第39話 勇者と共に

 ソウヤに置いていかれる。


 そう言われて頭が真っ白になった私は、ハイルン工房が見える物見櫓に登っていた。


 近々取り壊される予定の櫓だから、兵士はいない。


 分かってる。


 私が残るのが一番適切で、ソウヤから信頼されてることも分かってる。


 分かってるけど――。


「なんかイヤなのよ!」


 はぁ〜。なんかイヤってナニ? 子どもか私は?


 一緒に連れて行ってもらえなくて拗ねてる子どもと何にも変わらない……。


 それも急に飛び出して……。


「恥ずかし過ぎて死ぬ……」

「おいおいソフィーさん。残念だが、もっと恥ずかしい想いをしてもらうぞ?」

「ゲェッ、ソウヤ!」


 そんな敵が湧いて出たみたいに驚かなくても……みたいな顔してるけどホントにびっくりしたわよ!


「隣良いか? 魔力切れそう」

「魔力切れたら落ちるじゃない! 早く来なさい!」


 車椅子に乗ってすらいないソウヤ。

 よくここが分かったわね……とは聞かない。


 理由は分かるから。


「フェファメンツの香りね。私につけたな?」

「俺の国ではペパーミント……いや、ハッカって言った方が正しいか。風魔法で追ってきた」


「ふーん……とんでもない上達速度ね。大魔法を使える訳じゃなさそうだけど、そんなに細かく魔法を使う人初めて見たわよ」

「そっか。……ごめんな、いきなり」


 …………。切り出し方が上手いわね。ホントに腹立つ。慣れてる感じがホントに。


「ソフィーを信頼してのことだったが、みんなから考え直せって言われたよ」

「……考え直してどうこうなる問題じゃないでしょうが。私が適任で最適解なのは分かってる。事前に相談してほしかったけど、そもそも私が言える立場じゃないし」

「だからアナが替わってくれるってよ」

「ふーん、そう。ん? アドルフィーナが!? なんで!? いや、どういう条件で飲んだのよ!?」


 私はソウヤの胸ぐらを掴んで何を売ったのか白状させようとする。


「いや、無条件だ! この方が都合良いらしいぞ。まぁ今回は……ってことだろうが」


 それを聞いて私も止まる。


「……ハイルン工房はサージェリー王国の拠点。確かにそこを盤石にすると言う点においては理解できる……できるけど……ソウヤと会えなくなるのよ? アドルフィーナは寂しくないのかし――」


 ぬああああああ!

 やっちまったわたしいいあいいあいああああ!

 こんなん私が寂しくて拗ねてるって言ってるようなも――。


「ソフィー」

「はひぃ!?」


 ソウヤの真面目な目が、近っ――。


「アナはもっと碌でもないことを考えてるぞ。あの腹黒さは俺にも底が見えん」


 …………。

 やっちまったのはアドルフィーナだったようね。


「まぁ、俺も言ってて寂しくなってきたからな。ソフィーが居てくれたら安心だ」


 そしてケタケタ笑いながら言ってくるソウヤ。


「ぬあああ! 分かってるじゃない! ソウヤ! 理解してるんじゃない! ナニが安心よぉお! 私の乙女心を弄んでそんなに楽しいかぁ!?」

「楽しいな。ソフィーと居ると。アナよりも」


 優しい笑みを浮かべてるけど、絶対心の中ではほくそ笑んでやがるわ!


「そんな恥ずかしいセリフを息するようにポロポロと! 今すぐソウヤを殺して私も――っ!?」


 ソウヤの右手が目の前にあった。


「実際、べハンドルング帝国の毒の製造について調べるんだ。出来れば心の底から信頼できる薬の知識がある者を連れていきたい、という俺の気持ちも理解してくれ。確かに能力はアナの方が上だ。だが信頼と言う面でアナは劣る。今のところ完全に風見鶏だからな。今回の代替策も、よく言えば『タイミングを見計らっていた』だが、悪く言えば『俺がさらなる危機に陥るまで放っておいた』だからな?」


 …………。ソウヤの言葉を聞いて納得する。


 結果的にソウヤの手柄は大きくなったけれど、下手をすればソウヤは死んでいた。もちろん、不確定要素があったことも想定外の事態に陥ったことも理解できる。

 

 ソウヤもそれは分かっている。


 でも、ソウヤ自身はその身に降り掛かったという事実がある。

 代替策を考えたのは私だけだ、実行したのはアドルフィーナだから。


 信頼……という意味なら、確かに最初に全てを曝け出した私達が上、というソウヤの言い分も分かる。


 分かるけど……。


「私が辱められる理由にはならなくない?」


「……バレた?」


 あ、やっぱコイツここでヤッとこ。

 右手に火神アインエッシェルグ、左手に水神クラールヴァッサーの魔法を……。


「俺をそうやってちゃんと止めてくれるソフィーに、一緒に来てもらいたいんだ。勇者と共に、来てくれ、ソフィー」


 ソウヤの右手に私の両手が包まれて、魔法が霧散してしまった。


「ズルい、ズルいわよ。そんなこと言われたら、断れる訳……ひぐっ……ふぐっ……」


 なんで泣くのよ私。あぁもう意味分かんない。


「よっこいせっと」


 ソウヤに右腕と風魔法で抱っこされてしまった。

 え? これ、お姫様抱っこ?


「じゃ、戻るまでには泣き止んどけよ? あと舌噛むなよ?」


 え? ちょ、待っ。


 ソウヤは風魔法でちょっと浮き上がってから、櫓から飛び降りた。


 あ、死んだ。


 私は気付けばベッドの上にいた。


 櫓から飛び降りて気絶していたらしい。


 重力制御ってめちゃくちゃ難しいのよ。


 だから飛行魔法なんて机上の空論でしかないはずなのに。


 ソウヤは、重力加速度のこと考えればイケるだろ? ってさも当然のように言ってくるんだけど、ソウヤってクスリ以外にも有益な情報めちゃくちゃ持ってるんじゃないの?


 これはアドルフィーナに留守を任せてソウヤと共に旅立つしかないわね。


 御者や護衛はナディとクララがいるし、ミーナもいるから戦力的に不足は無いわ。

 アメリアも御者くらいなできるし、食事も大丈夫。

 文官は私だけだけど、腕の見せ所ね。

 ソウヤは車椅子だけど、大抵のことはどうとでもなるでしょ。


 出発は明後日。


 気合い入れて準備するわよ!

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