第30話 強襲防衛戦
ちょっとは寝ておこうと寝ることにしたのだが、日の明ける前に警報で叩き起こされる。
日本時間で言うと夏の朝四時半くらいだ。
朝鐘すら鳴っていない。
外が薄っすら白んでいる。
白んでいる反対側――西の空が異様に暗い。
夜明け前の暗さではない黒い空気が、俺の目でも分かる程に立ち昇っていた。
アメリアたんの作ってくれた肉とスープを軽くいただき、厚手の皮鎧と鉄兜、手甲を嵌めた俺は外に出る。
そしてアルザス・サヴォワ要塞が突破されたと言う報告を聞いた。
それはどこだと聞きたくないけど聞く。
ここに至るまでの最後の要塞がソレだった。
「シルドクローテンの進軍速度が速過ぎる! こんなの……どうすることもできないじゃない!」
涙目のソフィーが地図を広げて叫んでいる。
俺はハイルン工房裏口前に敷設された本陣に腰掛けていた。
戦国時代みたいな本陣である。
「本来7日後、昨日の時点では3日後の予測だったよな? シルドクローテンってそんなに移動速度が変わるのか?」
俺の問いに、傍でお茶を淹れてくれるソフィーが答えてくれる。
「シルドクローテンは、魔力を注いだ分だけ速く進むのよ。でも、そんな速度を出すにはとんでもない魔力が必要になって、魔力資源の乏しいべハンドルング帝国がそんな魔力資源をエサとして出せるはずがないの……」
お茶を啜りながら考える。
ミーナの淹れるお茶って美味しかったんだなって。
「そりゃ魔力資源のあるところ……他の国から供与されたと見るのが普通だろうな。他にも手段はあるのかもしれんが」
俺の言葉に、ソフィーの目が鋭くなる。
しかも本陣を整えていたアナがシュッとやってきてソフィーの横に立っていた。
「それくらい私達も見抜いたわ。もちろん王もよ。他国からの供与を考えても最速3日は掛かる算段だったのよ。それがどうして現実的に不可能な理論値の最大速度で進軍してくるのかが分からないの!」
「それとも、ご主人様はその勇者随一の聡明な頭脳で、この謎に解決の糸口を見い出せさせてくれるのですか? それでは是非御享受ください。お礼に四階の大浴場でお背中を流してさしあげましょう」
ソフィーもアナもブチ切れですやん。
しかし俺は冷静だ。
昨今の異世界モノにアレはツキモノだからな。
「シルドクローテンがナニかは知らないが、まぁどでかい生体兵器と仮定しよう。要は魔力の豊富なエサがあれば良いんだろ? 俺の想像では王国と帝国は産業こそ違うが、国力は同等と見てるんだが、違うか?」
俺の質問に、ソフィーは眉間を狭めながらも「一緒くらいよ」と教えてくれた。
「じゃあエサなら豊富だろ。なぁソフィー、『魔力の大小こそありますが、クランケンハオスで魔法を使えぬ者は誰一人としておりません。』だったよな?」
俺の言葉に、沈黙するソフィーとアナ。
「人間誰しも魔法を使える……つまり、魔力があるんだろ?」
ソフィーは「うっ」と手を口に当て、工房の中へと駆けていった。
そしてアナはなぜか服を脱ぎ始めた。それも下から。ドロワーズが俺の顔に蹴り飛ばされてくる。
「アナ、脱ぐな。命令だ」
ロングスカートの中の手が太ももの位置で止まる。
「なぜ脱ぐのかは聞かれないのですか?」
「聞かないし、何か罰を与えるつもりもない」
「ご主人様に立腹するだけでなく、八つ当たりするような問い掛けを行い、それを見事に返されて悔しいと思う浅ましい側仕えに何の罰も与えないと?」
「俺の命が掛かってる場面でそんな罰を与えてる暇なんぞ無い! どうしてもって言うならこの戦争が終わった後にしてくれ」
「そういうことなら……」
アナは渋々諦めてくれた。こんな時に変な事で頭を使わせないでもらいたい。
「ですが、ご主人様の考え通りとなると、被害の規模が膨れ上がりますね」
「王宮に報告しなくて良いのか?」
「そこはソフィーがすでに手配しているでしょう。今ご主人様の傍から離れる訳にはいきませんから」
この本陣には今、俺とアナしかいない。
ソフィーはそのまま王宮への連絡に向かったようだ。
みんなそれぞれ持ち場に着いている。
べハンドルング帝国がナニをしてくるか分からないため、北前面・側面・上方にみんなを配置している。
なぜかハイルン工房のメンツはみんなそれなりに戦えるらしいからな。
激戦区、北前面にミーナ、アメリア、フレデリカ。
安全地帯、東側面にソフィー、エマ、アドルフィーナ。
激戦区その2、西側面にナディ、クララ。
上方物見櫓にベティ、ルーリーとなっている。
西から北で防衛線を張り、東のソフィーとアナが本陣を行き来し、王宮との連携や連絡を行うという流れらしい。
物見櫓に近眼のベティをなぜ? と思うかもしれないが、双眼鏡を持ったベティはその正確無比な目を存分に役立たせてくれるだろう。
ほら早速風魔法でベティからの緊急入電が入る。
『グ……グスタフ級シルドクローテン突如出現! 背部に帝国魔導士多数! 上から来る! 捕獲魔法一本釣りだ! ソウヤ様、逃げろ!』
『あの数、ムリ――キャー! できるだけ弾くからソウヤ様ニゲテェーーー!』
ベティとハイテンションルーリーの言葉が聞こえた瞬間、ハイルン工房の裏手本陣に、数多の光の矢が降り注ぐ。
「なぜここが!? ご主人様! 工房内に! 早く!」
真っ黒で大きな魔法の盾を持つアナに引っ張られるが、工房内に避難する訳にはいかない。
「中の薬がダメになる! 中には入れない!」
「この魔法に家屋を破壊する力はありません!」
「それでも次に破壊できる魔法を撃ち込まれたらおしまいだ! できるだけ工房から離れ――のぅわぁああ!」
俺の足に光の矢が直撃したと思ったら、ベティが言っていたように空高く足から引っ張り上げられた。
「ご主人様ぁ!」
アナの声が遠くなる。
そして空から戦場が一望できた。
数多のシルドクローテンが、突貫で作った防衛施設を破壊しながら迫って来ている。
シルドクローテンとは、そのまんま亀である。
ただし半端なくでかい。
先頭のグスタフ級とやらは、東京ドームサイズありそうだ。
陸上戦艦並の亀と言ってくれた方がしっくり来たな。
その後ろはグスタフ級の半分サイズの巨大な亀が槍のように連なっている。
マジもんの陸上艦隊である。機甲化部隊の方が通じるかもしれない。
こんなのに人様が太刀打ちできるのか?
横からは騎士団と思われる集団が横撃を与えていて、普通のシルドクローテンに打撃を与えることはできている。
でもグスタフ級はビクともしていない。
半ば諦めながらグスタフ級シルドクローテンの背に引っ張られる最中だった。
俺を釣り上げた光の線が斬られたのだ。
グスタフ級シルドクローテンよりも背の高い巨大な顔の無い大天使が、俺を救ってくれたのだった。
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