4-2 一目で僕は君に恋をした。それだけさ




 その日はエルヴィラから期限と報酬を聞いてお終いになった。

 調査期限は一ヶ月。持ち帰った情報次第で報酬は変わるけれど、私の頬がついつい緩んじゃうくらいの報酬額だった。情報だけでも結構貰えるんだね。

 ちなみに討伐してもオッケーとのこと。もちろんその分は上乗せ。ま、本職の傭兵さんのお仕事を奪っちゃうのも悪いし、そこはあくまで緊急事態の時だけってことにしとこっかな。


「……なんで?」


 ――なんて呑気に考えてたのが数日前。

 そして今、ギルドに呼び出された私の眼の前で、ニコニコと笑顔で立っているのはどういうわけか、魔導具で顔を変えたアルフレッド殿下だったりする。


「テメェらは会うの初めてだったよな? 紹介する、リナルタ。コイツはフレッド。ソロで活動してて今回の依頼にちょうど良かったから組んでもらうことにした。まだ傭兵登録されて二年ちょっとだが、ランクはB級に上がったところだ」

「今日からしばらくよろしくお願いします、リナルタさん」


 素知らぬ顔で殿下が手を差し出してきた。

 いやいやいやいや! おかしいと思ったよ! この間お休みもらったばかりなのに急に休みを半ば強制的に三日も与えられたし、狙ったようにその直後にギルドから連絡は来るし。


「どうかしましたか、リナルタさん?」

「よ、よろしくぅ……」


 この野郎、いけしゃあしゃあと……ここまで来るとストーカーでしょ。

 全部暴露してやろうか、なんて考えも頭を過ったけど、さすがにそうすると色々と面倒になることが目に見えてる。

 ならばもう取りうる行動はただ一つ。さっさと仕事を終わらせてコンビ解消してやる。

 てなわけで、挨拶もそこそこにギルドを飛び出すと、ディスカルドまでのポータルに飛び込んだ。タバコをくわえたエルヴィラが変な目で見てたけど知るもんか。


「もう行くのかい? 少しくらいそこらで食事でもしながら自己紹介でも――」

「いーえ、魔獣被害に困っているだろうし、一刻も早く魔獣を見つけちゃった方がいいって」

「はは、リナルタさんは仕事熱心だね」


 アンタから少しでも離れたいだけだよ!というツッコミを我慢して足早にディスカルドの町を出ていく。

 町を出ると今度は走り出す。あわよくば「ごめーん、遅かったから置いてっちゃった(テヘペロ)」なんて考えが過っての行動だったんだけど、振り返れば殿下は難なく私についてきていた。


(へぇ~、意外とやるじゃん)


 エルヴィラはB級ランクだって言ってたけど、金や権力で買ったわけじゃなさそうだね。少し見直した。だからって一緒に仕事したいわけじゃないけど!

 その後も急に加速したり、突然木の上を移動したりとしてはみたものの、殿下は変わらずついてくる。そうこうしてるうちに結局殿下を撒くことはできないまま、目的地近くの山中に到着してしまった。


「はぁ、はぁ……すごいね、リナルタさんは」


 速度を緩めて歩きだすと、殿下は肩で息をしながらも笑顔を絶やさず声を掛けてきた。う~ん、もうここまで来たら諦めるしかないか。


「ポーターっていうのは、みんなこんなに体力があるのかい?」

「私が特別体力に自信があるだけです。むしろ殿下の方こそ私についてこれるとは思ってませんでした」

「……気づいてたのか」


 私が正体を看破すると、殿下は魔導具の仮面を外して素顔を顕わにした。


「私は魔術関係に耐性がありますので。急に私の仕事が休みになったのも殿下の差し金ですよね?」

「それもバレてたか。都合が悪かったかな?」

「いえ、どちらかというとありがたかったです」


 まとまった休みが取れた方がギルドの仕事はしやすいしね。どうせ下心満載だろうけど、その点で助かったのは間違いない。


「そんなことより、宜しいのですか? 仮にも皇子殿下がこんな危険な真似をして」

「僕は所詮第三皇子だからね。兄上にも疎まれてるし、陛下もお酒とお気に入りの女性との逢瀬が忙しくて僕にそこまで関心はないさ。だからこそ普段からこんな傭兵稼業をできるんだけど」

「少なくとも、そこらの傭兵さんより優秀であることは伝わりました」

「君こそ、とてもただの下女ではなさそうだけど」

「単なる副業です。下女の仕事が休みの時だけでも稼ぎはいいですし」

「はは、詮索はなしか。オーケー、僕もこれ以上詮索はしないし、君も『フレッド』が僕であることは黙っててほしい。

 あと、今は二人きりだし、同じ依頼を受けたギルドの人間なんだ。対等な立場で行こう。僕のこともアルフって気軽に呼んでくれ」


 うん、まあそれは構わないけどね。殿下が何しようが私には関係ないし。

 対等な立場ってことは、要はフランクに行こうってことだよね? 鵜呑みにしていいか気になるとこだけど、気を遣わないでいいなら私も別に拒絶する理由はない。私との距離を縮める口実だろうけどさ、私も言いたいように言えるし。


「ところで……僕と分かってたうえでこうして仕事を一緒にしてくれてるってことは、僕の愛を受け入れてくれたってことでいいよね?」

「ないない。私には荷が重すぎるからさ、そのまま持って帰ってちょーだい」

「はは、照れなくてもいいのに」

「ミリアン殿下と同じで脳みそお花畑かな?」

「お? その口調が君の本性かい?」

「不敬罪で牢屋にぶち込んじゃう?」

「君にいつでも愛をささやけるようになるのなら、それも悪くないかもね」

「その時は無理やり鉄格子をひん曲げて、この国から脱出してやるから」

「それは困るな。なら強硬手段はやめておこう」

「んで? 私に近づいた本当の狙いは何?」


 そんなに殿下……アルフのことを知ってるわけじゃないけど、傭兵に混じってもやっていける性格もそうだし、この間のミリアン殿下とのやり取りを見てると、ぽやぽや~とした皇族のお坊ちゃんという感じじゃない。政治的な打算が多分に含まれてるご貴族令嬢との縁談を断り続けてるって噂も、何か意図があるんじゃないかって思う。

 だから私に突然告白してきたのも、たぶん本当の目的は別のところにあるんだろうな。


「別に。一目で僕は君に恋をした。それだけさ」

「ふ~ん、あっそ」


 ま、そんなあっさりとは口を割らないよね。今のところストーカー被害以外に害はないし、そういうことにしておこう。あ、でも、噂話とかご貴族様からお小言言われるのはめんどくさいな。


「これ以上皇城で所構わず告白してくるのをやめるなら、信じてあげる」

「もし破ったら?」

「その整った顔が抽象画になってもいいのなら好きにすれば?」


 そう言ってやるとアルフ殿下は肩をすくめながら笑った。こんなところで矛を収めといてあげようかな。どうせどう条件つけたってこの手の輩は抜け道を突いてくるだろうし。

 それに――もうそろそろこんな話をしてる場合じゃ無さそうだしね。




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