3-1 皇城の朝は戦場
使用人にとって、皇城の朝は戦場だ。
「おい、こっちのスープ上がったぞ!」
「この皿を持っていってくれ! そうだ、侯爵様はそっちの料理が苦手だから間違えるなよ!」
「このかごを洗濯場に持っていってちょうだい! いい? 一瞬で無職になりたくなかったら絶対に汚しちゃダメよ!」
まだ日が昇るか昇らないかという時間から私を含めて一斉に動き出す。
皇城には住まわれてる皇族の方々や滞在しているご貴族様とその側仕えたちがいて、彼らの朝食の準備に洗濯、広大な皇城内の掃除と、貴人様たちが目覚めて身だしなみを整え終えるまでにだいたいを終えてしまわねばならない。
普通はそれぞれ役割が決まっているのだけれど、私に関してはオールワークスだ。料理も洗濯も掃除も、人手が足りなければそこのサポートに回されるし、これでも一応はみんなに重宝されてると思ってる。
というのも――
「おーい、リナルタァ! ちょいと運ぶの手伝ってくれ!」
厨房に呼ばれていけば、運ばれてきた大量の食材が裏口に箱のまま山積みになっていた。おおう、今日は特別多いな。これは大変だね。
「荷車持ってきますからちょっと待っててください」
「ああ、大丈夫大丈夫。食料庫に持っていけばいいんだよね?」
たぶん入ったばかりなのかな? まだまだあどけなさが残る見慣れない男の人が走り出そうとしたけど、それを止めて私は箱を積み上げていった。
「何を――」
「よいしょっと」
左右に五箱ずつ積み上げたものを両肩にひょいっと抱えると、唖然としてる男の人にウインクして鼻歌まじりに歩き出す。
人並み以上の腕力。重宝されている理由はこれが大きい。皇城内の仕事って家具・調度品を動かしたりとか、人数が多いから何かと量が多くて力仕事は結構あるしね。
「あら、リナルタちゃん! いらっしゃい」
「おつかれさま~」
他の仕事含め、日がすっかり昇りきる頃までになんとか急ぎの仕事は終了。使用人の控室に戻ると、みんな皇族方に出した朝食の余り物をつまみつつ世間話に花を咲かせてた。
私もお相伴に預かり、野菜スティックなんかをポリポリとかじる。さすが皇族に出される食事だね。街で売られてるのとはレベルが違う。
そんな事をつらつらと考えてると、後ろの下女グループから私の名前が聞こえた。振り向けば、「はい」と肉が挟まったパンが差し出されたのでありがたくもらう。
「リナルタちゃんがいてくれて助かるって話をしてたの」
「ホント、いつも助かるわ~! もうお城勤めも長いんでしょ? 上級下女になってもよさそうなのに」
「私は今の仕事に満足してるからいーの」
下女とはいえ城勤めだからお給金は悪くないし、皇族の方々の居住区に比べるべくはないにしろ、皇城内に寝床もあって余り物だけど食事も満足に取れる。不満なんてあるはずがない。それに、上級下女はなにかと貴婦人の身の回りも任されるようになるけど、ああいった華やかな世界は私は御免だ。
「社交界とか? 派手なパーティに出席する婦人やご令嬢の準備を知ってるけど、私は関わりたくないなぁ。誰それと色が被らないようにとか色々と面倒くさいし、粗相すればすぐ首が飛んでくし、いくらお給金が良くったって私はお断り」
「えー? そうかなぁ? 私は華やかで憧れるけど」
ま、そこは価値観の違いだね。清貧が貴いとも思わないけど、人間は身の丈にあったそこそこの暮らしがちょうどいい。
「ごめん! 誰か手伝って!」
そんな話をしてると、突然ドアが勢いよく開けられた。私を含めて一斉にそっちを振り向くと、上級下女のローラが同じく上級下女のミラに肩を貸して支えてた。ミラの顔を見ると全体的に顔が赤くて、どうやら熱があるっぽい。
とりあえずひょいっとミラをかついでテーブルに寝かせると、彼女がうわ言のようにつぶやいた。
「私は大丈夫……それより……まだ上階の掃除が……」
熱でぶっ倒れても仕事の心配なんて、熱心なこと。ではあるけど、とうてい今の彼女には無理そうだし、見咎められて使用人全体が叱責されるのも面白くない。
「いいよ、私がやっとく」
「あなた、下級下女でしょ? やり方分かるの?」
「うん。何度か代理でやったことあるし」
いくら皇族や上級のご貴族様たちがいらっしゃる上階だからって掃除のやり方が特別変わるわけじゃないし。いや、気を遣うポイントは格段に増えるんだけどね。だからこそ上級下女に普段任されてるわけで。
とはいえポイントさえ抑えてしまえば難しくない。倉庫から掃除道具を取り出し、階段を昇っていく。途中何度か滞在されている侯爵様や伯爵様とすれ違って、その度にひざまずいて顔を伏せるなんてめんどくさいことをしながら上階にたどり着いた。じゃ、この階がご婦人方で賑やかになる前にさっさと終わらせちゃおっか。
「あら~? 誰かと思ったらリナルタじゃない?」
と思ったってのに、後ろから声をかけられた。しかも聞き覚えのある面倒な相手。はぁ、と思わずため息が漏れそうになるけど、そこをグッと堪えて、私はニコニコ笑顔で振り向いた。
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