4-1 しこたまクソ皇子をぶん殴りたい




「はぁ、誰かどうにかは……してくんないよねぇ」


 下女のお仕事がお休みの日、ギルドに行く道すがら私はここしばらくのうんざりするような毎日を思い出してついため息をもらした。

 なんせあの第三皇子、遭遇する度に告白してくるんだもん。毎日毎日皇城内を歩いてればどこからともなく現れて、ひざまずいて手にキスをしてくる。それも他の下女たちがいようとお構いなしだ。


「ね、ね? アルフレッド殿下から告白されたって本当?」

「いつから? いつからお付き合いされてるの?」


 おかげで使用人たちの間ではその噂でもちきり。暇さえあれば噂の真偽を問い詰めてくるうえに、皇城を訪れた各種ご令嬢様からは漏れなく嫉妬と殺意の入り混じった視線を向けられるからたまったもんじゃないっての。

 まぁ私たち使用人は毎日皇城から出ることはほとんどないからね。娯楽に飢えてるってのは分かる。

 さらに、私は知らなかったんだけどアルフレッド殿下はあんな美形なのにこれまで浮いた話はなくって、貴族令嬢たちからのアプローチもことごとく断ってたみたい。だから殿下にも「ついにその時がきた!」ってな感じで興味津々らしい。

 おまけに。


「貴女ですか、殿下がご興味を示されているという下女は」


 皇城の至る所で噂されてるから当然ご貴族様たちの耳にも入る。この間もリヒター子爵様から何故か私が苦言を呈されたし。


「立場をわきまえなさい」

「もちろんでございます。私なんかには恐れ多いことです。子爵様からもぜひ殿下につきまといをやめるようお伝え下さい」

「貴女自身にはその気はないと?」

「当然。むしろ迷惑しております」

「よろしい。しかし……はぁ、ミリアン殿下といい、どうしてこうも皇子殿下たちは下女にばかりご興味を示されるのか……」


 知らないよ、そんなの。

 ついついそんなセリフが口に出そうになったのをこらえて、ご苦労が見えるリヒター様の背中を見送ったのが数日前。リヒター様がちゃんと釘を指してくれたのか次の日は私の前に殿下が現れることはなかったけど、昨日はまた変わらぬアプローチを繰り返してきたのでどうやら懲りてはないらしい。いい加減ぶっ飛ばしてやろうかな。


「いやいや、さすがに公衆の前でぶっ飛ばしたら不敬罪の言い逃れできないし……ああ、もう! めんどくさいなぁ……そうだ! いっそのこと見えないところでしこたまクソ皇子をぶん殴れば――」

「おう、嬢ちゃんじゃねぇか。不景気な面してブツブツと。何かあったのかい?」


 思考が物騒な方向に飛んでいきそうになったところで声を掛けられた。この間もあった行商のおじさんだ。


「いや、別に何も。ただちょっとめんどくさいのに絡まれてるだけだよ。それよりおじさんは大丈夫? また魔獣に襲われてたりしない?」

「おう、問題ないぜ。こないだから何度か皇都と他の町を行き来したけどよ、道中至って平和なもんさ。護衛を雇うのやめようかと思ったくらいだぜ。まぁ、また税金が上がったのは痛いけどよ」


 この間の儀式の効果が出てるみたいだね。良かった良かった。魔獣に関しては私も何とかできるけど、税金の方はどうしようもないし諦めてもらうしかないけどね。

 お客さんが来たからそこで世間話を打ち切っておじさんとは別れ、ギルドに到着。中に入ると、まだ朝だってのに依頼を探す傭兵たちで賑わっていた。さて、今日はエルヴィラはいるかな、と見渡すとちょうど掲示板に依頼の紙を貼り付けてた彼女と目が合った。


「やっほー、エルヴィラ。おひさー」

「おう、リナルタじゃねぇか。久々だな」


 エルヴィラは女性だけど私より頭ひとつ以上大きくて、上から見下ろしながら鋭い目をニッと細めた。

 あいかわらずのタバコジャンキーで、今もタバコをくわえたまま仕事をしてて、格好も半袖シャツにハーフパンツという到底仕事着からは程遠い格好だけど、これでも受付嬢で、かつ受付嬢たちの統括的立場の人間である。


「紙貼るのにタバコ邪魔じゃない?」

「ンなだりー仕事、タバコ無しにできっかよ」

「二十四時間タバコくわえっぱなしじゃん」

「それよりちょうど良かった。テメェに頼みたい仕事があんだ」


 おっと、それはちょうどいいや。あれこれ掲示板を探す手間が省けたし。

 手招きされるがままに赤髪のポニーテールを揺らす彼女と一緒にカウンターにたどり着くと、一枚の依頼書が差し出された。


「大型魔獣の存在調査……?」

「ああ、そうだ」


 私が依頼書を読んでるうちに新しいタバコに火を点け、引き出しから地図を取り出してとある場所を指さした。


「場所はここ。皇都から百キロくらい西にある町・ディスカルド郊外の山ん中だ。最近ここで魔力石が大量に埋蔵されてるのが発見されてな。近々大規模な開発が計画されてンだ」

「へぇ~、そんな計画があるんだぁ。うまく行けば魔力石のレートも落ち着きそうだね。ギルドもそこに一枚噛んでるの?」

「換金レートが高いのは、ギルドの経営としちゃ儲かってありがてぇんだが、ウチは利益団体じゃねぇからな。街の人たち、ひいては傭兵たちの生活に支障が出かねねぇ今のトレンドは歓迎できねぇってワケさ。だからウチとしても全面的に協力してるとこだが、前々からこの辺りは大型魔獣の存在が噂されててよ。実際に度々目撃もされてて、開発を計画してる商会の調査員が襲われかけたって報告も受けてる」

「じゃ、私じゃなくてさっさと討伐依頼を出しちゃえばいいじゃん?」


 確かに私は城でもギルドでも何でも屋的なところはあるけどさ? あくまで私はポーターであって、戦闘は専門外だよ?


「クソふざけたたわ言が聞こえた気がするが……まあ良い。ウチとしてもさっさと依頼を出して正規の傭兵どもに『行って来な!』ってケツを叩いてしまいてぇとこさ。けどまだ情報が足りねぇ」

「そっか、魔獣のランクが分かんないんだもんね」

「ランクどころか、どんな形態でどんな攻撃をするのか、タイプはパワータイプかすばしっこいタイプか、サイズはどのくらいか……噂と素人の目撃情報だけでまともな情報が何一つねぇ状態さ。そもそも、本当にそんな大型魔獣がいるのか、そこさえ曖昧だからな」


 その状態なら確かにギルドとしても依頼は出せないよねぇ。なるほど、それで私に調査してこいってわけかぁ。


「本来ならギルドから専門の職員を派遣するとこだが、テメェならまったく心配要らねぇからな」

「これでもか弱い下女なんだよ?」

「テメェがか弱いなら、この世の全人類がゴミクズみてぇなもんだ。寝言は寝て言え。

 しかし、とはいえ万が一ってこともあるからな。一人だと何かあった時に情報が森の中に沈むのも困った話だ。だからリナルタ、テメェにはコンビを組んで調査に行ってもらう」


 コンビかぁ。できれば顔見知りの、気の良い傭兵さんだと良いんだけど。

 そう漏らすとエルヴィラは、また新しいタバコに火を点けながら「考えといてやる」とだけ答えてくれた。ま、そこはお互いの都合もあるし、あんまり期待するなってことだね。

 ――だけどそんな私の希望は、半分叶って、半分は最悪の形で実現したのだった。




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