第38話 癒しの勇者は癒したい

 毒矢のせいで死にかけた。


 なんと2週間も意識を失っていたらしい。


 リコ先生曰く、地球の人間には薬の効果が弱いとのこと。

 クランケンハオスの人間に効き過ぎなのである。


 その毒のせいで、俺には後遺障害が残ってしまった。


 下半身不随である。おまけに左腕も麻痺。


 つまり両足と左腕が全く動かなくなってしまった。


 腰が動くのが救いだ。姿勢の制御もできる。


 トイレに行きたい感覚も残っているのがありがたい。腰まで不随になってしまったら、糞尿垂れ流しだからな。


 車椅子的なモノを作ってもらい、普段はソレで生活し、階段やトイレなどの移動は魔法だ。


 魔法のおかげで身体を浮かせて移動くらいはできる。ゆっくりだが、歩く速度なので日常生活に支障は無い。


 着替えも最初こそ苦労したが、今では魔法でパパッと着替えことができる。

 アナやアメリアに甘えて着替えさせてもらっていたら、こうは上達しなかっただろう。


 シャワーも車椅子ごと入って丸洗いし、風魔法で乾燥させるのだ。


 俺の状況はそんなもんで、戦後処理もいつの間にか終わっていた。


 戦争そのものも、俺が意識を失った直後に騎士団長様がご帰還されたらしく、上級騎士達と一緒にシルドクローテンや歩兵を鹵獲&一掃。

 シルドクローテンも魔力切れが大半で、ただの的だったらしく大戦果だったようだ。


 べハンドルング帝国の損耗率は甚大。

 サージェリー王国は砦や要塞の被害こそあるが、負傷兵は薬のお陰でかなり回復しており、シルドクローテンに直接やられた以外の被害は想定より遥かに少ないらしい。


 ザクセン王は、非公式であるが俺に直接感謝と謝罪にやってきた。


 民を守るために仕方が無いとは言え、俺はボロボロである。


 いったいどうしてくれるのか、と笑顔で問うてみた。


 なんでも望みを叶えると言われたので、俺は願い出る。


「俺はこの後遺障害を治したい。せめて自分の足で立って歩きたいんですが」

「それは……」

「まぁ癒しの力が封印されている限り叶いませんよね。ん?」


 自分で言っていて気付いてしまった。


 俺だけではない。ザクセン王もだ。


 護衛で一緒にいるナディやクララ、ソフィーにアナ、アウグスト騎士団長にカーティス筆頭軍師も気付いた顔をしている。


 ザクセン王がめっちゃ笑顔になった。

 今すぐ泣くまで殴ってやりたい。


「では、勇者ソウヤ殿には、魔王討伐許可証を発行する。これは二国以上の最上位の者による署名が必要な訳だが、すでに2人揃っておるのでな」


「なにか良い特典でも?」


「どの国にも自由に出入りでき、持ち物荷馬車全てに関税が掛からぬ」


 その笑顔に対し、何らかの事を起こさねば気が済まない俺は必死に頭を巡らせる。

 結局、ザクセン王にシルドクローテンを一匹ぶつけてやろうと思っていたのが先読みされて失敗してしまったからな。


 そして思い付く。


「では、その魔王討伐許可証を持って、べハンドルング帝国にお邪魔するとしましょう。なぜだとは言わせませんよ? だって帝国の毒のせいでこんな手足になってるんです。帝国の毒を調べ、解毒薬を創れば手も足も治せるかもしれません。俺は自分を癒したいのです。魔王討伐において、手足の動かない勇者より手足の動く勇者が良いのは誰が見ても明らか。それに、帝国の毒……知りたくないですかぁ?」


 俺の有無を言わせない物言いに、ぐうの音が出るザクセン王。


 殴りたい、俺の笑顔。と顔に書いてますよ、ぷくくく。


 カーティス筆頭軍師はヤレヤレポーズで、アウグスト騎士団長はニマニマしておられる。

 やり過ぎだ、と、よくやった、かな?


 王宮内部も大変そうですね。


「分かった。定期的に王宮へ報告する、と言う条件付きで許可しよう」


 思ったよりあっさり許可が降りた。


 それもそのはず、俺が負傷したことは広まっているが、左腕&下半身不随とは広まっていない。


 癒しの勇者は癒せない。そう広まると、王国にとっても不味いのだ。


 広まるにしても時間を掛け、対策を立ててからにしたいだろうからな。


 そのため、俺が帝国に行くのはちょうど良い時間稼ぎになるということだ。


 そうと決まれば早速人選を決めなければならない。


 ザクセン王が帰った後、すぐに全員を呼び出して伝える。


「と、言う訳でべハンドルング帝国に毒について調べに行くことになった。ベティ、エマ、フレデリカ、ルーリー、リーゼロッテ、リコ先生、そしてソフィーに残ってもらう」


 みんなに、え? と言う顔をされてしまった。


 そしてみんながソフィーを見る。


 ソフィーは放心状態だ。


「だってソフィーが残らないと王宮との連絡係がいなくなって困るだろ? それに俺の研究を一番把握してるのはソフィーだ。そりゃ俺だってソフィーを連れて行きたいけど……ってソフィー!?」


 ソフィーは涙目で飛び出して行ってしまった。


 全員から溜息を吐かれる。


「ソーヤ、それは無いわよ」

「ソウヤ様、無いですわー」

「旦那、そりゃダメだって」

「ソ……ヤ様、ガッカ……リ」


 ぐっは! アメリアたんも呆れさすレベルの失態だと?


「くっ、だがハイルン工房も手抜きはできんだろ……結果を何も出せずにいると予算削ってくるぞあの王様。給料減ってご褒美も欲しくないってんなら喜んでソフィーを迎えに行ってやろう。お姫様抱っこでルンルン笑顔のソフィーを連れて帰ってやる!」


 みんなでゴニョゴニョと相談している。


 みんなでウーンと腕を組んで悩んでいる。


 ふふん、どうだ! 背に腹は代えられまい!


 そこに1人、盛大な溜息を吐いて手を挙げる者がいた。


「私がソフィーと替わりましょう。私ならば、王宮とも問題ありません。ですね? ご主人様」

「え? 俺専属の側仕えって言うから一緒にって思ったのに……」

「私としては、この方が都合良く事を進められるのです」


 やだー。笑顔のアナさん腹黒ぉ。


 まぁアナなら王宮やザクセン王の悪巧みを逸早く察知してくれるだろうし、なんだかんだ上手く回してくれるはず。


「分かった。アナがそう言うなら任せよう」


 みんなが俺をジーッと見ている。

 分かってますって。


「じゃあソフィーを迎えに行ってくる」


 俺は風魔法を使い、身体を浮かせてソフィーを迎えに行った。


 ソフィーの心を癒せるのは、癒しの勇者である俺だけだからな。

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