2-2 何に首突っ込んだんだい?
「お、お姉さんッ!?」
「だいじょぶだいじょぶ」
はぁ、めんどくさいなぁ。とは言ってもこうなることは予想できてたけどね。
おじさん二人が力任せに振り回してくる剣をスッとかわす。お礼に――それぞれ一発ずつ拳をお見舞いしてあげた。
二人はそれだけで大きく吹っ飛んでいって、店の裏口ドアをぶち破って転がっていった。あ、しまった。殴る方向考えればよかった。
「お、おい、どうしたんだ!?」
「誰にやられた?」
店の中ではお仲間たちがまだ飲んでたらしく、転がったおじさん二人がそろって私を指さしちゃったもんだからそのお仲間たちも私を下手人だと認定したらしい。若干半信半疑ながらも私に敵意をぶつけてきた。うーん、もっとめんどくさくなっちゃったな。
こうなったら全員片っ端からぶちのめそうか、とも思ったけれど、意外な声がして連中の動きが止まった。
「やめな。痛い目を見るのはアンタたちだよ」
連中の隙間から中を覗くと、見知った顔が一人淡々と飲んでいるのが見えた。
「やっほー、エイダ。おひさー」
「ああ、顔を合わせるのは久々だね」
こっちから手を振ると、向こうもヒラヒラと手を振り返してくれた。
エイダは傭兵ギルドの情報部門の人間で、もうかれこれ十年近い付き合いになるかな。見た目は初等部の学生みたいだけど、もうすぐ三十路。テーブルに大量の酒瓶を並べてることからも分かるとおりうわばみで、こうして色んな店で飲み散らかしてることが多い。
ギルド員の前に出てくることはあまりないけど、それでもこの店の連中には一目置かれてるようで、私が彼女に近づいていっても襲いかかられるようなことはなかった。
「今日はギルドの仕事かい? どうだ、たまには一杯一緒に」
「んー、付き合ってあげたいけどやめとく。明日の下女の仕事に響くし」
「そうかい。んで……アタシがいるところで何に首突っ込んだんだい?」
「たいしたことないよ。ちょっと気まぐれで人助けしただけ」
呆然と店の裏口で立ち尽くしてるお坊っちゃんを指差す。エイダは酒の入ったコップ片手に近づいていくと、ピクリと震える彼をマジマジと眺めて「へぇ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「いんや、別に」
あ、これは何か気づいたな。情報屋だけあってエイダは何かと目ざといんだけど、気づいてもタダで教えてくれる人間でもない。別に坊っちゃんについて何か知りたいわけでもないから別に構わないんだけどさ。
エイダに用があるわけでもないし、さっさと帰ろうと踵を返す。
すると。
「気をつけて帰んな。しっかりと坊っちゃんを守ってやるんだよ」
なんとなく含みのあるセリフを最後にプレゼントしてくれたのだった。
また変な連中に絡まれたら、せっかく私が横槍入れた意味もなくなっちゃう。
てなわけで、エイダのありがたいご助言を守ってお坊っちゃんをお家まで送ることにした。
下女たるもの、高貴な御方より前に歩くことは許されない。皇城の外だけど、私はちゃーんと身分はわきまえて坊っちゃんの少し後ろで、酒場のない静かな道を歩いていく。
とはいえあんなことがあったわけだし、坊っちゃんもだいぶ緊張しているご様子。なので本来はご法度だけど私から話しかけることにした。
「高貴なお身分な方とお見受けしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「え、う、うん。大丈夫です」
話しかけられた瞬間、小動物並みにビクッと大きく震えたけど、坊っちゃんは被っていたフードを外して私の方に向き直った。
黒髪のおかっぱが顕わになって、おどおどした様子でクリっとした目で見上げてくる。無意識なんだろうけど、なんとも庇護欲をそそる仕草だね。将来が末恐ろしい。
「ぼくはアシルって言います。あ、あの……ここは外ですし、誰も見てないので隣を歩いてもらっていいですか? 話しにくいですし」
「坊っちゃんさえよろしければ。では失礼します」
私が横に並ぶと、ほぅとアシル様の肩からため息と一緒に力が抜けたのが分かった。
「ところで……アシル様は、どうしてこんな夜中に街へ?」
「実は、その……ちょっと眠れなくて」
「怖い夢でも?」
「夢だったらいいんですけどね」
気恥ずかしそうに笑ったアシル様の目尻を見ると、少し赤くなっていた。
「ウチは魔術師の家系なんですけど……」アシル様が逡巡してから話し始めた。「ぼくは臆病なうえに愚鈍で、簡単な魔術さえうまく使えないんです。だからいつも父上には怒られてばかりで……自分なりに頑張ってるつもりなんですけど」
アシル様は悲しそうに笑った。見れば、フードの首元にアザがあった。
たぶんアシル様は十歳かそこら。だっていうのにもう厳しい魔術の練習をしてるのか。お貴族様は大変だね。
「今日も怒られてしまって、ベッドに入っても父上の怒ってる顔が浮かんでしまって……
そんな時はこっそり屋敷を抜け出して夜の街を歩くんです。静かな夜空を眺めてると、気持ちが落ち着くから。だけど……今日は失敗でした。うっかり路地に入ってしまって、お姉さんにもご迷惑をかけてしまいました」
「迷惑ではないです。悪いのは頭が足りないあの連中ですから」
「いえ。ぼくが要領が悪いのは事実ですから」
ずいぶんと内罰的なこと。ご貴族様の子息なんだから、もっとふんぞり返ってても良いのに。ま、仕える立場の人間としては、えらそーな連中よりよっぽど好感が持てるけどね。見た目も可愛いし。
愛らしいアシル様をなんとはなしに眺めていると、しきりに指輪に触っているのに気づいた。装飾は華美じゃないけど、意匠としてはずいぶんと凝っていてあまり子どもには似つかわしくないように思えるけど……
「あ、これですか? 最近、父上に頂いたんです」
心底嬉しそうにアシル様は微笑んだ。そりゃもう、こっちの顔もにやけるくらいに。
「本当に大切なものなんですね」
「はい! 『頑張ってるから』と突然くださったんですよ。今までプレゼントなんてくださったこと無かったのに……ぼくにとっては宝物なんです。だからさっき取られなくて本当に良かったです……」
指輪のついた右薬指を左手で覆って、大事そうに撫でる。私もそんな時あったっけ。クソ親父からプレゼントもらって後生大事に飾ってたなぁ。最後は全部どっかに吹っ飛んでいったけど。
「あ、ここまででいいですよ」
アシル様が立ち止まったので屋敷を眺めると、夜の暗さでも分かるくらい立派な建物があった。なるほど、アシル様はオールトン侯爵様のご子息であられたんですね。
「ありがとうございました、お姉さん。おかげでぐっすり眠れそうです」
私なんかに深く頭を下げて礼をすると、アシル様は軽やかな足取りで屋敷の裏手の方に走っていってしまった。
しかし、ホント王侯貴族の子どもって大変だよね。一部例外もいるけどさ。
そんなありきたりな感想を抱きながら、私もまた皇城の自分の部屋へと戻っていった。
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