魔王の儀式 ~皇城とギルドで働く下女兼ポーター、何故か第三皇子から告白されました~
新藤悟
第1部 皇城の下女兼ギルドのお仕事
1-1 オレらのために死んでくれや
拝啓、クソッタレな勇者たるレオンハルト様
こうして君のことを思い出すのは一年ぶりか五年ぶりか、ひょっとしたら百年ぶりだったかな? 要は、普段君のことを思い出すことなんてないってことだけど、ふっと今、思い出しちゃったよ。だっていうのに目の前に君がいなくて、拳を叩き込んでやれないのが残念でしかたないね。
そんな後悔を押し留めて改めて思い返せば、私が今現在もこうしてポジティブな気持ちで生きているのは君のおかげと言って良いかもしれない。常に命を狙われ続け、そうした毎日に疲れ果て、そんな中で唯一君だけは真実、私の訴えに耳を傾けてくれた。どれだけ声高に泣き叫んでも、誰も彼もひたすらに私という存在を「悪」だと決めつけて剣や魔術を叩き込んでくるだけだったのに。
あ、でも、君も最初は同じ穴の狢だったっけ。何度も君に殺されそうになったこと、未だに忘れてないからね?
それでも、君は他の有象無象の自称勇者連中とは違った。最初の出会いはどうあれ私の話を信じ、泣き言を聞き続け、そして私を殺すのではなく、私をこの世界で生かすためにあちこちに駆け回ってくれたこと、そのことだけは片時も忘れたことはないよ。今だから言えるけど、君は真に勇者だった。そう思ってる。
も一つついで告白しちゃうなら――私はたぶん君に恋してた。
もう君は私の側にはいないから叶うことはなく、またいずれ新しい恋を始めるのかもしれないけれど、少なくとも今のところ私にそんな感情は芽生える気配はなさそう。
誰かに恋できるのか不安っちゃ不安だけど、まぁでも君が尽力してくれたからね。まだしばらくは新しい出会いに期待しながら、精一杯生きてみようと思ってはいるんだけど――
「悪ぃんだがリナルタ――オレらのために死んでくれや」
私、リナルターシェ・ブランタジネットは今日も命の危機にさらされてます。
「おいおい、話が違うじゃねぇかよ……!」
茂みに隠れながら様子をうかがっていたマッサが苦虫を噛み潰した表情をした。仲間のゲイル、フィリアもひきつった笑顔だったり冷や汗を流してたり似たような反応だ。
だけど、それも仕方ないよね。なにせ討伐する予定だった魔獣が、傭兵ギルドから聞かされてた情報とまるっきり違うんだから。
私も茂みの中に頭だけを突っ込んで観察する。少し離れたところにいる、魔術的な影で構成された真っ黒な魔獣。元々ギルドの話だとDからC級くらいのはずなんだけど、眼の前の魔獣は明らかに格が違う。
C級上位か、ひょっとしたらB級かも。少なくとも――私たちには荷が重い相手だね。
「つまりぃ……ギルドが間違ってたってこと?」
「いや、皇都のギルドだぞ? あそこが適当こくはずもねぇし……」
「だとすりゃ――成長速度が異常ってことだ。まるでこの辺りに魔王でも潜伏してんのかってくらいに」
魔王っていうのは、いわば「討伐すべき悪しき存在」としての代名詞だ。
魔王自身もやばいんだけど、本人以上に近くにいるだけで魔獣を本来のランク以上に成長させ、統率しちゃう能力がやばいっていうのが世間での評価。魔獣なんて濃い魔素があれば勝手に生まれちゃうし、世界中に存在するたくさんの魔獣を統率されたらそりゃ「人間、やばいじゃん!」ってな結論に普通は至るよね。とはいえ、公式に魔王が認定されたのは一番新しくて百年以上前になるんだけどさ。
「どうすんのさ、マッサ?」
フィリアが私の桃色の髪を愛撫する。彼女は同じ女性でも見とれるくらい美人なんだけど、なんていうか、手つきが色々とキモいし匂いもきつい。できればもうちょっと離れてほしい。
「決まってんだろ?」
マッサが口元をニヤリと歪める。それを見たゲイルとフィリアが揃って私を見つめてきた。
「て、撤退を要求します!」
嫌な予感がしてそう主張してみる。ポーターである私を除いた三人の実力を考えれば撤退するのが妥当で、マッサたちもC級だからそれくらい分かってるはず。
なのに三人は顔を見合わせた。
そして――
「アクノイア!」
フィリアが何を思ったか、いきなり茂みから飛び出して魔術を叫んだ。氷の杭が次々と魔獣に飛んでいくんだけど、残念ながらそんな普通の域を出ない魔術でダメージを与えられるわけもない。
案の定魔獣は怒り狂って、唸り声を上げながらこちらに突進してきた。当然マッサたちは逃げるし私も逃げる。木立の中に逃げ込んで足を動かし続け、ふと後ろを振り向けば魔獣が木々をなぎ倒しながら追いかけてきていた。うん、なんとなく音で分かってたよ。
当然選択肢は一つ。魔獣が諦めるまでひたすら逃げるだけ。逃げて逃げて逃げて、けれども目の前を走っていたマッサたちが、不意に左右に別れて――
「プラネテーション」
――同時に足元から植物のツタが私に絡みついてくる。さらには両手に鎖が巻き付いてガッチリと私を拘束した。鎖を辿っていけば、犯人は木の枝に乗ったマッサとゲイルだった。
「な、なにするんですかっ!?」
「何って、まだ分かんねぇのか?」
意地の悪そうな笑みをマッサが浮かべる。ゲイルは歯を見せて笑い、フィリアは憐憫の瞳を揺らす。だけどそれらの奥で共通しているのは――私に対する嘲りだ。
「決まってんだろ?」
マッサが腰から剣を引き抜くと黒光りする、明らかに普通とは違う刀身が顕わになった。ちょっと、それって――
「すげぇ業物だろ? 一年くらい前にたまたま拾ってよォ。コイツがまぁ魔獣相手だとどんな相手でも良く斬れるんだわ」
うん、だと思う。確かにその剣なら、結構な格上相手でも魔獣なら倒せるはず。
だとしても、その剣が敵に届かなければ意味はない。
ならどうすればいいか。答えは至ってシンプル。
「オレの腕でも確実に仕留めるためには、だ。魔獣の気を引いてくれる優秀な囮がいるんだわ。
ってなわけでさ、悪ぃんだがリナルタ――オレらのために死んでくれや」
まったく悪びれもせず、マッサは私に死刑を通告した。
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