3-3 どうか、僕の恋人になってもらえないだろうか
うんざりしながら振り向けば――窓からの光でキラキラ輝く美男子がいた。第三皇子のアルフレッド殿下だったっけ? あんまり目撃したことないから自信ないけど。
金色の髪はサラサラしてて細身ながらもしっかりと体は鍛えられてそう。若干ぽっちゃりとしたミリアン殿下と比べれば、うん、こっちの方がよっぽど皇子様だね。
「どうも、お二人とも。ご機嫌麗しゅう」
「何の用だ、アルフレッド」
「いえ、リズベット嬢が少々誤解をされてるようなので」
「誤解だと?」
「はい。一部始終を見ていましたが、そこの下女は特に何もしておりませんでしたよ」
おお。まさかこんな救いの手が出てくるなんて。ありがたやありがたや。
「アルフレッド! お前は彼女が嘘をついているというのかっ!?」
「そうです! 私は確かに――」
リズベット様が反論しようとしたけれど、アルフレッド殿下がニコリと笑った瞬間に言葉に詰まった。あ、これ実は結構怒ってるやつだ。殿下の目の奥が笑ってないし。
「ここで水掛け論をする気はありませんよ。それより良いんですか?」
「なにがだ?」
「ソフィーリアお姉様がお二人を探してましたよ?」
その途端、ミリアン殿下とリズベット様の顔がそろって青くなった。
ソフィーリア殿下とは第一皇女様のことだ。皇帝陛下とミリアン殿下が続ける散財のせいで財政破綻一直線な帝国をかろうじて食い止めている功労者だともっぱら噂だけど、表には出てこなくて、私もお目にかかったことはない。一度は会ってみたいんだよね。なんとなく気が合いそうな気がする。
「急いだ方が良いですよ? 書類を見てかなり怒り狂われてましたので」
「そ、そうだな!」
ミリアン殿下も彼女には頭が上がらないようで、リズベット様の手を引いて慌ててソフィーリア殿下の部屋へ向かっていく。
と、その去り際にアルフレッド殿下が彼女に何かをささやいた。その瞬間にリズベット様の顔が今にも倒れそうなくらいに真っ青になってったんだけど、はてさて、殿下は何を言ったんだろうね?
ま、ともあれこれで嵐は去ったということで。これもアルフレッド殿下のおかげだね。
お礼を言おうと改めて殿下の顔をマジマジと見てみる。
そこで私は気づいた。
(もしかしてこの間の――)
傭兵ギルドで転んじゃいそうになった私を支えてくれた男の人。魔導具で顔を変えてたものの、うっすらと透けていた本当の顔と今目の前にいる殿下の顔が、私の頭の中で完全に一致して絶句した。
いやいやいや、なんで皇子殿下が傭兵のマネごとなんてやってんのさ。
驚いてついツッコミを入れそうになったけど、それを我慢して下した選択はスルー。どうせ何か事情があるんだろうけど、そう、私は何も気づいてない。下女はクールにこの場を去るのみよ。
「ありがとうございました、アルフレッド殿下! では私はこれで――」
「ちょっと待ってくれないか?」
だっていうのに何故か呼び止められた。振り向くと――これまた何故か殿下がひざまずいていた。それから百人の女性がいれば九十九人は見惚れて腰砕けになるような甘い笑顔を私に向け、優しく私の手を取るとそっと手にキスをした。え、ちょっと待って? これって――
「実は……ずっと一生懸命に働く君のことが気になっていたんだ。お願いだ、どうか――僕の恋人になってもらえないだろうか?」
皇子様は私なんぞに愛を告げた。
あ、アカン、これはやばい。こんなことされたら胸が高鳴りで破裂してぶっ倒れちゃうに決まってる。普通ならもう二つ返事でこっちも頬を赤らめて「はい! よろこんで!」なんて口走っちゃうに間違いない。
殿下を見つめ、私がニッコリと満面の笑みを浮かべると殿下もまた顔をほころばせた。
そして――
「やだ」
ハッキリとそう口にした。うん、残念ながら、私は普通じゃないんだよね。
(可能性としては考えていたけど……まさか本当に断られるとは、ね)
自室へ戻りながら、アルフレッド・ヴァレアンは未だ多少の驚きを噛み締めていた。
