第23話 傷薬を創ろう〜ボコされた乙女勇者達

 頑張った。頑張って抗生物質を創りまくった。


 ぶっちゃけ寝てない。


 いや、全く寝てない訳では無いのだが、寝てもすぐに起こされるのだ。


 ペニシリンの抽出をやって見せ、言って聞かせてを3度繰り返してもまだ俺が監修していないとミスが出そうになる。


 司令塔的な存在であるソフィーがまだ半分も理解できていないのが痛い。


 メモしたらしい手順通りにやってくれれば良いのだが、混ぜ方が足りないとか水を入れる量が少ないとか問題が頻出する。


 ソフィーのキャパオーバーもある。

 やはりもう一人、動ける助手が欲しい。


 そういう意味では、危険人物だったが元医者であるリコ先生の手伝いはプロフェッショナルだった。

 まぁ医者だから当然と言えば当然だけど。


 アメリアにも料理と買い出しの時間以外は手伝ってもらい、その他新人達もフル動員。ミーナにも水汲みや煮沸などの力仕事を中心にお願いしつつ、ナディやクララにも細々とした作業をお願いしていた。


 結果、俺以外全員一階の作業場でダウンしている。


 作業台に突っ伏している者もいれば、床に倒れるように寝ている者。

 誰が誰とは名誉のためにも言わないでおくが、椅子に座ってスピスピと寝ているアメリアたんには、俺の全く似合っていない成金貴族ジャケットを肩にかけておく。

 アメリアたんが体調を崩すということは美味しい料理が食えなくなるということだからな。

 みんな納得してくれるだろう。


「やっとある程度創れたぞ……マジでねむぃ……さてと」


 朝鐘はもうだいぶ前に鳴っている。


 俺は外に出て馬車を探すが見当たらない。


 まだペニシリンを求める馬車は来ていないのか。


「じゃあ寝るか……来たら誰かが起こしてくれるだろう」


 程度が分からないが、アドルフィーナとやらの肺炎球菌性肺炎は結構な重症だと思う。1日2日で治ることは無いと見るべきだ……いや、クランケンハオスだと薬はよく効くからな。

 まぁ4日分はあるから。

 また青カビを大量に培養しなくちゃ……。


 色んなことが頭を巡る。

 でも脳みそが限界だ。


「寝よ……」


 俺は工房に戻ろうとした。


 その時、遠くから馬車がやってくるのが見えた。


 素晴らしいタイミングだ。薬を渡せばゆっくり眠れる。


 俺は馬車の御者に薬を渡そうとした。


 御者は珍しく女で、後ろの一本結びの桃髪を鞭のようにしならせ、タンッと俺の前に降り立つ。


「あの、ソウヤと言う者です。薬ができたので、アドルフィーナさんに届けてもらって良いですか?」


 俺の言葉に、彼女はパァッと顔を輝かせる。


「もしや、貴方様が、ソウヤ・シラキ様ですか?」

「え? そうですけ……どふっ!?」


 桃髪の彼女は、俺にタックルする勢いで抱き着いてきた。なんで?


「ありがとうございます! 私、ソウヤ様に救われました! アドルフィーナ・クレーブス、本日よりソウヤ様専属の側仕えとして、身も心も、全て! 私の全てを捧げたく存じます! 私のことはアナとお呼びくださいませ、ご主人様」


 え? めっちゃ元気じゃん。


 と言うかもう治ったの?


 クランケンハオス、お薬ちょっと効き過ぎでは? 

副作用とか大丈夫か?


 聞きたいことは山のようにあったが、まずはアナの経過を確認したい。

 そのためにリコ先生と話をしたいんだが……。


「アナ、まずは勇者リコと話をしたい。どこにいる? 王宮か?」

「あの不届き者に用があると? ふむ、まぁどう処分していただこうか迷っておりましたので、丁度良いです。今出しますね」


 不届き者? 処分?

 俺が物騒な言葉に疑問を持つ間に、アナは馬車の後ろから2人の女を引っ張り出す。

 そしてポイッと俺の目の前に投げられた。

 グルグル巻きに縛られた2人の顔は殴られてパンパンに腫れており――。


「は? 勇者リコ……と、勇者リーゼロッテ?」


 ロリ可愛い系と美人系だった2人は見るも無惨な顔にされていた。

 誰にやられたかなど言うまでもなくアナなのだろうが、なぜこうなったのかまるで分からん。


「その通りでございます。人の皮を被った魔獣と、無能の肉袋です。ご主人様の性奴隷くらいにはなるかもしれませんが、もはや目に入れるだけで吐き気を催されるかもしれません。焼いて土に還すのが、一番世のため人のためになるかと」


 いや何言ってんのアナさん。言ってることヤバ過ぎるでしょう。

 それにだ。


「待て待て。そもそもこの2人はアナを助けるために薬を創って持って帰ったんだぞ?」


 命の恩人をボコボコにして殺そうとするってどういうことだよ?


