第27話 今日は休みのはずなのに

 おかしい。


 働鐘が鳴り、外がうるさくなって目を覚ました俺は、寝惚けた顔で工房に顔を出す。


 そうしたら、全員が慌ただしく動いていた。


 今日も休みって言ったよな?


 ソフィーと目が合う。


 俺がニコッと微笑んだらプイッと顔を逸らされてしまった。


 ここで耳が赤くなったとなれば可愛いもんだな、と思うのだが、怯えたように震えている。


 だから改めて言う。


「なぁソフィー、今日休みって言ったよな?」

「そ、そうよ! だからクスリに関する作業は指示していないわ!」


 薬に関わっていなければセーフ、じゃないんですよソフィーさん。


「雑用も含め、上司であるソフィーが出す指示は全部仕事になるんだがぁ〜ぁん?」


 顔を逸らし続けるソフィーに迫る俺。

 ソフィーの冷や汗がマシマシになってきたところに、アナが助け舟を出してきた。


「おはようございます、ご主人様。ソフィーをイジメるのはそれくらいにしてやってください。皆、十分な引っ越しの片付けができていないのです。荷解きや持ち場の片付けくらいはお目溢ししていただけませんか?」


「ふむ……確かにゆっくり片付けする時間も無かったな」


 俺は周囲を見る。

 明らかに関係無さそうな大きな荷物や携帯食料の山も見えるが、寝具や棚もじゃんじゃん運び込まれているな。


「分かった。だが、明日からの本格的な仕事に支障が出るようだったら罰を与えるからな?」


 俺の言葉が聞こえたのか、みんなの手と足が止まる。


「なぁに、大した罰じゃない。俺が伝授したアメリアの新作料理を、美味そうに俺が食べる。それを見てもらうだけの罰だ」


 俺の発した言葉に、膝から崩れ落ちるのはソフィー、ナディ、クララ、ミーナの4人。


「ソウヤ、あなた実は魔王の手先なんじゃ……」

「ダンナぁ! そぃつぁダメだぁ!」

「そんなの想像しただけで震えが止まりませんわ!」

「ソーヤの鬼畜! オニィ!」


 この世界にもデーモンじゃない鬼が居ることに驚きつつも、当のアメリアたんの背後に鬼の影が見える。


 なになに? こいつらの足を引っ張ればソウヤ様から新作レシピを頂ける……ってか?


「1つ言い忘れたが、アメリアが何かした場合、俺の食事は外注することとする」


 言ってて俺自身も泣きそうになるけれど、アメリアたんは背後の鬼の影を光の天使で滅殺させていた。

 アメリアたんマジ天使だな……。


 その時、外の音が一層喧しくなった。


 この音のせいで目を覚ましたのだ。


 折角の休日。1日惰眠を貪るつもりだったのに不可能となった。

 せめて原因を知りたい。

 そう思って外に出る。


 そこには、馬車の荷車に乗せられた人達が魔法で建物や物資を大量に浮かせて運び、それをドンドンと置いて積み上げているところだった。


 1箇所や2箇所ではない。


 ハイルン工房はまさに首都の端っこで、左を見れば街、右を見れば原野とも言える場所だった。


 右側に建物がズラズラと建っている。

 それもゴツい建物ばかりだ。


 俺が驚き呆けていると、横にソフィーとアナが立つ。


「これは『ハイリヒトゥンダー・タファーレン計画』の一環よ。ハイルン工房を起点に、大規模な製薬工場地帯を形成するの。朝鐘と同時に王宮へ乗り込んだんだけど、もう準備終わってたわ」


 呆れたようにソフィーは言うが、つまり王族も本気で薬の製造に取り掛かるということ。

 ハイリヒトゥンダー・タファーレンが何かは知らんけど。


「ご主人様のクスリはサージェリー王国だけでなく、世界を救うのです。これだけの熱気にあてられては、休むにも休めません。もちろん、ご主人様はしっかりと休んでくださいませ」


 そしてアナに背中を押され、工房へと戻される。


 工房の扉が閉まる瞬間、たくさんの騎士が馬で駆けていくのがチラリと見えた。



ーーーーーーー 王宮緊急会議 ーーーーーーーー


 軍議の最中、早馬の兵より新たな書類が配られ、報告が上がる。


「べハンドルング帝国に動き有り! クバール・ミットライト皇帝、御自らの出陣を確認! 首都ガイツハルツより、10万を確認!」


 その言葉を聞いた騎士団長は、首を傾げた。


「皇帝自ら率いて10万? 少ないであろう。100万の兵がいるのだぞ、帝国は」


 王は……ザクセン・フォン・ノルトハイム王は頭を抱えていた。


「アウグスト騎士団長よ……今配られた資料を見るのだ……」


 ザクセン王の言葉に、アウグスト騎士団長は配布された手元の資料に目を通す。

 そして、驚愕の言葉が漏れた。


シルドクローテン重亀戦車が……10万だと……。全戦力ではないか……全てが、サージェリー王国へと!? そんな馬鹿な! 他国の国境に配備する分はどうした!? 全てを擲ってまで……ハッ」


