5-2 んじゃ行くとしますか




 時は少しさかのぼる。

 リナルタと別れ、一足先に皇城の自室に戻ったアルフは着替えを終えてコーヒーを堪能していた。

 仕事をほっぽり出して出ていった挙げ句、顔面をボコボコに腫らして帰ってきたことでジェフリーから小言を頂戴したが、それを聞き流しながら頭の中でリナルタの舞う姿を反芻して一人ニヤニヤと笑う。

 そんな主の様子に、ジェフリーは「いよいよ頭がいかれたか」と失礼な感想をため息と共に部屋を出ていく。だがすぐに慌てて戻ってきた彼のもたらした報告に、アルフは思わず拳を叩きつけた。


「リナルタが逮捕された、だと……! 本当なのか、ジェフリー!」

「はい。城内中で噂されています。おそらくは間違いないかと」

「罪状は? 彼女がいったい何をしたと言うんだ?」

「それが……宝物庫と貴婦人方からの宝石窃盗と、国庫の窃取だそうです」


 それを聞いてアルフの頭には疑問符ばかりが浮かんだ。

 これまで彼は数々のアプローチをリナルタにしてきた。その中には当然高級な宝石やドレスなどのプレゼント攻勢も含まれている。だがそのいずれにも彼女は一切の関心を示さなかった。それどころか、金品でのアプローチをどちらかといえば毛嫌いするフシさえある。

 そんな彼女が、宝石と国庫から盗みを働いた? 冗談にも程がある。アルフはギリ、と奥歯を噛み締めた。


「アルフレッド様に言われて私も彼女の様子を観察してみました。主観的な印象ではありますが、彼女は見た目によらず思慮深く、そのような愚行を犯すようには思えません」

「当たり前だ。彼女がそんな性格ならとっくに僕だって見切っている」


 二人のリナルタに関する印象は一致した。仮にその印象が正しいとすると、彼女はハメられた、ということ。そしてそれが示す結論は一つだ。


「僕の動きが感づかれている……?」


 この国に巣食う病巣。腐敗した皇族や貴族。それらを正したいと思ってアルフは密かに動き続けてきたが、そうした彼の動きを「快い」と思わない連中からの「警告」だとアルフは受け取った。


「殿下が動いていると確信までは持たれていないとは思いますが……」

「疑われてはいる、か……何にせよ、連中にとって僕らの行動は相当に邪魔なようだね」

「手を引きますか?」

「一旦は、ね。不本意だけど」


 けれど完全に手を引くつもりはない。しばらくは大人しくするが、やがて相手の警戒が緩んだ頃に再び動き始めることにする。


(これが……)


 リナルタに出会った当初であれば、彼女をこのまま切り捨てて不正調査を進める、なんて事も選択肢としてあり得ただろう。だが、今のアルフにとってそんな選択肢はありえなかった。


「それにこれは好機でもある。わざわざ相手の方から動いてくれたんだ。リナルタへの濡れ衣を通じて、不正を行っている犯人へ繋がる痕跡もきっとある。それを何とか見つけ出そう。それが彼女への疑いを晴らすことにもなる」


 指示を出し、それを受けてジェフリーが部屋から出ていく。そしてアルフは一人残された部屋で天井を見上げた。


(リナルタ……)


 胸の内で彼女の名をつぶやく。果たして、彼女は今どんな気持ちで牢屋で過ごしているだろう。想像するだけでアルフは胸の疼痛を覚え、うなだれた。

 こんなはずではなかったのに。彼女の事は、自分が皇城内で動きやすくするための手駒の一つにするつもりだったのに、どうしてだか彼女の事を想うだけで胸が苦しい。


(早く……助け出してあげなければ)


 迷惑を掛けてしまった以上、それが今の僕の責務だ。ため息とともに不安を胸の奥深くに押し込め、アルフは深く思考の海へと埋没していったのだった。






 目をパッと私は開くと、いかにも寒々しい石造りの天井が目に入った。ああ、そういえば逮捕されて牢屋にぶち込まれてたんだっけ。

 体を起こして伸びをしたら背骨が「ボキボキボキィッ!」とすんごい音を立てたけど、おかげで目は覚めて気分は快調。粗末なベッドしかないから寝にくいかな、と思ってたけど洞窟とか外の野ざらしで寝ることに比べればこんなとこでもずいぶん快適な部類だし、思ったより熟睡できたね。この頑丈な体に感謝感謝だよ。


「んじゃ行くとしますか」


 体を解して鉄格子に手をかける。「フンッ!」と少し力を入れたらあら不思議、硬いはずの鉄格子がグニャリと飴細工みたいに曲がっちゃった。いやぁ、不思議なこともあるもんだね。

 曲がった鉄格子の隙間からスルリと抜け出る。喜ぶべきか悲しむべきか、とりあえずはスレンダーとも言える体に感謝してやりつつ地下牢入口のドアに耳をつければ、鎧がこすれる音がかすかに聞こえた。まだ起きてるらしい。うん、今日の門番さんは仕事熱心だね。

 なので。


「よっと」


 石壁に指先を強く押し当てて、ゴリッと壁の一部をもぎ取る。コイツをポイッと鉄格子目掛けて投げつければ、私の適当なコントロールでもぶち当たって「カァンッ!」と小気味いい音を奏でてくれた。

 当然それは真面目な門番さんの耳には届くはずで、私の目論見通り慌ててドアが開かれる。


「おい! 今の音は何の音だ――」

「はーい、おやすみなさーい」


 壁際で息を潜めて、飛び込んできた門番さんの頭を「ごきっ!」とちょーっとだけ不自然な方向に向けてあげると、バタンと倒れた。ゴメンね、このまんま朝まで寝といてね。

 このままじゃ寒いよね、と白目向いて寝てる門番さんを椅子に座らせて、地下を脱出。そっと扉を開けるとそこはいつも仕事で使ってる通路だった。

 物音はまったくと言っていいほどしてなくて、夜目が効くから問題なけれど普通の人間なら燭台の一つも持ってないと歩けないくらいに城内は暗かった。うん、良かった。窓が無いから確認できなかったけど、ちゃんと夜中に起きれたみたいだね。

 使用人用の通路を使ってキッチン、洗濯場と抜けて階段を昇っていくとそこは使用人たちの部屋があるフロアだ。そこを足音は殺して進む。下女の仕事は激務だし、関係ない人たちは起こさないようにしないとね。




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