第29話 防衛作戦

 リコ先生の言葉に、俺だけでなくソフィーやアナも、「え? え?」という顔をしている。


 その様を見て、リコ先生はガクッと肩を落とした。


「なんだ、ノープランか。そんなことでよくもまぁ護るなどと……いや、イジメるのはこれくらいにしておくのである。時間が足らんのだろう?」


 リコ先生の物言いに、マジでキレます五秒前だったソフィーとアナが怒りを鎮める。


「こっちだって、今朝王宮で話を着けてきたのよ……」

「そうです。昨日の内に根回しも行ったのですから先の話はほとんどできておりません。それとも良い案があるのです? リコ」


 泣きそうなソフィーを宥めながらリコ先生を睨むアナ。

 そうか、そんな急展開だったのか。

 …………。


「私に良い案など無い。だが、防衛戦となればソウヤ……薬学の本領発揮だろう? なぁソウヤ、癒すということは、殺せるということなのだから」


 いや、リコ先生怖過ぎますって。


 ほら、アメリアたん以外の目の色が変わっちゃった。


「いやまぁ思い付く限りだと……催涙ガスとか毒とか、捕虜として生かしたいなら麻痺毒――テトロドトキシンは死んじゃうからイヌサフランくらい? まぁ催涙ガスなら唐辛子潰すだけだし……。スタングレネードはマグネシウムさえあれば……海水の調達できるかな? そもそも材料の調達が――」


 俺がブツブツ言うと、その一言一句聞き逃さんばかりにソフィーとアナがペンを走らせ、ミーナはワクワクしており、アメリアたんは食糧庫からカプシコムという唐辛子を並べてくれる。


 早速カプシコムを磨り潰し、容器に入れてリコ先生に渡す。


「中から風魔法で吹き飛ばせば良いので、ちょっと魔獣に試してみてください」

「心得た」


 リコ先生はウッキウキで受け取ってくれた。


「もし旦那の新兵器がシルドクローテンに効くんなら……」

「防衛戦には効果覿面ですわね。間で転がしてしまえば進軍も止まりますもの」


 ナディとクララは笑っている。ただ、その笑顔は怖い。戦士というか狂戦士の笑顔である。


 そこに、リコ先生が冒険者ギルドで仕入れた情報をぶっ込んてきた。


「そう言えば、帝国のシルドクローテンの陣形がオカシイと聞いたな。それは事実か? アナよ」


 陣形がおかしい? ナニソレ? 嫌な予感しかしないんだけど。


「さすが冒険者ギルド、耳が早いですね。シルドクローテンを5部隊に分け、各部隊3列の縦陣で真っ直ぐ向かっていると確認されました。まるで5本の槍のようだと、上空偵察より報告が上がったそうです」


 リコ先生と俺は唸った。


「5本の槍……確か、帝国からここまでに砦は4つだったな」

「うぅわ……電撃戦ブリッツやる気満々じゃん……」

「そうであろうな」


 頭を抱える俺に、ソフィーも顔を青褪めさせて聞いてくる。


「ねぇソウヤ……聞きたくないけど聞かないといけないと思うから聞くわ。ブリッツってナニ?」


 俺は簡単に説明する。


「一点突破だ。そして目標まで決して止まらない。つまり、ここまで全速力でやってくるってことだ。帝国からここまでシルドクローテンとやらが最速でやってくる時間は?」


 俺の問いに、リコ先生が答えた。


「……様々な点を考慮して、3日であろうな。シルドクローテンは寝ずに3日動けるから、帝国も元よりそのつもりであろう」

「はい、実質あと2日! この戦争を生き延びたら王族御一行様には相応の対応をしていただかないとなぁ!」


 俺が怒りの叫びを放つと同時、リコ先生とリーゼロッテ以外は飛ぶような速さで駆けていった。


 リコ先生はリーゼロッテと共に傍に来る。


「我らは2人で医療班に着く。リゼの【診断ディアゴノーゼ】と薬があれば、本業の方がしっくり来るのでな」


「お役目があるならソッチ優先で良いよ。本当は遊撃に出てほしいけど、リーゼロッテが気になってしょうがなくなられても困るからな」


 俺の言葉にリーゼロッテがリコ先生を見る。リコ先生は露骨に顔を逸らした。

 うむ。やはりな。ちょっと耳が赤いようだが、野暮なことは言うまい。


 俺は黙って見送った。


 そうして1人になった俺なのだが、改めてここに誓おうと思う。


「俺達にとって急展開なのは間違いないが、王国からしたらそんな訳無いよな? 帝国から戦争を吹っ掛けられる予兆はいくらでもあったはずだよな? 俺に開示される情報が少な過ぎるっての……。帝国に対しては当然だが、王国に対しても打撃を……精神的苦痛だけを伴う打撃をお見舞いしてくれるわ。覚悟しろ、どっちもな!」


 俺は1人で王族に対する嫌がらせも考えることにした。


 そして夜に2つの急報が届く。


 べハンドルング帝国国境近くにあるマジノ砦、陥落。


 その報告を聞いている間に、速報でアルデンヌ砦が落とされたということを。


 べハンドルング帝国の進軍速度を舐めていた。


 大した作戦も考えられないまま、ほんの少しの準備をしただけで翌日の決戦を迎えるのだった。

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