1-2 私はね――皇城の下女だよ
ドシン、バキバキと賑やかな音を立てながら魔獣が近づいてくる。
影を思わせる真っ黒な体から瘴気のように魔素を放出し、足跡の草は黒く枯れ果ててる。
吐息が届くほどに魔獣はすぐ目の前にいて、一方で私の手足は拘束されたまま。マッサたち三人は安全な場所でほくそ笑んで、今か今かと魔獣が私にかじりつく瞬間を待っている。
ハッキリ言って、クソッタレな状況だ。絶望にキス&クライされて、普通なら感涙のおもらしするか、居もしない神さまに泣いて命乞いしてしまうに違いない。
――普通なら、だけどね。
「ふっ、ふふ……」
「ん?」
「ふ、あははははは!」
「おいおい、マッサ。リナルタの奴、ビビって頭おかしくなったみたいだぜ?」
「いやいや、私はおかしくなってないよ?」
どっちかってぇと、こんなこと平然と実行するキミらの方が頭おかしいよ?
ま、それはともかくとして。
「なるほどね、そうやってキミら三人は成り上がってきたってわけだ」
まとめると、だよ。マッサが手にした分不相応な武器を頼りに、自分らの実力より格上の魔獣を倒してC級まで上がってきたってわけだ。それも、仲間のポーターを犠牲にして。
傭兵ギルド所属って言ってもポーターは戦えない人たちだから、いわゆる正規の傭兵さんみたいに反抗される心配はないし、ポーターが戦闘で犠牲になるのも実際珍しくないからね。
マッサたちは、数ヶ月前に突然皇都の傭兵ギルドにやってきてポーターを探してた。ギルドの仲介で私が紹介されたわけだけどなにかと気にかけてくれて、表面上は紳士的な態度だった。いつもそうして信用させた後で囮にして昇級のポイントを稼いでたってことなんだろうね。
ずるいし非道だけど、賢いっちゃ賢い。でも、ま――
「やりすぎたってことだね」
魔獣の口が私の頭へ覆いかぶさってくる。けど、足に絡みついたツタを力任せに引きちぎって回避。跳躍して魔獣の背を蹴り反対側に着地。そして、腕に絡んだ鎖を思いっきり引っ張ってやると、マッサとゲイルの体があっさりと宙に放り出された。
「なぁっ!?」
「マッサ、ゲイル!?」
「――人の心配してる場合かな?」
空中を泳ぎ始めた二人に気を取られたフィリアの背後に立つ。振り向いた彼女の顔を間近で見ることになったわけだけど、なんだ、美人だって思ってたけど厚化粧でごまかしてただけか。道理でよく手鏡でチェックしてたわけだ。
なんか腹が立ったからその顔を張っ倒して彼女も空中遊泳の仲間入りさせてあげると、落下して「ふぎゃっ!」って悲鳴を上げた。
「クッソ……何しやがる、リナルタァッ!」
「そーよ! 痛いじゃないのッ!」
おー、三人揃って間抜けな顔で地面とキスしたわりに元気だね。
だけど。
「そんなこと言ってる場合かな?」
三人の後ろを指さす。雁首揃えて振り向けば。
「ぎゃあああああああああっっっっっ!!??」
そこには大きな口を開けて舌なめずりしてる魔獣がいるわけで。
そのまんま仲良く頭まるかじり、っていう結末も個人的には全然オッケーだと思うんだけど、それじゃあ「依頼」を達成したことにならないんだよね。
軽く息を吐くと枝から飛び降りて、三人の襟をまとめて引っ張る。さっきまでいた場所に魔獣が頭を突っ込めば、衝撃で地面に大っきなクレーターができていた。
さて。三人が首なし死体になるのは避けたわけだけど、そのくらいで魔獣が諦めるはずがなし。彼らにとって人間は美味しい美味しいご飯だし、そんなものが目の前にぶら下がってる状況でこっちが「バイバイ」なんて言ったところで、大人しく諦めてくれるはずもなし。
「り、リナルタ……?」
しかたないから三人の前に立ちはだかると、ご飯を前に冷静さも無くした魔獣がよだれを撒き散らしながら猛烈な勢いで走ってくる。ヤツの目には、私もさぞ美味しいご飯に映ってるんだろうね。
だけど、私は猛毒だよ?
「何やってる、リナルタ! お前じゃ無理だって!」
「うるさいなぁ、ゲイル。黙ってて」
右足を一歩引いて、拳を握る。そして魔獣が私に飛びかかってきたのにタイミングを合わせて拳を振り抜いた。
次の瞬間――衝撃とともに魔獣は綺麗サッパリ消滅していた。
「……は?」
魔獣がいた場所からは魔素が陽炎みたいに揺らめいてるだけで、跡形も無い。一発でダメージが限界を超えちゃったか。思ったより弱かったね。ま、面倒くさくなくていいけど。
「さて、と」
振り向いて、呆然と腰を抜かしてる三人を見下ろす。気持ちは分かるけど、これは現実なんだから受け止めてね?
私はマッサの頭を軽く叩いて正気に戻して、それからその胸ぐらを掴み上げた。
「三人とも、ようやく本性を表してくれたね? 一緒に仕事を始めて二ヶ月だっけ? いい加減ギルドが嘘情報をつかまされたんじゃないかって疑い始めてたところだよ」
「っ……!」
そう言ってあげると、マッサが歯を噛み締めて忌々しそうに私をにらんだ。いやいや、そんな顔する権利があるのは私の方だと思うよ?
「成り上がるために何でもする。どんな汚いことでもね。その姿勢は、うん、個人的には嫌いじゃないよ? だけど――他人の人生を犠牲にしてまでっていうのはとっても気に入らない」
ゲイルとフィリアを今度は私がジロリとにらむ。するとそろって目を逸らした。その中で唯一私をにらみ続けてたマッサが口を開く。
「テメェ……いったい何なんだよ?」
「あれ、私の服を見てもまだ分かってなかったの?」
濃紺のドレスに白いエプロン。頭には可愛らしいカチューシャ。生地は一般的なものよりちょっとだけ高級で、こんな格好してるのなんて決まってるじゃない。
「私はね――皇城の下女だよ?」
そう言って私は拳を振り抜いた。
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