3-2 ご無沙汰しております、リズベット様
「ご無沙汰しております、リズベット様」
その先にいたのは、赤を貴重とした華やかなドレスを身にまとったリズベット様だった。派手な扇子で口元を隠してるけど、あからさまに勝ち誇った様子は隠しきれてないし、実際隠そうともしてないんだと思う。相変わらずだね。
フリーダとハンナという、彼女が引き上げた二人の上級下女を引き連れていかにもご貴族の婦人っぽく振る舞ってるけど、リズベット様は元々は私と一緒に働く下女だった。
口癖は「お金に囲まれて幸せになる!」で、実際第一皇子であるミリアン様に見初められて、今や愛妃だ。実際、同姓でも見惚れるくらいの美人だし皇子様が骨抜きにされるのも分からないじゃない。
平民だから正式な婚姻はしていないんだけど、こうして華やかで何一つ不自由のない生活を送っていて、噂によれば彼女のために相当な散財をなされてるとか。それで税金が上がるんだから、たまったもんじゃないよね。私にゃ関係ないけど。
「ここにいるってことは、やっと上級下女になったのかしら?」
「いえ、本日は代理で清掃に参りました。ふつーの下女のままです」
「あら、そうだったの? ごめんなさいねぇ。つい勘違いしちゃった」
そう言ってフリーダたちと一緒になってクスクスと笑う。とまあ、同僚時代からこんなふうに色々と突っかかられている。別に彼女に何かした記憶もないんだけどなぁ。
「私は住む場所と食事を頂ける今のお仕事に満足してますので」
絡まれるのは面倒だけどそれだけ。私としてはそれ以上思うところもないし、恭しく頭を下げると扇子の奥から舌打ちが聞こえてきた。チラリと見れば苦々しい顔で、けれどすぐにニヤッとしたかと思うと後ろのフリーダたちに耳打ちをした。
今度は何を企んでるのやら。
「あっそ。では、ごめんあそばせ。せいぜい私の住まうこのお城をキレイにしてちょうだい」
機嫌を損ねちゃったみたいだし、いつもどおりイジワルされるかなーと思ってたけど、予想に反してリズベット様はプイッと顔を背けただけで私の前を通り過ぎていった。
あら、意外。ま、いいや。私も掃除を始めよう。
そう思って階段の方に向き直った直後だ。
「――あれ?」
背中に軽い衝撃が走って、気づけば私の体は宙を舞っていた。
グラリと体が傾いて階段が一気に近づいてくる。おっとぉ、油断してたよ。
少し驚いたけど慌てない慌てない。頭でステップ踏みそうになる前に手を伸ばして体を支えて、それからクルリと回って着地。ふぅ、危ない危ない。
たぶん後ろからリズベット様かフリーダたちのどっちかが私を突き飛ばしたんだろうけど……
「ホント、そこまで恨み買うようなことしたっけな?」
ぼやきながら振り向いて見上げる。と――なぜかリズベット様が床に尻もちをついていらして、顔を押さえてシクシクと泣いていらっしゃる。はて、どういう状況?
頭の中で疑問符が数え切れないくらいになってると、そこに彼女の恋人である第一皇子ミリアン様がたいそう慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ど、どうしたんだい、愛しいリズベット!? 大丈夫か!? ケガはしてないかい!?」
「ミリアン殿下! も、申し訳ありません! 私どもがついていながらリズベット様に……」
「言い訳はいい! 状況を説明しろ!」
「はい! その……あそこの下女が、リズベット様を押し倒したのです」
……はい?
こちらとしては全く以て意味不明なんだけど、フリーダとハンナは迫真の演技でミリアン様に向かって、私がリズベット様を押したと主張している。いや、むしろ押されたのは私じゃん。
しかしながら相手はリズベット様にベタ惚れしてるミリアン様。私が反論しようとしても――
「貴様の話など聞く価値もない!」
と話すら聞いてもらえず。しかも、リズベット様はリズベット様で――
「彼女には下女時代からいじめられていたのです。ですが……それでもかつての同僚でございます。きっと日々の仕事で疲れているのでしょう。どうか、どうか寛大なご判断を……」
よよよ、見事な泣き真似をしながら訴える始末。それを受けてミリアン様も「おお、君はなんと優しい心の持ち主なのだ」と感涙なさっている。え? なにこの茶番。
思わず脱力しちゃいそうだけど、悲しいかなどんなに潔白でも上が黒といえば黒になるのがこの世界。まして下女なんて命すら鳥の羽くらい軽い。
私の予想だと、投獄されて軽いむち打ち刑とかかな? ま、このまま黙って受け入れとけば短時間で解放されるっしょ。幸い体は頑丈だし、そのくらい問題無し。
「君の優しい心にはいつも癒やされるばかりだが、まったくの咎なしにはできん。ひとまずは牢屋に――」
「その必要はありませんよ、ミリアン殿下」
ため息を堪えつつポンコツ第一皇子のフシアナ判決を黙って受け入れようと諦めてたんだけど、そこでまた新しい声が割って入った。今度は誰だってのよ。
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