彼自身自らの容姿が優れていることは理解している。これまで多くの貴族子女から憧れと打算の混じった猫撫で声を掛けられ、その度に彼はそのすべてを断っていたが、なるほど、交際を断られるとこういう感情になるのか、とどこか他人事のように分析していた。同時に、よりいっそう彼女を手元に置いておきたいという感情が強くなったことも感じる。
(だからこそ、彼女は信用できる)
見た目や肩書だけで流されない、ということは思慮深く警戒心も強いということだ。仲間に取り込めれば安易に裏切られる可能性は低い。
さて、次はどうやってアプローチをしようか、と思案しながら自室へと入ると、中で仕事をしていた彼の侍従であるジェフリー・ローダムが顔を上げて驚きの声を上げた。
「おかえりなさいませ。一人ということは……もしかしてフラれちゃったんですか?」
「ああ、断られたよ。それもあっさりとね」
改めて自分で言葉にしてみると、笑いがこみあげてきてそれを堪えきれない。思わずクツクツと喉を鳴らして笑う主人に対し、ジェフリーは隠すことなくため息を漏らした。
「現実が受け入れられなくて、とうとう頭がおかしくなってしまいましたか」
「ひどいな。侍従として慰めの言葉の一つくらい掛けてくれてもいいじゃないか」
「もらった恋文に、これまで散々断りの手紙を代筆させられた私からしたら『ざまあみろ』としか思えませんね」
面倒くさいことはすぐに丸投げしてくる主人にジェフリーはここぞとばかりに恨み節をぶつける。が、アルフレッドは涼しい顔で椅子に腰を下ろした。
「それで、どうなさるつもりです?」
「何も変わりないさ。引き続き彼女を口説くよ」
「どうしても彼女を巻き込むおつもりなんですね」
「今の僕には、どうしても皇城内で動ける手足も耳も足りないからね。頼りになる手駒はできる限り増やしておきたい」
「彼女にそれが務まるとお思いで? 何度か下女同士で話をしてる彼女を見たことがありますが、軽そうな態度は殿下の信頼に値するとは思えませんし、一介の下女には荷が重すぎるかと思いますよ」
ジェフリーが目撃したリナルタは何処にでもいそうな町娘でしかなく、口は軽そうで利益をちらつかせればすぐ誰にでも媚を売りそうな印象しかなかった。
だが難色を示すジェフリーに、アルフレッドは不敵に笑った。
「君は彼女をしっかり見たことがないからそう思うのさ。しばらく観察してたけど、見た目の印象と違って口は軽くないし、ギルドの支部長からも信頼されてる。能力も下女にはもったいないくらいだし、それに彼女は下女として長く皇城で働いてて同僚からの信頼も厚いから、貴族連中に疑われる可能性も低い。何より、彼女といると退屈しなさそうだからね」
「……彼女がかわいそうになってきました」
アルフレッドは、昔から気に入ったおもちゃがあるとそれに執着する癖があった。壊れたりしても決して手放そうとせず、使えなくてもできるだけ修理してそばに置いておこうとするのだ。
幼少期からの付き合いであるジェフリーは、今のアルフレッドの顔が、そんなおもちゃたちを前にした時と同じ顔をしているのに気づいて、思わず頭を抱えて天を仰いだ。
「私の一世一代の告白を無碍にする女性だぞ? 手放すなんてもったいないじゃないか。それに――」
嬉々として語るアルフレッドだったが、不意に口をつぐんだ。怪訝に思ったジェフリーが書類から顔を上げれば、彼の主人は思い出し笑いに口元を緩めていた。
「それに?」
「いや、なんでもない。ジェフリーは君の仕事を引き続き頼むよ」
アルフレッドは机上の書類を一枚手に取るとクルリと椅子を回転させて窓へ向き直った。柔らかな陽光を浴びながら視線を落とし、自らの右手が視界に映れば先ほど触れたリナルタの手の感触が不意に蘇ってくる。
「……下女の手はもう少し荒れていると思ったけど」
思ってた以上に柔らかかったな。そんな言葉が出かかった自分に驚き赤面すると、慌てて頭を振って自分の仕事に集中していったのだった。
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