5-1 それは良いことを聞いた




 いや~、参ったね。


「貴様が盗んだことは明白なんだ! 大人しくすべてを白状しろっ!」


 取調室で向かいに座った騎士様が机を激しく叩きながらわめいた。えっと、確かコンラッド様だったかな? 彼が言うには、どうやら私は皇城で盗みを働いた重罪人らしい。初めて知ったよ。


「盗んだって、何をですか?」

「とぼけるな! 滞在している貴婦人がたの宝飾に宝物庫の宝石、それも国宝である魔力石を盗んで何処かに売り払っただろう! それどころか、国庫にまで手を出しやがって……!」

「一介の下女がどうやってそんなことするんですか?」

「だからそれを吐けと言ってるんだ!」


 コンラッド様が怒鳴りながらまた机をバンバンと叩いた。むぅ。そんな事言われても知らないものは知らないよ。私は犯人じゃないし。そもそも、そこを調べるのが調査官の仕事でしょ。


「まだシラを切るか……!」

「だからそもそも知らないんですってば」


 だけどコンラッド様――もう敬称なんていっか――コンラッドは私の主張に耳を貸す気なんてまったくないらしい。額に青筋浮かべながら後ろに立つと、私の髪をつかんで無理やり立たせて壁に叩きつけた。ちょっと、やめてよ。痛いじゃん。


「国宝や国庫からの窃盗は、即座に首をはねられてもおかしくない重罪だ。今ここで貴様の首をはねてもいいんだぞ!」

「首をちょん切るのはどうでもいいけど、やってもいない事を認めるのは絶対しないし」

「他の下女も貴様が盗んだと証言している!」


 繰り返しになるけど私にはまったく身に覚えがない。誰だ、そんな嘘をついた奴は。


「一方からの意見だけで、明確な証拠もなくこんな恫喝混じりの取調べするんだ? 一応帝国は法治国家だと思ってたけど、どうも違ったみたいだね」

「貴様の部屋から盗まれた宝石や多額の金貨も見つかっている!」

「そんなの、私がいない間に部屋に持ち込めばどうにでもなるでしょ」


 と、不意に頬に衝撃が走った。さほど痛くはないけど頬がジンジンする。どうやら私は殴られたらしい。スッと頭が冷めていくのが分かった。


「ふぅん……」

「なんだその目は!」

「別に。昔と違って、騎士の拳ってのもずいぶん軽くなったなって」


 そう言ってやるともう一度殴られた。別にいくらでも殴っていいけどね、分かってんのかな?


「近衛騎士っていうのは皇族のみならず皇城のすべてを守るもの。当然、そこで働く使用人も含まれる。職務熱心なのはいいけど、そんな近衛騎士が決めつけで無実の人間を痛めつければどうなるか……アンタの行動一つで近衛騎士という価値そのものが容易く損なわれるんだからね。覚えときなさい」


 ジロリとにらむと、コンラッドがたじろいだ。そうそう。やましいところ、自信がないところがあるとそうやって簡単に迷いが生じるんだよ。

 んで、こういう輩が次にすることは決まってる。


「もういい! 誰かコイツを牢屋にぶち込んでおけっ!!」






 ――とまあそういうわけで私は地下牢にぶち込まれたのである。

 おかしいな。普通にギルドの仕事してただけなのに、こんな場所にいなきゃいけないなんて。

 逮捕する!って言われたときは一瞬「あのクソ皇子の、殴られた腹いせか!?」とか思ったんだけど、そうじゃなかったのは幸い。お忍びとはいえ、皇子をボコボコにしたことに変わりはないからね。とはいえ、まったく身に覚えのないことでこんなさむーい地下牢行きなんて、まったく、理不尽さに涙がちょちょぎれそうだよ。


「ま、入っちゃったもんはしょうがない」


 問題なのはこっからどうするかってこと。このまんまだと、この清廉潔白な下女の鏡たる私が、欲にまみれて国の財宝や税金に手を出した極悪人として語り継がれてしまう。いくら下女で身分が低いからって、やってもないのに汚名着せられて死ぬのは心底お断りだ。

