第31話 私の勇者は渡さない

ーーーーーー アメリア・フィッシェーーーーーー


 ベティさんの声が聞こえた瞬間、私の喉が勝手に動く。


光神ひかりがみモルゲンロートが眷属よ! 我が呼びかけに応え給え!」


「アメ……リア? ……良いわ、やっちゃいなさい! フレデリカはソーヤの回収! ちゃんと掴みなさいよ!」


「はーいー。よっこいしょ――っと任せなぁ! ミーナ、アメリア、やっちまぇえ! ひゃっはぁ!」


 こういう時、ミーナの思い切りの良さに救われます。

 おかげで私は、全力を出せますから!


「我が捧ぐは希望の光! 我が捧ぐはしゅへの想い! 此方の心に刻みし全魔力を以て通ずれば! 主に害為すモノに神々たる眷属がその意志を叩き付け給え! ボンマー・フォン・ゴットォ!」


 ソウヤ様の繋がれた魔法の縄を斬り飛ばし、大神より借り受けた大天使にしか扱えない神の大槌を以て、グスタフ級シルドクローテンに打ち下ろします。


 神より授かりし大槌は、背に乗る帝国魔導士達を退散させ、シルドクローテンの甲羅を叩き割る程の威力でした。しかし、私の力ではそこまでです。


 ソウヤ様は、渡さない。


 あとは、お願いします……ね……。



ーーー フレデリカ・シュタインボック ーーー



 愛のチカラ半端ないわー。


 ソウヤ様を救うためとは言え、全魔力を捧げてアーツェンゲル降臨させっかよフツー。死ぬぜ下手したら。

 降臨するアーツェンゲルもアーツェンゲルだろ。

 そもそも敬虔なる神の使徒っつーか司祭以上の教会関係者しか降臨許可出してねぇんじゃねぇの?

 しかもあんなデカい姿見たことも聞いたこともねぇよ。アメリア、実は聖女様でしたとかか?


 そんな時、頭に響くアーツェンゲルの意識。


〘アメリアは、我が推し。推しの推しの危機。それに参じぬ天使など、天の使いな訳ないわぁ!〙


 …………。めっちゃキレイな女の声だったけど、聞かなかったことにすっぜ。


 だが、そんな大天使様の一撃でもグスタフ級シルドクローテンの甲羅を割ることしかできてねぇ。

 さすが帝国最強の旗艦シルドクローテンだな。


 コッチも仕事すっかな!


「行くぜ、セイバー! ソウヤ様の下へ、全力全開だぁ!」


 愛馬のセイバーに声を掛け、全力でソウヤ様の落下点に向かう。


「おおおちぃいいいるぅううああああ!」


 なっさけねぇ声を出してやがるが、それでもあんたが大将だ。


「ぉおおらよっとぉお!」

「ごふぅ! フレデリカさん……あざっす……」


 大丈夫だ。アメリアのでもあるが、私の勇者は渡さねぇよ。

 もう、誰にもな。



ーーーーー ミーナ・シュティーア ーーーーー



 アメリアが大天使で全力全開の神の大槌を叩き込んだのに、甲羅が割れただけでまだ動くグスタフ級シルドクローテン。


「多少は弱ってるよーに見えるんだけどなぁ」


 アメリアは私の腕の中でスヤスヤよ。

 戦場で力尽きて眠るなんて、フツー死んじゃうわ。

 どんだけソーヤのこと好きなのよ……。


「私も、まだまだかぁ……」


 大きな溜息がアメリアにかかってしまう。


 でも、思い悩む時間はもう無いわ。


 グスタフ級シルドクローテンが追うのはソーヤを抱えて馬の背に乗せ直すフレデリカ。

 フレデリカは本当に馬術が上手ね。

 馬の扱いだけなら、ナディアやクラーラより上じゃないかしら。


 だからこそ、安心して任せられる。


「フレデリカ! アメリアをお願い!」


 私はアメリアを優しく放り上げる。


「あいよ! ムチャすんなよ、ミーナ!」


 初めて名前で呼ばれた気がしたから、私も言い返してやるわ。


「フレディ! みんなに伝えて! 『私はここで食い止める』って!」


 フレディは一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐにニッと笑ってくれたわ。


「おう! 武神べウィーグンスロースの加護があらんことを!」


 ふふっ、武神の加護か。初めて声を掛けられたわ。


 ずっと、初めてばっかりね。


「ホント、ソーヤが来てから、初めてばっかり」


 私は込める。拳に力を。


 有りっ丈の想いを込めれば届くんだって、アメリアに教えてもらったから。


「来なさい! シルドクローテン! 私のソーヤは渡さないんだから!」


 私はシルドクローテンの頭を下からカチ上げてやったわ。



ーーーーーー ナディア・レーヴェ ーーーーーー



 最悪だ。想定すらしてなかった。


「本陣の場所割れてんのかよ! クソッタレが!」


 持ち場から離れ、全力で旦那の所へと馬を走らせる。


「ナディ! 落ち着くのです! そもそも、グスタフ級シルドクローテンが突如現れたこと! これがおかしい話です! これだけの速度で進軍してくる上に、あの大きさのシルドクローテンを覆う認識阻害魔法まで掛ける余力がある! この謎を解かねば、本当にソウヤ様を失い兼ねません!」


 こういう時、冷静な相棒ってのは頼もしいな。

 まぁクララの目からは涙ポロポロなんだが。


 ……悔しいんだよ。オレもクララもな。


 肝心な時に一つも役に立たねぇ。


 こんなオレ達が、本当に旦那の騎士になれんのか……旦那の憧れるエルフの騎士になれんのか……。


 今回も、結局ミーナの方で旦那は助けられた。


 本当に助かったかはまだ分かんねぇが、アメリアがアーツェンゲル降臨させたんなら大丈夫だ。


 アメリアの旦那に対する想いだけは絶対の信用が置けるからな。


 だがよ、旦那……なんで東に撤退せずに西に来てんだよ!


