4-3 僕が引き付ける。その間に逃げるんだ
「どうしたんだい?」
急にピタッと立ち止まった私を、追い抜いたアルフが振り向き首を傾げた。
ここからはおふざけは無し。私が無言で前方の木立を指差すと、アルフも仕事モードに切り替わったのが分かった。
「これは……もしかして噂になってる魔獣の痕跡なのか?」
「たぶんね」
私が示した場所。そこは明らかになぎ倒されたであろう木々が転がっていた。その肌は焼け焦げたみたいに黒く変色してて、出来上がった道のサイズからも魔獣の巨大さが分かろうというものだ。
草木の状態も魔獣が通った後によくある特徴を表していて、足跡の部分だけが黒くなってるものの、触ってみると燃えたんじゃなくて枯れ果てたみたいにパラパラと崩れ落ちていった。推測するに、魔術的に生気を吸い取られたって感じかな?
「行くよ」
魔獣が作っただろう道を追いかけてく。ここまでの道中だと森の中らしい植物の香りが薫ってたけど、今はまったくの無臭で、あらゆる生命が死滅してるって印象。ここまで生気を吸い取ってるとなると……これは放置しとくと結構ヤバそうな魔獣だね。
「止まって」
十分くらい進んでいくと、急にポッカリと開けた場所にたどり着いた。ここらへんになると、尋常じゃなく魔素が濃い。きっと、近くの鉱山に埋まってる魔力石の魔素が地面から染み出してる+魔獣が魔素を引き寄せた結果かな。
やがて遠くからいかにも重そうな足音が聞こえてきた。アルフと一緒に茂みに身を隠して様子をうかがってると、森の奥の方から黒い影の塊みたいなのがゆっくりと近づいてきた。
それは分かる。だけど、影だけでその姿かたちがまったく見えてこない。
と思ってたら、日光が当たる場所に影の塊が届いた瞬間に足先から黒い影が実体化し始めた。段々と実体化した部分が増えてきて、程なく全体が顕わになる。
「……っ」
隣でアルフが息を呑んだ。うん、気持ちは分かる。
現れたのは巨大な黒い狼だった。全高はどうだろう、三メートルくらいはあるかな。形としては狼だけど、その全身に蔦みたいなものを絡ませてその表面は陽炎みたいにゆらゆらと揺れている異形の生物だ。低く唸り声を上げてて、今はのっそりとした動きだけど、たぶん狼を象ってることを考慮すれば相当にすばしっこいんじゃないかと思う。
「奇妙な魔獣だな……」
「きっとこの辺りの土地に古くから伝承されてる神さまの形なんだろうね」
魔獣は高濃度の魔素から生まれる、いわば自然災害的な存在だけどその姿かたちや強さってのはその近隣に住む人たちのイメージに左右されることが多い。だからコイツもその伝承を元に形作られたんだと思う。威圧感はすごくて、さすがに神話級まではいかないっぽいけど、上級の魔獣なのは間違いない。少なくとも倒すにはB級以上の傭兵を何人も集めなきゃいけないんじゃないかな。
「運がいいね。まさか初日で出会えるとは思ってなかったよ。コイツが討伐されたら、相当に上質な魔力石がドロップするんじゃない?」
「そんなこと言ってる場合か!」
声を潜めながら怒鳴る、なんて器用な真似をアルフがしてきた。まあそう慌てなさんなって。
「……僕らの手には余る相手だ。依頼は情報収集だけだし、ここらで撤退しよう」
「無駄だよ」
「なに?」
「だって――もう気づかれてるもん」
そう言った瞬間、私とアルフは地面を蹴った。跳躍しながら足元を見れば、不自然に伸びた蔦が私たちを絡みとろうと伸びてきていた。
「ハァッ!!」
アルフが空中で剣を一閃した。何本もの蔦があっさり両断されてボタボタと落ちていく。たぶん蔦には魔力的なコーティングがされてて結構頑丈だと思うんだけど、それを簡単に斬るなんて、アルフやるじゃん。
「■■■……」
「はは、まんまと正面に引きずり出されてしまったか」
着地し、唸り声を低くあげる魔獣と正面から対峙すると改めてその巨大さってのがよく分かる。アルフも剣を構えてるけどその足が震えてるし、首筋には冷や汗らしきものがにじんでる。
さっきの一撃からしても分かるようにアルフの実力はかなり高いはずなんだけど、さすがに敵の格が違う。
だっていうのにアルフは一歩、私をかばうように前に出た。
「僕がヤツを引き付ける。その間に逃げるんだ」
「ヤバさはアルフだって感じてるでしょ? 一人で戦える相手じゃないし、アルフは皇子様。逃げるのはそっちだよ」
「分かってる。僕一人じゃコイツに敵わないっていうのはね。だけど……力は弱き者を守るためにあるんだ。たとえ敵の方が強くたって、君を逃がすくらいの時間は稼いでみせる。だから早く逃げるんだ!」
アルフの剣が魔術の光を帯びていく。さらに周囲にも魔法陣が浮かんで、いつでも攻撃できる状態になる。魔獣の方も敵対の意思を感じ取ったようで、いっそう威圧感を強めてきた。
反射的にアルフが一歩下がる。けど、すぐにまた前に踏み出して退かないって意思を明確に示した。
(いいじゃない、いいじゃない!)
本当の意味で見直したよ。遊び呆けて国を傾けてる現陛下やバカ皇子よりもよっぽど皇族の意味を理解してる。力に対する考え方も、レオンハルトとよく似てる。アルフの寵愛を受けるのはゴメンだけど、少なくとも心構えはすっごく私好みだ。
でもね。
今度は私がアルフよりも前に出た。
「リナルタ!?」
「力は弱き者を守るためにある。いい言葉だと思うよ。その気持ちには心から共感するけど、アルフ、君は一つ勘違いしてるね」
「何を――」
「私はね――君よりすっごく強いんだ」
そう言い残して私は魔獣へ向かって飛び出した。
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