第26.512話 ソフィーの憂鬱な夜

 とてつもなく疲れた。


 そんな1日だったわ。


 でも、疲れた甲斐はあった。


 不安と本音をぶち撒けただけだけど、結果として全員の本音と不安な気持ちを共有できた。


 これは組織運営でとても重要な事。


 不安や不満を掬い上げ、それを皆が納得する形で同じ方向へと向かせる。


 ソウヤの仕事を手伝い、薬を創って、サージェリー王国を安定させる。


 これを基本方針にできたことはとても大きい。


 それまで余計なことはしない。


 これを全員と暗黙の了解として示し合わせたことはさらに大きい。


 そんな中で、私の目の前にはスヤスヤと寝ているソウヤがいる。


 抜け駆け禁止と言っておきながら、私はソウヤの部屋へと侵入し、ベッドの傍の椅子に座っている。


 最低な女だと自覚している。


 こんな自分が嫌になるけれど、私はこうやって生きてきた。今さら生き方を変えるなんてできないのよ。


 私はソウヤの額から頭にかけて撫でてみる。


 ソウヤのおデコは温かい。私の手が冷た過ぎるのかもしれない。


 変わらぬ寝顔に、胸の鼓動は早くなる。


 私はいつでもソウヤを手に入れられる。


 今やるべきか、もう少し時間をかけるべきか考える。


 …………。悩むまでもない。


 あまりにも順調。完璧すぎる理想の状況。

 それを私の軽率な行為で無に返す訳にはいかない。


 下手をすれば、私だけが追い出される。


 ソウヤの子を孕めばそれで良いのだ。


 実家は喜んで迎えてくれるだろう。


 出来ることなら一撃必中を狙いたい。


「となると……今日は日が悪いか……。できれば練習したいけど……」


 スヤスヤのソウヤに、撫でる以上の力を掛けるのは危険ね。

 むしろどこまで大丈夫なのか毎日少しずつ試す?


 そうね、それが良さそうだわ。


「薬……早く、薬を……創ら……ないと……」


 びっくりしたぁ。


 寝言ね。


 夢でもクスリを創ってるの?


 でもソウヤ、魘されてない?


 …………。


「そうせざるを得ないんだもの。それが普通か。ありがと、ソウヤ。明日からもよろしくね」


 私はソウヤの負担が少しでも軽くなりますようにと、女神アルハイルミッテルに祈りながら、額に軽く唇を当て、自分の部屋に戻ったわ。


 そして女神に祈るだけじゃなく、机に向かい、私に何ができるか考える。


 ソウヤの負担を軽くするには、ソウヤしかできないこと以外のことは全部私達がやる。


 ソウヤにしかできないことを羅列していく。


 クスリの素材買い出し、器具の新規調達……あとは――その時、深夜なのに扉が小さく3回叩かれた。


「アドルフィーナ……こんな時間に何の用事?」


 危ない……あのままソウヤと行為に耽っていたらバレていた。いや、まさかすでに勘付いている?

 さすが元上級文官……鼻の利き具合は魔獣級ね……。


「ソフィーに話しておきたいことがあります。私が臥せっていた時に流れていた噂です」


 …………。私はアドルフィーナを招き入れた。


 部屋はそんなに広くないので、私はベッドに座り、アドルフィーナには椅子に座らせる。


「仕事熱心ですね。そんなにご主人様のことが?」


 アドルフィーナは机の書類に目を落として微笑んだ。


「ふん、アドルフィーナも一緒でしょう? 家の方なんて特に」


 私もアドルフィーナも、ふふふと微笑み合う。


「今はそのような話、置いておきましょう。王宮であらぬ噂が立っております」

「ソウヤのこと?」

「いいえ。まぁ間接的には関わっておりますが……」


 言葉を濁すアドルフィーナだけど、絶対ソレが主題ね。


「利害は一致してるんだから、まどろっこしい言い回しは無しよ。ここでは単刀直入簡潔に、手早く要件だけを報告するのが是とされているんだから」


「分かりました。では――」


 私はアドルフィーナから聞いた話をすぐに理解できなかった。


 そしてサージェリー王国の壮大な計画の表と裏を知る。


「だ、だめ……そんなことになったら、ソウヤは……」

「…………。そうです。ですが、もうどうしようもありません。ご主人様だけでも、と思いましたが……彼女達の様子では……」


 私は唇を噛む。


 完全なる自業自得。

 いや、前例はなるべくしてなった。でもソウヤは違う。違うけれど……違うと理解してくれる者は少ない。下手をすると私達だけだ。


「時間は僅かしかない……いや、僅かでもあると仮定して……あとは――」


 私は頭をフル回転させる。


「ソフィー、あなた、まさか……どうにかするつもりですか? 手段は1つしかないのですよ? 逃げるだけです。ですが、全てを捨てて逃げられるのですか? あなたが、本当に?」


 家もお金も地位も名誉も全部捨てて逃げることしかできないとアドルフィーナは言うけれど、違うと言ってやるわ。


「甘いわね、アドルフィーナ。もう1つあるわよ。絶望的な確率だけど、全部丸ごと解決する方法が」


 私の言葉に、アドルフィーナは目を丸くした。


「待ちなさいソフィー。それは逃げるよりも無謀なことですよ!」


 椅子を倒すくらいの勢いで立つアドルフィーナ。

 でもそんなの関係ない。


「ハイルン工房を要塞化するわ。王宮にも承諾させる。騎士団もここを拠点にさせる。王宮にも利のある話。元々向こうもそうするつもりだったんだから、こっちから話に行くわ」


 私は深夜にも関わらず叫んだ。


「私はソウヤを護ってみせる! べハンドルング帝国から戦争を吹っ掛けられたとしても、ソウヤを狙って攻めてくるとしても、私達がソウヤを護る! そして帝国に勝つ!」


 飛び起きてきたナディとクララ、そしてミーナにもたっぷり協力してもらうわ。


 もちろん、ソウヤにだけは……秘密でね。

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