第24話 傷薬を創ろう〜紫雲膏
アナと歩いて乗り合い馬車に乗る。
乗り合い馬車は働鐘が鳴る前から動いているので、ちょっと移動する分にはとても便利だ。
郊外とは言え首都なので、乗り合い馬車は5分と経たずにやってくる。
客が他にもいるせいかどうかは知らないが、俺にピタッとくっつくアナ。
誰がどう見ても彼氏大好き彼女である。
ここで止めろとか彼女じゃありませんと言おうものなら、変な意味で噂が立ってしまう。
しょうがない。ここは策に乗ってやろう。
しばらく馬車に揺られてから降りる。
眠たかったが寝ている場合じゃない。
ハウプトシュタットは広いので、市場は色んな所で開かれている。
「ご主人様、買い出しなどは申し付けてくだされば良いのですよ? 素材の名前さえ分かれば買い物くらいできますし。もちろんご主人様と外出できるのはとても嬉しいのですけれど」
人差し指を頬に当て、軽く首を傾げるアナ。
可愛い仕草だけど露骨だなぁ。
「素材の名前が何なのか、俺にも分からんからな。少なくとも新しい薬を創る時は俺が出向かざるを得ない。俺には【翻訳鑑定】と言って、元の世界――地球と同様のモノを見極めるこの目があるからな」
そう言いながら、俺は自身の右眼を指差してアナを見る。
アナは、じーっと俺の眼を見る。
俺もアナの眼を見る。髪色と違い、翠の眼が綺麗だな。いつまでも見ていられる。
「そそそ、そうなのですね! そういうことならば喜んでお供させていただきたく存じます!」
慌てて目を逸らされてしまった。
照れ隠し……の演技だな。
頬はおろか耳すら赤くなっていない。
胸の辺りをキュッと握るところも上手い。
男に下心さえ無ければ分かるんだよ。女の子のあざとさってヤツはな。
まぁ遊んでないでちゃんと探すとしよう。
市場では、珍しい食材の売っている場所を探す。
一般的な食材に薬としての効能があるヤツはほとんど置いていない。なぜなら苦い上に不味いからだ。
ぶっちゃけ花屋の方が薬の素材は見つかる。
早速、
まさかの古着屋だ。
花はもちろん、根ごと売っている。
え? こんなところに売られてるの? 栽培難しいんじゃなかったっけ?
「やぁ店主。この花はたくさんあるのか?」
初老の爺さんが元気な声で教えてくれる。
「あぁ、こいつぁな、こっから2日馬車で行った山に生えとるでな。見ん顔じゃが、おヌシ染め物でもするか?」
染め物と聞き、なるほどと思った。
紫草は染料としても使えるのだ。
「使うのは根だろう?」
「なんじゃあ、知っとるんかぁ。ほれ、山のようにあるぞ」
店主は足元からザルいっぱいの紫草の根、紫根を見せてくる。
迷わず全部買った。
蚤の市で乾物屋を漁り、当帰の根も手に入れる。
紫根もここにあった。
「乾物屋巡りでだいたい揃うじゃん……」
染料や保存食として、至る所に漢方的な生薬が置いてある。
根っこ系はここで揃ってしまいそうだ。
「揃うのであれば良いのではないですか?」
「薬としての有用性が示されると価格がとんでもないことになる。そこも何とかせにゃならん」
「薬になる素材は量産できるよう王宮と話をせねばなりませんね」
アナは文官らしく考え込む。
価格の上昇もそうだが、いくら良い薬ができても生産と供給の体制が整わないとすぐに使えないモノになってしまう。
「アナ、あとは蜜蝋と胡麻油が欲しい」
「……蝋であれば蝋燭屋です。油は油屋に行きましょう」
俺はアナに先導されて材料を揃え、工房へと戻った。
2時間は経っていないのだが、戻ったらまだみんな寝ていた。
アメリアたんの寝顔は幸せそうである。
薬の製作を終えたら起こそう。
俺は工房の作業場に入り、鍋に胡麻油を入れ、加熱する。
菜箸を入れた時に、箸全体から細かい泡がシュワシュワッと上がってくる程度になったら一度温度を少しだけ下げる。
そこに蜜蝋を入れ、火を消し、余熱で加熱する。
当帰を清潔な布2枚で包み、あまり冷まし過ぎないようにしながら20分間抽出する。
少し火を入れながら布で包んだ紫根を投入し、これも加熱し過ぎないよう抽出する。
しばらく待って、鍋を取り、水を張った桶に付けて冷ます。
温度が下がってくると固まってくるので、大きなヘラでかき混ぜながら練っていく。
そして完成だ。
文字通り、紫色の軟膏だ。
抗菌・抗炎症作用があり、傷によく効く。じゅくじゅくして化膿していたら使えないけどな。そこは抗生物質の出番になる。
死んだように寝ている顔が青痣だらけのリコとリーゼロッテ。
ちょっと時間が経ち過ぎてしまったかもしれない。
他のみんなは――チラチラと薄目を開けている……起きてんのかい。寝たフリかよ。
いや、眠いから寝ときたいけど、俺のやることも気になるってところか。
さすがにもう起きよ? もうすぐ昼鐘鳴るよ?
