5-4 ずいぶんと馴染んでるね?




 気が済むまでフリーダとハンナをボコボコにした後、二人を皇城一階の通路内に吊るしておいてあげた。首にはちゃーんと「私たちが盗みました」って書いたプレートを掛けてね。もちろん足元から二人に見せた記録石の映像が絶賛上映中だから、今頃は決定的捏造証拠映像が、皇族・貴族・使用人問わず多くの人に鑑賞されてるかな。


「あの二人のことだから――」


 助けられた後でどうせ「リナルタがやりました!」とか騒ぐんだろうけどさ。

 でも、こうして牢屋の中でお茶をすすってても今まで誰も来てないって事は、二人の証言をみんな相手にしてないってことだよね。実際、記録石の証拠はあるし、私は牢屋にいて出られるはずがないからね。一介の下女が、鉄格子をひん曲げる力があるなんて思いもしないだろうし。疑われたら全力で貧弱な下女を装うけど。


「……ん?」


 とまあ、そんな感じでのんびりまったりしてると、門番さんの恐縮した声が聞こえてきた。なんか昨日も同じようなことがあった気が……お付きの下女がボコボコにされたリズベット様あたりがまた嫌味と愚痴でも言いに来たかな?


「リナルタ! 無事か!?」


 とまぁちょっと身構えてたわけなんだけど、血相を変えて入ってきたのはアルフだった。あ、おはようございます。


「……なんかずいぶんと馴染んでるね?」

「まあそこまで劣悪ってわけじゃないですし?」


 ちゃんと屋根はあるし、粗末とはいえ食事は黙ってても出てくる。床が硬くて冷たいのを除けば別段文句はない。そう伝えるとアルフは脱力して肩を落とした。


「急いでここに来たけど、君を見てると損した気分になるよ」

「もしかして心配してくれたんですか?」

「当たり前だろう?」


 アルフが少しむっとした顔をした。ん? どうして怒るんです?

 どこに気分を害する理由があっただろうか、と私が首を傾げているとアルフが何か諦めたみたいにため息をついた。そして門番さんから鉄格子の鍵をもらうと、そのまま部屋の外に出るよう命令した。

 地下牢にアルフと二人になる。彼の手で鍵穴に鍵が差し込まれ、カチリと音が地下牢に響く。ギィ、と錆びた鉄格子が悲鳴を上げて扉が開いた。

 次の瞬間――私はアルフに抱きしめられていた。


「……アルフ?」

「すまない……」


 ちょっと、突然何してくれるのさ。思わず脇腹に拳を突き立てそうになったけど、それは止めておいた。

 なぜなら、私を抱きしめるアルフの腕が震えていたから。

 何にそんなに震えることがあるのだろうか。私にはアルフの心中を推し量ることはできない。だけど、私なんかを抱きしめることで気持ちが落ち着くのなら、少しくらいは我慢してあげようか。

 そうしてなされるがままにされること、しばし。うん、もういいでしょ。


「いい加減姿勢がきついんですけど?」

「っ……! す、すまない!」


 指摘するとアルフが慌てて私を解放した。そして私をチラッと見てから頬を赤くして、プイッと目を逸らす。いや、自分から抱きしめといて、なんでそこで赤くなってるのさ?

 まあいいよ。私を本気で心配してくれてたのは伝わったし、そこは不問にしてあげようじゃない。

 それよりも。


「こうして牢屋から出されたってことは、私の嫌疑は晴れたってことでオーケー?」

「ん? ああ、そうだよ。今朝、記録石と一緒に下女二人が城の柱に簀巻きにされてるのが発見されたんだ。さすがに記録石があれば二人の犯行は明らかだし、君を牢屋に入れておく理由が無いからね。しかし、いったい誰が記録石に記録してあの二人を縛り上げたのか――」


 アルフの視線が私の後ろに向いたところで徐ろに彼の口が止まった。振り返れば、鉄格子が歪んでいた。


「もうだいぶ古そうな牢屋だもんね」


 こんなに変形させたの誰だろうね? 素知らぬ顔してキュッと歪みを直しとく。

 するとアルフは少し呆然としてたけど、不意に気が狂ったように笑い出した。腹を抱えて、心底愉快で堪らないといったご様子。いやいや、さすがに笑い過ぎじゃない?


「そうかそうか、それはそうだ。確かに君だしね。この程度の檻で閉じ込めておけるはずもないか。はは、まったく。僕の心配し過ぎだったね」

「なんだかそこはかとなく失礼なこと言われてる?」

「褒めてるんだよ。ともかく、こんな場所にいつまでもいることはない。部屋まで送ろう」

「大丈夫。ガキじゃないんだから一人で行けるし」

「いや、君の手を煩わせてしまったからね。ぜひ送らせてほしい」


 うーん、仮にも皇子様であるアルフと一緒に歩いてたら目立つというか。ただでさえアルフに告白されてるってのは周知の事実なところ、二人で歩いてたら既成事実化されそうで怖い。てか、そうか、コイツ、それが狙いか。

 ジロリとにらんでみるけど涼しい顔で皇子様スマイルを賜ってくれる。ぶっちゃけそんなのノーセンキューなんだけど……まあ、譲らなさそうだし、わざわざここまで迎えにきてくれたんだから私が諦めるか。断ったって「僕に部屋まで送らせろ」とか意味不な命令してきそうだし。

 ってことで、アルフと連れ立って牢屋から出る。門番さんにバイバイして階段を登りながら、少し前を歩くアルフに尋ねる。


「今回の犯人は誰?」

「言っただろう? というか君が一番知ってるはずだ。ハンナとフリーダという下女二人が――」

「あの二人のことは私だってよく知ってる」


 あの二人は私を始め、自分より下の下女にはやりたい放題の腐った根性の持ち主だけど、根っこの部分は小心者だ。他の下女からカツアゲするとかなら分かるけど、身分が上の人間の財産や国の資産に手を出すなんて、そんな度胸はない。

 つまり――


「背後で糸を引いてる人間がいるはず。違う?」

「……君みたいな優秀な人間がどうして下女をしているのか、本当に理解できないよ」


 アルフがため息をついたところで、階段を登り終えた。そして「答えを知りたいかい?」と問われたのでうなずいた。だけどアルフはそれに答えず扉を開けて人が行き交う通路に出ると、何を思ったのか急に私に向かってひざまずいた。




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