「私が病に罹患したのは、そもそも大型魔獣の解体に付き合わされたからです。瘴気に犯されると拒否したにも関わらず、無理矢理解体に同席させたのはこのチビです。病にさせた本人が治すのは当然の事でございます」


 マージデー? リコもやっちまったなぁ。


「リコに対しての想いは分かった。でもリーゼロッテまでボコボコにする必要無いだろ?」


 その話が本当だとしても、リーゼロッテまで巻き込まれている理由が不明だ。


「……私は、魔王に幼馴染を殺されました。魔王の棲家近くの勇者拠点を設営する任務で、強襲されたのです。結婚の約束も、口約束ですが、していました」


 え? アナさん、悲劇のヒロインじゃん。


「魔王の討伐は失敗に終わり、封印されるに留まりましたが、いつかは魔王を討たねばなりません。そのために勇者は必要なのです。治癒魔法やポーション封印に対する罰を与えるのではなく、早急に魔王を封印から解き放ち、改めて討伐するよう水面下で推し進めていたのです。私はとある方々と共に魔王討伐派として動いておりました。そのためにも、ご主人様のクスリは必須でした。そのためにわざわざ無理をしてまで根回しをして、ソフィーと取引してまで勇者2人を捩じ込んだのです。それをあろうことか敵対行動を取って侘びもせず、対価も払わずクスリだけ取ってきたと? 話を聞いた時は頭が真っ白になりました!」


 いや、この子、超打算的だ。

 目的のためなら何だってやる子だ。

 合理主義と言っても良い。


「もうこの2人に魔王討伐は無理と判断しました。そして援助を棄てた私は、今やこの身すら1人ではどうにもならなくなりました。だから魔王討伐も、この2人に手を貸すのも止めます。むしろご主人様にこの身を捧げるのが一番良いのではないかと考えました。見ず知らずの下級文官である私のために、クスリを授けてくださる心の広さ。失っていたはずの命を救ってもらったご主人様にこそ、私の命を使ってもらうべきです。恩には恩で返します。仇には仇で返します。命の対価は命です。だからご主人様には、私の命を差し上げます」


 いや、ゴリ押し主義か?

 途中から何言ってんのか意味不明だったぞ。


「俺に命を捧げるって、幼馴染とかどうすんだ? 魔王に復讐するんだろ?」


「私が丹念に育ててきたB級冒険者を魔王に殺されて腹が立っていただけです。魔王に喧嘩を売るより、ご主人様に媚を売る方が現実的です」


 媚を売るって言っちゃったよこの子。


「私、食べ頃ですよ? こんなこともあろうかと、ちゃんと処女ですし、第一夫人になったからと言って工房を乗っ取ったり、金や物品を横領したりすることもしません。ずっと変わらず一生ご主人様に仕えます。契約魔術で縛っていただいても構いません。こう見えて元上級文官ですから、仕事も優秀……ソフィーも仕事は優秀ですがすぐに追いついてみせます」


 形振り構わずって感じだなぁ。

 絶対に何か裏がある。

 それは分かっているけれど、ソフィー並みに優秀と言うなら雇わざるを得ないんだよな。

 話からしても優良な人材なのは分かるし。


「食べ頃とか処女とかはどうでも良い。ちゃんと愛する男ができた時にそういうのを言ってやれ。ただ優秀な人材は欲しい。まずは働きぶりを見せてもらう。しっかり働けよ」


「えっ? あれ? そうなのですか!? わーい、大好きです! ご主人様!」


 ビックリした顔を見せた後、また俺にギュッと抱き着いてくるアナ。

 地球でキャバ嬢やらせてあげたいくらいだわ。


「まずはリコとリーゼロッテを中に運び、紐を解いて安静にさせておけ」

「……助けるのですか?」

「使える人材は使う。捨てる程余っちゃいないんだよ。見ての通り、アナ1人の薬を創っただけでこの有り様だ」


 アナに工房の中で倒れるように眠るみんなの姿を見せる。


「畏まりました。他ならぬご主人様の命令ですから」


 優雅に裾を摘んで礼をしたアナは、意識の無い2人を中に引き摺って運び、縛った紐を解く。

 顔はパンパンだが寝ている……いや、意識を失っているだけだ。息はある。

 夜通しアナの看病をしたのに、治ったら本人からフルボッコだもんな……。俺だったら心が折れるわ。


「よし、市場に薬の材料を買いに行くぞ」

「はい! ご主人様!」


 そうして俺はアナに腕を組まれ、歩いて市場に赴くのだった。

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