆人環視の中で告白されて、またその整った顔面に拳をめり込ませてやろうかって衝動に駆られたけど、アルフは私の握りしめられた拳に気づいたようで慌てて「合わせて?」とばかりにウインクしてきた。


(あー……そういうことですか)


 意図がなんとなく分かったので、後ろに引き絞った拳を収める。

 ……はぁ、まあしかたないか。大きく息を吸い込んで、そして純真無垢で真面目な下女としての顔をアルフに向けてやった。


「お断りします! 私は……私は一介の下女でございます! お声を掛けて頂くだけで恐れ多いのに、どうしてそのような事できましょうか!」

「そんなこと、君は気にしなくていいんだ! もし周りが卑劣な言葉を投げかけてきたとしても、僕が君を守ってみせる!」

「いけません! 私なんかではなく、もっと殿下の身分にふさわしい御方がいらっしゃるはずです!」

「いや、もうダメなんだ! 君がいなければ僕の世界は色彩を失って、生きる気力さえ失われてしまうに違いない! たとえ全てを捨ててでも、君と共に生きていきたいんだ!」

「……プロポーズですか?」


 ミュージカルのように大仰な身振り手振りで演技を重ねる。それはそれでちょっと楽しくなってきてたんだけど、アルフの最後のセリフについ素で返してしまったら、視線で叱られてしまった。なので感涙に目を潤ませる下女の演技に戻る。


「アルフレッド殿下……」

「どうか、どうか僕の愛を、受け入れてくれないか……!」

「……できません! どうか、私のことをなどお諦めください!」

「いいや、諦めてたまるもんか! 君がうなずいてくれないのであれば、強引にでも君の心を手に入れてみせる!」


 恋心に翻弄される皇子様を熱を込めて演じたアルフは、徐ろに私の手を取って口づけをした。そしていわゆるお姫様だっこで私を抱えると、見慣れてきた皇子様スマイルで私を見つめた。えっと、演技だよね? なんか不安になってきたんだけど。

 ともあれ、こうして私の釈放とアルフの執着ぶりを衆人に印象付けつつその場を立ち去ることに成功したわけで。


「もういい加減下ろしてくれてもいいんじゃない?」

「油断は禁物だよ。どこで誰に見られてるか分からないからね」


 そりゃまあそうだけどさ。意外と抱っこされてる方も疲れるんだよ?

 そんな不満を抱きつつも、アルフの言うとおりどこで演技がバレるか分かんないので従順なフリをしていると、反対側から一人の騎士がズカズカと苛立った足取りでやってくるのが見えた。


「あ、昨日の」


 私を犯人だと決めつけて色々とやってくれたコンラッドだ。向こうも私に気づいたようで、どう見ても私に親を殺されたみたいな憤怒の視線でにらんでくる。

 昨日の取り調べが問題視されたのか、それとも私が犯人じゃないと分かって悔しいからかは知らないけど、八つ当たりはいけないよ?

 とはいえ、こちらとしてもヤツの昨日の態度に腹が立ったのは間違いないので、頭を垂れた彼の前を通り過ぎる時にスン、と澄まして鼻を鳴らしてやると、今度こそ私を殺してしまいそうな視線をぶつけてくる。おー、怖い怖い。

 適当にそれを受け流してたんだけど、ふと彼の腰を見れば見覚えのある剣が刺さってた。この野郎……私の剣をパクりやがったね? ならこっちだって考えがある。


「そういえば殿下。私が差し上げるとお約束しておりました剣、受け取って頂けましたでしょうか?」

「剣……? 剣をもらうなんて、そんな約束――ぐふぅ!?」


 けげんな顔を浮かべたアルフのみぞおちに肘打ちを一発。話を合わせろと分からせてやる。

 私だって突然変なことを言い出したって自覚はあるけどさ? さっき自分だって急に演技始めて合わせてあげたんだからさ、今度はそっちが何も言わず合わせてくれたっていいよね?


「あ、あー……あの、剣の、こ、とだね……?」

「はい、ギルド経由で入手した魔導剣です。剣を嗜まれる殿下にふさわしい逸品かと思ったのですが、昨日謂れもない罪・・・・・・で逮捕された際に、殿下にお渡しするよう騎士様に言付けさせて頂いたのですが」チラリとクソ野郎の腰に視線を向けた。「そう、ちょうどこちらの騎士様が腰に差しているような黒い鞘の剣です」


 たぶんコンラッドの野郎は、あの剣を私の物だと思ってる――事実、私のだけど――はず。だからだろうね、私のセリフを聞いて逆恨み極まりない視線は、みるみるうちにどっかへ吹っ飛んでいって、ガタガタと震えながら腰から剣を引き抜いた。


「は、はい! で、殿下に献上する剣と伺ってお、おりましたので、わ、わわわ私の方で大切にか、管理させて頂いておりました……」

「ふむ、そうだったのか。手間を掛けさせてしまったね。感謝しよう。しかしその剣が君の腰に差してあったのは――」

「も、ももも、申し訳ありませんが侯爵様から急ぎ来るよう言われておりましたので失礼いたします!」


 アルフに剣を渡すとコンラッドは慌てて逃げていった。ふん、下女だからって甘く見ちゃって。人の物奪おうとするからそんな目に遭うんだよ。いい気味だね。

 それもこれもアルフが皇子様だからできたワザではあるけど。今回ばかりはアルフの地位に感謝しなきゃだね。


「今初めて、アルフが皇子様で良かったって思ったよ」

「もうちょっと他の部分で『良かった』って思ってくれても良いんだけど……」

「そんなもんあるわけ無いじゃん。あ、でもアルフ個人を見たら、結構魅力的だとは思うよ?」


 顔もいいし、下女を本気で心配できるくらい人間もできてるし、皇子様じゃなかったら色々と面倒くさいしがらみがないから超優良物件だと思うけど。

 そう本音を言うと、アルフはプイと明後日の方を向いた。ただ、私を支える手のひらが少し熱くなったような気がした。なんでだろ?





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