「ダンナァ! 西じゃねぇ! 東に行けぇ!」


 旦那を乗せたフレデリカは、オレ達を見つけるなり止まって、すぐに引き返す。だが、その速度はゆっくりで、オレ達の馬に速度を合わせてきた。


「2つある! 1つは、ミーナからだ!」


 旦那は何かを伝えるためにわざわざここまで来たらしい。

 連絡役のアメリア……は旦那の腕の中かよ。

 デァヴィントルフ風の通話が使えねぇのか。


「『私はここで食い止める』って言ってやがる! 1人であのデカブツを何とかするつもりだ! ナディ、クララ、2人がミーナを助けてやってくれ!」


「いや、でもよ、そんなことしたらまた旦那が――」


 オレの言葉を、旦那は最後まで言わせてくれなかった。


「頼む!」


 馬上から頭を下げる旦那。

 旦那の頼みとあっちゃあ断れねぇな。


 クララを見る。

 クララも頷く。苦笑いの顔でな。


「もう1つ! アナから話を聞いてくれ! 多分俺より分かりやすく説明してくれるだろ! シルドクローテンの謎についてだ!」


 オレもクララもその言葉を聞いてすぐさまデァヴィントルフの祝詞を唱え始める。


 それを見た旦那は安堵の笑みを浮かべていた。


「頼む。ミーナを死なせるな。そしてナディ、クララ、生きて帰って来い。待ってるからな」


 そう言って、オレ達は北へ、旦那達は東へ進路を変え、別れた。


 ったくよ、久々に胸が熱く燃えそうだ。


 任せな、旦那。

 旦那は絶対渡さねぇ。


 大団円で終わらせてやるよ!



ーーーー クラーラ・ユングフラウ ーーーー



 ソウヤ様こそ、わたくしやナディが仕えるに相応しい主ですわ。

 残念ながら王とはそこまでの信頼関係を構築できませんでしたもの。

 まぁ本来なら20歳で国に帰されるのですから、当然と言えば当然です。


 わたくし達を認め、尊敬し、信頼してくれる。

 そんなソウヤ様にハッキリと言葉で頼られる?


 ふふ、どことは言いませんが、疼かない訳がありませんわ。


 そうしている間に、アドルフィーナと繋がります。


『今度はクラーラさんと、ナディアさんですか? ……ご主人様からですか?』


「そうですわ。これより、グスタフ級シルドクローテンと対峙しているミーナの救援に向かいます。出来得る限り簡潔に『謎』について教えてくださいませ。今度は……ということは――」


 先客が居たようですわね。


『何回繰り返すんだぁ……って言いたかないけど言いたくなる気持ちも察してくれよぉ〜』

『ベルティーナはまだ1回目でしょうが。そのセリフを言いたいのは私よ! でも2回目だしミーナの危機なら喜んで最初から聞くわ』


 ベルティーナとソフィーですわね。

 お二人には申し訳有りませんが、緊急度はこちらが上ですの。


 何よりソウヤ様のため。


 わたくしのソウヤ様は、どんな場面でも渡しませんわ。



ーーーー アドルフィーナ・クレーブス ーーーー



 こんなことなら全員にデァヴィントルフを使うべきでした。


 改めてナディアさんやクラーラさんに説明します……が、端折ります。


「ご主人様からの助言を得て、ほぼほぼ確信致しました。グスタフ級に限らず全てのシルドクローテンは、帝国兵ないし帝国民を魔力の糧としている可能性が非常に高いです。ぶっちゃけますと人がエサにされておりますわ」


『アドルフィーナよぉ、最初からその説明で良いじゃんかー』

『……まぁ手短で助かるわ……。私はその続きを話したいんだけどね!』


 ベルティーナとソフィーが文句を言っておりますが、気にしません。


『うえぇ……想像したくねぇよぉ……』

『その発想はありませんでしたわ……。しかも人に魔石はありませんから……魔力のための、餌……ということは……』


「なるほど、確かにそうですね、はい。クラーラさんのご想像の通り、ナマで……生きたままエサにされたと思って良いでしょう」


 これは新情報です。

 誰が誰とは名誉のためにも言いませんが、「オロロロ」と言う吐瀉音が4つ同時に聞こえてしまいました。

 それでも時間が無いようなので簡潔に伝えます。


「つまり、シルドクローテンの弱点は腹です。半分溶けた状態で出てくることも覚悟の上で……むしろそれで戦意を削ぐつもりかもしれません」


 言っていて私も気持ち悪くなってきました。


『騎士団への連絡はどうなっているんですの?』


『それは私がやってるわ。今騎士団本陣にいるのよ。カーティス筆頭軍師殿が目の前にいらっしゃるの。伝令兵が随時アウグスト騎士団長にも報告してくれているわ。ちなみに、今前線から騎士団長含め上級騎士が全力で戻って来てくれているそうよ。それまで何とか持ち堪えなさいって。ナディ、クララ、頼むわよ』


『おうよ!』

『お任せくださいませ!』


「くれぐれも油断なさらぬように。帝国のことです。まだ何かあるかもしれません」


 ご主人様から話を聞いて以降、ずっと嫌な胸騒ぎがするのです。


 それでも、私のご主人様は渡しませんわ。二度と……目の前で、絶対に。

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