第28話 【癒しの勇者】戦争勃発
休みが明けたと思ったら戦争が始まっていた件。
何の小説のタイトルだよと思いながら食堂で頭を抱える俺。
そしてアメリアたん以外は誰も動揺していない。
事前に話を聞かされていたらしい。
俺は震えて泣きそうなアメリアたんの頭をポンポンと優しく手を置く。
守ってあげたくなるアメリアたん。アメリアたんがいなければ、俺は冷静になれなかっただろう。
立ち上がり、叫ぶ。
「逃げるぞ! 荷物をまとめろ!」
俺の言葉に、アメリアたんはハッとして駆け出す。
でも、その足は3歩で止まった。
アメリアたんだけなのだ。俺の言葉で動いたのは。
俺は怒りにかまけて叫ぶ。
「なんでお前ら動かないんだ!? 俺に戦う力は無い! 逃げなきゃ死ぬ! 俺を狙ってるなら尚更だ! もう退路は確保されてるんだろ? まともな薬は抗生物質しか創れていない。こんな状況なら俺を守りながら帝国を撃退する準備はできて……るんだよな?」
俺の声は途中から震えていた。
当然だ。気付いてしまったからだ。
まず、サージェリー王国とべハンドルング帝国の戦力差。
俺は知らないのだ。軍部の状態を。
「ナディ、クララ。サージェリー王国はべハンドルング帝国に対抗できるのか?」
俺の低くなった声のトーンに、ナディとクララは跪く。
「王国騎士団は総勢20万です。これはあくまで騎兵としてになります。歩兵は別に80万。予備兵も含めればべハンドルング帝国にすら引けは取りません。……まぁ安心しろ、旦那。旦那がどういう決断をしても、クララと一緒に護ってやる」
「問題はべハンドルング帝国が誇る重亀戦車なるシルドクローテン……その全戦力10万がこちらに進軍開始したことですわ。騎士団でも対抗できますが、損耗率が大きくなりますの。大きさにもよりますが、上級騎士3名でシルドクローテンを撃破できると思ってくださいませ。そして上級騎士は、僅か30名しかおりません」
それ、絶望的数値じゃないんです?
ソフィーが付け足してくる。
「シルドクローテンを正面から撃破しようとすると上級騎士が3名必要になるだけよ。今回、横撃を入れて分断し、背後から撃破する作戦を実行するわ。それくらいなら上級騎士じゃなくてもできるから」
「なるほど、作戦によっては何とかなるってことだな。だったら尚更ここから離れた方が良いだろ。逃げるって言ったけど、何も王国から逃げる訳じゃない。それこそ王宮に避難するとか――」
俺の言葉に、ソフィーだけでなく、アナやナディ、クララまでもが顔を伏せる。
それもできない?
ここに留まれと?
なんで?
ちょっと避難するとか普通のことじゃないのか?
その時、外で働鐘が鳴り、昨日よりもさらに大きな音を鳴らして建築が進む。
俺は走って一階に下り、外に出た。
そしてようやく理解した。
よく分からない高い建物は、物見櫓。
よく分からない大量の食糧は、兵站。
よく分からない高く分厚い壁は、城壁。
そして無駄に大きな広い建物は、兵舎。
何にもないだだっ広いだけの広場は、練兵場。
サージェリー王国は、最初から、俺を囮としてべハンドルング帝国と事を構えるつもりだったのだ。
俺は、たった今、そのことを理解させられた。
ハイルン工房の周りは要塞化されていた。
俺はトボトボと工房へ戻る。
工房には、みんなが集まっていた。
涙目のアメリアたんの手を掴み、みんなから引き剥がすようにして、俺が抱き締める。
「俺とアメリア以外、全員知ってたな? 俺が囮……いや、エサにされることも理解していたな!?」
怒りと不審に満ちた目をアメリア以外の全員に向ける。
誰も目を合わせようとしない。
それはつまり事実だということ。
「……所詮、俺は異世界人。理由はどうあれ、何かあれば真っ先に捨てられる存在か。あーあー、そうですか。この世界のために色々とやってくれるお前ら全員を信じた俺が――」
「待ってください!」
「ぁん?」
俺は思わぬところから声がしたので言葉を止めてしまった。
勇者リーゼロッテが、俺を止めたのだ。
勇者リコがいなければ何もできないリーゼロッテが。
今も冒険者ギルドに行っていてリコが居ないのにだ。
「こうなったのは……リコや……いえ、私のせいでしょう。勇者ソウヤが逃げられなくなってしまったのは……ごめんなさい……」
なぜかリーゼロッテに深々と頭を下げられる。
そして俺も考える。勇者リーゼロッテとリコが何をしてきたのかを。
ワガママ放題し放題で、勇者の信用を失墜させてきた2人だ。