俺にも睡眠時間分けて?
今すぐに寝――アメリアたんの昼御飯を食べてから寝るか。
「全員、起きているなら見に来い。寝ている者は起こせ。リコとリーゼロッテを起こしたら、薬の使い方を説明する。とは言っても、塗るだけだから見れば分かるけどな」
俺がそう声を掛けると、勇者2人以外はすくっと立ち、悪びれる様子を見せながらも集まってくる。
その間にリコとリーゼロッテを揺すって起こす。
うぅ……と唸りながら腫れている目を薄っすら開ける2人。
「ここは……どこだ?」
「ひっ……ソウヤ……アドルフィーナ……」
リコは力無く呟き、リーゼロッテはアナを見るなり体を起こして後退る。
そのアナは笑顔で、もう襲いかかる気は無いらしくニコニコ笑顔だ。
「アナにボコされたんだってな。薬を創った。紫雲膏だ。リコ、使えるか?」
「すまない……助か……る」
手を伸ばすリコの手に力は無い。
昨日までの威勢はどうした? と言いたい気持ちをグッと堪え、俺は紫色の軟膏を手に取って伸ばす。
「俺が塗ってやる。相当堪えたらしいな」
リコの顔にペタペタと塗ってやる。
リコは黙ったまま塗られていたが、時折顔や体を震わせる。
「気持ちは分からんでもない。俺がアメリアにボコされるようなもんだからな。そうなったら十年立ち直れない自信がある」
そんなこと死んでもしませんと俺の後ろから声がしたような気もするが気にしてはいけない。
「……貴様にナニが分かる……」
「他の奴らよりは知ってるよ。アナから話を聞いたからな」
俺の言葉にリコは俯いて「そうか」と呟いた。
逃げたリーゼロッテの足を掴み、ズルズルとリコのいる所まで戻し、イヤイヤ言うリーゼロッテをアナの笑顔で黙らせ、ペタペタと顔に塗ってやる。
抵抗されるが、腕に全く力が無いので強引に塗り付ける。
「まぁ、言わんでも分かると思うが、話し合いくらいはすべきだったな。一方的に言う言われるだけじゃ、異世界で生きていけんだろ。特に世界が違うと常識も違う。自分のこうあるべきだ、っていう文化や慣習は即座に捨てなきゃならんからな」
リコは体育座りのまま俯いており、うたた寝するかの如くコクッコクッと頷く。
「同郷の好だ。部屋は余ってるから置いてやっても良い。また暴れたら追い出す。この工房からではなく、ハウプトシュタットからだ」
俺の言葉に、リコより先にリーゼロッテが噛み付く。
「誰がお前の情けを受けるものですか!」
ただ、リーゼロッテを真っ先に諌めたのはリコだった。
「リゼ、これ以上拗らせるな。本当に、今追い出されたら、賊と変わらん生活になるぞ」
俺は俯くリコに続けて伝える。
「もちろんタダメシを食わせるつもりはない。ここで寝泊まりする以上は工房の手伝い諸々やってもらう。代わりに飯風呂ベッド&給金付きだからな」
俺としては破格の条件なのだが、まだリーゼロッテの気持ちは落ち着かないようだ。
「その諸々が問題なのです! どうせ取っ替え引っ替え閨に呼んで全員に種付けし、孕んだら追い出してまた新しい女を入れるつもりなのでしょう!?」
おやおや?
「どうしてそうなるんだ? そんなの不和の素だろうが。絶対にやらん。良いか? 薬を創る工房ってのはな、チームワークが全てなんだよ。俺のせいで女達がいざこざ起こしてみろ。すぐ薬が作れなくなる環境になる。そんなことになったら死ぬ。全員がだ。お前も、俺も、王様も、サージェリー王国も、クランケンハオスも全部だ。リーゼロッテ、お前分かってないようだから言っとくけどな。治癒魔法とポーションの唯一の代わりが薬なんだぞ。自分の顔を見てみろ」
そう言ってリーゼロッテに手鏡を渡す。
「ウソ……治って……もう、痛くない」
俺もビックリだよ。リーゼロッテの顔の腫れはすでに完治していた。
クランケンハオスで薬が効き過ぎる問題もいつかどうにかしなきゃな。
「ここで薬の製法を確立しとかないとマジで死ぬんだからな? 元の世界に帰りたいんじゃないのか? 俺は帰りたいぞ。もちろん、早く薬を創って、いっぱいこの世界を楽しんでからだがな。改めて言うが、女が目的では断じてない」
「え?」
え? え? え?
と言う言葉があちこちから聞こえてくる。
全てが新人達だ。
おやおやおやおや?
アナに視線を向けて説明してもらう。
「ご主人様、さっきは私もああ言いましたが、実はすでにそうなることが確定していたと思っていたのです。ですがご主人様の目に卑しいものを感じませんでした。それ故、ちょっと疑問に感じて色々させてもらったのです」
あっれー? 俺はアナに試されていたのか?
だいたいの事情を理解しているだろうソフィーを見てみる。
「ひゅー、ふー」
目線を逸らし、ヘッタクソな口笛を吹いていた。
犯人はお前だ。誰がどう見てもな。
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