 アウグストは気付く。

 それに気付いたカーティス筆頭軍師も重たい口を開いた。


「そうだ、アウグスト。べハンドルング帝国だけではない、ということだ」


 エカード枢機卿は椅子に凭れ、天井を眺めながら呟くように言う。


「治癒魔法やポーションが使えない中、それをサージェリー王国が独占していると思われておりますからなぁ……」


 エカード枢機卿は体を起こし、ザクセン王を鋭い目で見る。そして続ける。


「王よ、コーセー・ブッシツの効果は教会でも確認しました。治癒魔法程ではありませんし、ポーション程即効性はありませんが、こと流行病に関してはポーションより効果は有ります。そして再発率に至っては治癒魔法を上回る結果も出つつあります。これは新たな治癒……三本目の柱と成り得ましょう。まさに【治癒の勇者】に相応しき所業。あの場で処断せず正解でしたな」


 ザクセン王は眉を寄せてエカード枢機卿に言う。


「何が言いたいのだ。エカードよ」


 エカード枢機卿は何も答えない。代わりにカーティス筆頭軍師を見た。

 カーティスは溜め息を吐きながら、ザクセン王に進言する。


「エカード枢機卿はこう言いたいのです。『コーセー・ブッシツを使えば、べハンドルング帝国に勝てる』と」


 カーティス筆頭軍師の言葉を、エカード枢機卿は慌てて否定する。


「カーティス筆頭軍師殿、勝手に私が言ったことにしないでいただきたい。私が言いたいのは、コーセー・ブッシツの力を見せてからクバール帝にお話する道もある、と言いたいのです」


 エカード枢機卿の言い回しに、アウグスト騎士団長が怒鳴り声をあげた。


「そのために、騎士団に血を流せと言うのか!?」


「騎士団がシルドクローテンを圧倒した、と言う実績を手に入れるチャンスだと思いますがねぇ?」


「あの重厚戦車を1つ倒すのに上級騎士3人を費やすのだぞ!? その意味が分かっているのかあ!」


「落ち着けアウグスト、ザクセン王の御前である。エカード枢機卿もだ。30人しか居らぬ上級騎士をどう使うか、貴公らの頭にあるのか?」


 ヒートアップする二人をカーティス筆頭軍師が宥める。

 2人共に黙るだけだ。


「はぁ〜……シルドクローテンは横撃に弱い。破壊せずとも進軍を遅らせることはできよう? ザクセン王よ、もし本格的に対抗するのであれば、今朝方のソフィー・シュッツェの進言通りにするのがよろしいかと」


 ソフィーの名が出たところで、ザクセン王だけではなく、皆の表情が引き締まる。


「どこで話が漏れたか……は詮索しないこととする、だったな。代わりにソウヤ殿には言わない、と。ソウヤ殿なら直に気付くだろう。力は無いが、頭脳と技術だけなら過去最も優秀な勇者だな……彼は」


 ザクセン王は遠い目で呟くが、誰もが同意し、頷く。


「であれば、決戦は7日後辺りか? カーティス」


「間の砦にも戦力は割いてあります。抜かれるでしょうが、足止めもできるでしょう。ザクセン王の慧眼の通りに」


「7日で完成させるとは、サージェリー王国もやりますなぁ。まさに【勇者の聖域ハイリヒトゥンダー・タファーレン】。クバール帝の驚く顔が見てみたくもありますな」


「是非エカード枢機卿には、我が騎士団の最前線で確認していただきましょう」


「いえいえアウグスト騎士団長殿、ご報告だけ、楽しみにしておりますよ」


「それは残念ですなぁ。教会にシルドクローテンが1匹も到達しないよう、しっかり神に祈りを捧げておいてください」


「それくらいにしておけ2人共……」


 そしてザクセン王は立ち上がる。


 皆、王を見守った。


「…………。サージェリー王国の一心なる神への祈りが【癒しの勇者ソウヤ・シラキ】を齎したのだ。そのおこぼれがすぐに貰えぬからと戦争を吹っ掛けてくる隣人など、懲らしめてやらねばならん。タダで屈すれば、次も同じことを同じようにやってくるだろう。それはならぬ。ならばやることは唯一つ。騎士団長アウグスト・ベーア、筆頭軍師カーティス・ギラッフェ、枢機卿エカード・ニールプェード。そなたらに命ずる。攻めてくる愚かな帝国を返り討ちにするのだ! たっぷり後悔させてやれ!」


「かしこまりました!」


 そうして、緊急会合は終わり、有事へと移行するのだった。

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