4-4 あら、ごめんあそばせ




「待て、リナルタっ!!」


 下女服のスカートをはためかせて魔獣に向かって走る。一瞬で速度をマックスに上げて距離を詰める。背後からアルフが制止する声が聞こえるけど気にしない気にしない。

 急速に接近する私を見て魔獣も咆哮を上げ、足元からたくさんの蔦が次々に突き出してくるけど、そいつらが絡みつくより早くさらに前へ。

 魔獣の足元まで接近。頭上から魔獣が大口を開けて私に喰らいついてくる。だけどそんなの喰らうわけもない。体を少し屈めて避けると、私の背後で地面が大きく砕ける音がした。

 大っきな体の下に潜り込み、黒い体を見上げる。すると日陰になった足元から数え切れないくらいの影が実体化して迫ってきた。


「おっとと」


 縦横無尽に不規則な動きで影が迫ってくる。おまけに蔦は蔦で私を絡みとろうとしてくるし、数が多いのはちょっと厄介だね。

 蔦と影の無数の攻撃をかわし、魔獣の下から抜け出ると影は追ってこなくなったものの、今度は尻尾が迫ってくる。ジャンプして一回転しながらそいつを避けたけど、その時にちょこっと尻尾に手をついたら結構ピリリとした感覚があった。手のひらを見たら表面の薄皮がボロボロになってた。

 コイツに触れると、たぶん魔獣が歩いた場所みたいに魔力を吸い取られるんだろうね。ま、その程度じゃ死にはしないけど、影が邪魔だし受けるダメージを無視して強引にぶっ倒すのも芸がないってもの。


「さて、どうやって倒そうかな」


 魔獣からの攻撃を避けながらふと見上げると、日光がまばゆいくらいに照らしてる。そういえばさっき、影自体は日陰の外まで追ってこなかったよね。

 ならば。私は一度は離れた魔獣に向かって、もう一度駆け出した。


「リナルタ、後ろだ!」

「分かってるって!」


 さっきより少し速度を落として、後ろから迫る蔦を左右に避けながら大回りで魔獣に近づいていく。すると蔦は私を追いかけてどこまでも伸びてきた。よし、狙い通りだね。

 そのままもう一度魔獣の足元に潜り込み、影の攻撃をかわしながら四本脚の隙間を何度も縫っていく。そして魔獣の下を出て上空へ高く跳躍した。

 その結果。


「■■■■っ……!?」


 蔦が私に向かって伸びたせいで魔獣の足に絡みついて、大きなその体が横倒しになった。魔獣は戸惑ったような声を上げるけど、やっぱそこら辺は本能で動く魔獣ってことだね。

 魔獣は腹をお空に向けてジタバタもがいてて、こうなると単なるでっかいワンコロでしかない。上空からワンコロめがけて落下し、私は拳を思い切り振り抜いた。

 「パンッ」と軽く弾ける音。直後に衝撃で暴風が吹き荒ぶ。

 私のピンクの髪やスカートがはためいて、砂埃が舞った。それが収まれば、もう魔獣の姿はどこにも無い。

 パンチ一発で魔獣は消滅。案外、さくっと終わったね。拳が地面に突き刺さったせいで大っきなクレーターができて草っぱらがハゲ山になっちゃった。けど、ま、誰も住んでない場所だし別に構わないよね?


「大丈夫、アルフ?」


 アルフは剣を構えたまま呆然と私を見てた。口をポカンと開けたその顔がちょっと間抜けでつい笑いがこみ上げてくる。うん、皇子様っぽい爽やかな顔よりそっちの方がよっぽど親しみが持てるね。

 なんて思ってたら、今度は一気にシリアスな顔になって私に向かって剣を構えて走り出した。「あら、今度は私の方が危険人物扱いされちゃったかなー?」とか考えてると、アルフは私を通り過ぎ、そして私の背後に迫ってきていた小型の魔獣を両断した。その他にもどんどん現れてきた小型魔獣を次々にアルフが倒していく。

 おっと、そういえばこんな上級魔獣の近くには、濃い魔素に引き寄せられた小型の魔獣もいるんだった。上級魔獣がいなくなって我が世の春が来たと勘違いしちゃったのかな?


「それにしても、とても皇子様とは思えない腕前なこと」


 さすがにさっきの上級魔獣とタイマンで戦うには厳しいけど、アルフの魔術剣の威力も魔術行使までの時間も上々。この程度の小型魔獣なら全然相手にならない。B級というランクは伊達じゃ無さそうだね。


「だけど――詰めは甘いね」


 小型魔獣を一通り倒して剣を収めたアルフが「やり遂げたよ!」みたいな爽やかな笑みで振り向いたけど、そんな彼めがけて私は地面を蹴った。

 彼の表情が驚きに変わる。でもそんなの知ったこっちゃなくって、私は右拳を振り抜いた――彼の顔の横めがけて。


「……」

「あら、ごめんあそばせ」


 右拳に小型魔獣をぶち抜いた感触を確認しながら、思わずクスッと笑ってしまう。だってしょうがないじゃない。言葉どおり目と鼻の先でアルフが金魚みたいに口をパクパクさせてるんだし。


「油断大敵ってね。小型魔獣は気配を消すのが上手だし、実力はB級でも実戦経験を積まないと今みたいに危ない目に遭うよ?」

「……うん、勉強になったよ」


 アルフはまだ心ここにあらずって感じだけど、まいっか。

 注意して周辺の魔素の動きを探ってみると、いくつか小型魔獣がまだ身を潜めてるみたいだし、幸いにも早々にターゲットの魔獣を倒せたから時間はある。


「ささ、早いとこ全部ぶっ倒しちゃお?」




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