信用失墜……つまり、そういうことだろう。
「理由はどうあれ、俺がこのハイルン工房から逃げ出せば、俺――勇者ソウヤの信用も同じく失墜し、王宮からも切り捨てられ、サージェリー王国で生きていけなくなると?」
俺の言葉に、リーゼロッテは申し訳無さそうに頷いた。
「1つ聞く。これはリーゼロッテにしか答えられない質問だ。俺がべハンドルング帝国に亡命するというのはどうだ?」
俺の言葉に、リーゼロッテ以外がギョッとする。
でも、答えたのはリーゼロッテではなく、ちょうど戻ってきたリコ先生だった。
「やめておけ。帝国は典型的な社会主義国だ。シベリア抑留的な状況に耐えられるのであれば良いだろうが」
「無理、死ぬ! 社畜生活なんて絶対イヤだ!」
「サージェリー王国は、腹黒いが利益ある者を蔑ろにはせん。ここに留まり、戦うのが賢明だろう。ソウヤが少しでも戦いやすいように、そして守りやすいように、ソフィーは動いていたのだ。もちろんアドルフィーナもな。ハァ〜、見ていられんぞ、全く……」
そう言ってリコ先生は軽く手を上げて振りながら2階へと上がって行った。
やだ、リコ先生イケメン。
俺はその場で正座し、額を床に付けた。
「事情も知らず出過ぎたことを言って申し訳ありませんでした。俺のためにここまで準備してくれてたんだな。俺が状況的に逃げられなくなるって見越して」
ミーナが俺の頭をツンツンしてくる。
「やっぱこうなったわね。だから言ったのよ。ソーヤなら話せば分かってくれるって。ごめんね、黙ってて。ソーヤには、少しでも体も心も休んでほしかったんだって。みんなソレに賛成したから黙ってたのよ」
はぁ? なんだそれ?
アレか? 全員俺を惚れさせたいのか? そんな心配されたら好きになっちゃうぞ?
俺は顔を上げる。
「でもなんでアメリアには黙ってたんだ?」
「アメリアはソーヤの1番お気に入りでしょ? ソーヤが絶対逃げるってなった時、アメリアだけでも一緒に行かせたいって。それにアメリアならソーヤを必ず護ってくれるからさ」
涙目のミーナに、アメリアたんが掴みかかった。
「ぞ! ……なの、や! でずぅ! み、な、っしょ! いづも、ず、と! さぁいご、までぇ! ソウヤさま、と! いっしょ!」
アメリアたんも涙ポロポロだ。ミーナと二人して抱き合っている。
ええ話や。
俺は立ち上がり、まだ顔を伏せているソフィーの頭に拳骨を落とす。結構強めにだ。
「あだっ!」
暴力を振るうなどパワハラ上司もいいところなのだが、仕事ではない上に命が懸かっていることなので許してもらいたい。
「ソフィー、仕事だけではなく、友達や家族間でも報告・連絡・相談はとても重要な事だ」
「…………」
「ぶっちゃけ、このクランケンハオスに家族どころか知り合いさえいない中、ソフィーは俺にとって家族も同然だ」
ソフィーの耳がピクッと動いた。何か琴線に触れるような言葉があっただろうか?
「ソフィーは俺より遥かに歳下だが、色々なことを教えてくれる姉のような存在だ。そんな家族に、そんな大事なことを黙っていられたら誰でもショックを受けるだろ」
ソフィーが顔を上げてくれる。
ほっぺがプックプクだった。
なぜだ……。
でも、ソフィーは頬を萎ませて大きな溜め息を吐いた。そして目に光を灯して言うのだ。
「ソウヤ様、申し訳ありませんでした。そしてソウヤ、ごめんなさい。でも、ソウヤが逃げ出さないようにすることが1番大事だったの」
ソフィーが目配せをすると、ナディとクララ、そしてミーナと手だけを奥から見せるリコのサムズアップを確認し、アナが答える。
「先程のミーナの言葉はあのようなモノとなりましたが、ご主人様がここから逃げ出せば、即座に王国から暗殺者を差し向けられていたでしょう。例え私達が全員で護衛しても長くは――」
アナは顔を伏せた。
「そんなにサージェリー王国の裏の戦力はヤバいのか……」
俺の小声に、アナだけでなく、ソフィーやナディ、クララも頷いた。
「私以上の者がゴロゴロいると思え」
リコ先生が恐ろしいことを言いながら工房に戻ってきた。
「それってつまり勇者以上ってことですかね?」
「違う。暗殺に特化した者達ということだ」
俺の言葉を否定したリコ先生はその辺の椅子に座った。
「さぁ、私にも聞かせてもらおうか。ソウヤを守り抜くための【勇者戦争】の戦略をな。もちろん、私も全力で協力させてもらう。一応は、我が主だからな」
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