 なら、どうするか。一応牢屋をぶち壊して、追いかけてきた騎士たちも全員ぶちのめして国外に逃亡、なんてこともできはするけど、それは結局私にさらなる汚名が加わって根本解決にはなってないので避けたいところ。

 う~ん、とお尻から伝わる床の冷たさを感じながら考えてみるけど妙案は出てこない。

 狭い牢屋内をウロウロしても変わらず、頭の中をひっくり返せば何か出てこないかな、と鉄格子に足を引っ掛けて上下逆さまになってみるけど、やっぱりダメだね。こういう時は誰かに相談するとひらめいたりするもんだけど、下女仲間が犯罪者の地下牢なんて近寄れるはずないし、ホント、どうしよっかね。

 オーバーヒートして一人頭から煙が出してると、入口の方から門番さんがひどく恐縮した声が聞こえてきた。その感じからして誰かやってきたらしい。

 偉い身分の人っぽいけど誰だろーなー、と若干ワクワクして待ってたんだけど、意外や意外、やってきたのはリズベット様だった。


「あら~、リナルタさん、ご機嫌よう……って何をなさってるの?」

「おっと、失礼」


 そういえば今の私は逆さまでパンツ丸出しだった。失敬失敬。


「え~っと、こほん……おーほっほっほ! あら~、リナルタさん、ご機嫌よう。ずいぶんと貴女にお似合いの場所で生活するようになったのね」


 あ、やり直した。

 でも無理矢理にでもいつもと変わらない嫌味な感じを作り出そうとするリズベット様のそういうところ、嫌いじゃないよ。非日常な地下牢暮らしの私からすれば逆にホッとしちゃう。


「聞きましたわよ? 国の宝石やお金に手を出したんですって? そんなことしなくっても私に相談してくれれば幾らでも恵んであげたのに。私と貴女の仲じゃない、ねぇ?」

「いえ、別にお金に困ってませんのでお気持ちだけで大丈夫です。あ、でも本当にお金に困ったら相談させてください」


 そう言ったらリズベット様はとても戸惑った顔をした。あれ? 私に貸しを作って気持ちよくなりたいのかと思ったけど、違ったのかな? ま、いいや。


「ところで、リズベット様はお一人でこんな殺風景な場所に? 今日はフリーダとハンナは一緒ではないのですか?」

「ええ、私一人よ。二人とも今は騎士たちの聴取をもう一回受けているわ。だ・れ・かさんが取り調べで反抗的な態度を取ったから、騎士たちも躍起になってるの」

「それはご迷惑をお掛け致しました。しかし何故二人が?」

「だって盗品を見つけたのがあの二人だもの。貴女の罪を確定させるために、きっと見つけた時の状況をもう一度詳細に聞いてるんだと思うわ」


 へぇ、なるほどなるほど。それは良いことを聞いた。取っ掛かりができたなら、ここから出る算段はある。


「ありがとうございます、リズベット様。おかげでここから出られそうです」

「へ? そ、そう! なら良かったわ! ……もし、本当に貴女が犯人じゃないのなら、早く出てきなさいな」

「え?」

「か、勘違いしないでよ! あ、貴女がいてくれないと馬鹿にできる相手が減って物足りないだけなんだから!」


 リズベット様は顔を真赤にしてそうまくしたてると、逃げるように戻っていってしまった。ひょっとして……私を心配してここまで来てくれたのかな? だとしたら可愛いところあるじゃない。そういえば下女として入ってきたばっかりの時からあんな感じで素直じゃなかったっけ。懐かしいなぁ。

 それはそれとして、今のうちにできることを進めときますか。

 誰にも見られないように地下牢の入口に背を向け、手を合わせて祈るような仕草で詠唱を開始する。


「我思う、我願う――」


 小声ながら丹念に願い、言葉を紡いでいくと仄かな光が手の中からあふれ出す。やがて手を広げれば、琥珀色に輝く宝石に似た魔導具が私の手に乗っていた。


「さぁてさて。私をはめてくれたクソッタレの顔を早速拝ませてもらおうじゃない」


 私に罪をなすり付けようとしてくれた代償は払ってもらうよ。そうつぶやいて私は舌なめずりしたのだった。





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