第19話 設立、ハイルン工房(後)

 東の階段を上り、三階へ。

 北側に広々通路、窓は2つ。採光のためだろう。

 西の奥に階段が見える。四階への階段だ。


 だが、その前に、真っ暗な中央真っ直ぐの通路を行くらしい。

 暗過ぎて何にも見えんぞ。

 一階は電気的な灯りがついていた。

 二階はベランダがあったのでそこそこ明るかった。


 真っ暗通路前の壁にソフィーが手を当てると、白い光が灯り、それが天井に走って照らす。

 クランケンハオスの灯りは魔力なんだな。


「三階は個室よ。私達の部屋が主に三階になるよう設計してあるわ。東に三部屋、西に三部屋。この手前の北側の左がミーナで、右が私の部屋よ」


 手前の東がミーナで、西がソフィーの部屋らしい。


 そして通路を歩き、真ん中西の部屋をソフィーが開ける。


「ここがソウヤの部屋よ。ここにだけ、個室のトイレとシャワーが設置してあるわ。王宮よりは狭いけど、2番目に広い部屋を充てたわ」


 扉から入って両サイドは壁、そして石の太い柱。その向こうが開けているが、確かに広いとは言えない。むしろ自由に使える広さは4畳程度だ。狭いと言っても良い。

 ただ、西の窓の右手……北側にある扉を開けると、ユニットバスがあった。風呂とトイレ一体型である。2畳あるかないかのスペースだが、1人で使えるなら文句は無い。むしろ専用の風呂トイレがあるのはクランケンハオスではかなり贅沢なことなのだ。

 トータルほぼ6畳なら、広さとしても悪くはないだろう。


「向かいは空き部屋よ。誰が入るかは要相談。で、奥の一番広い部屋がナディとクララ。2人は騎士で荷物が多いから一番広い部屋にさせてもらったわ」


「そりゃありがてぇが、階段通路側じゃなくて良いのか? 護衛ってんなら普通はソッチだろ」


 ナディの質問にも素早く答える。


「2人の部屋からは、表の通りが見渡せるの。それに共同の武器倉庫を通路の奥に用意したわ」


「なるほどな、部屋に居ながら物見もできんのか。ちゃんと考えがあるなら大丈夫だ。従うぜ」


 ナディはソフィーと間取り図を見てふんふんと頷く。


「では、わたくしはソウヤ様の隣の部屋を――」

「そっちはナディよ」

「なぜです!?」

「壁が厚いとは言え、窓まで防音にはできないわ」

「……分かりましたわ。ナディに譲りましょう」


 ナディがうんうんと頷く。

 多分乙女の秘密な話だ。俺は関わったらダメ、絶体。


「というか、ソフィーもナディも隣の部屋が俺で良いのか? クララも男の隣の部屋は嫌だろ?」


 俺の言葉に、アメリア以外は笑顔になる。アメリアだけは頬を膨らませていた。なんで?


「今後の事を考えたら、周囲をわたくし達で固めておくのは当然の事ですわ」


 クララがニッコリ笑顔で俺に言う。


 今後の事? 何かあったっけ?


 うーん、と唸る俺の背中をミーナが押す。


「ほらソーヤ、さっさと上も見に行くよ!」


 俺はミーナに押し出され、大きな通路へと戻る。


 まぁみんなが良いなら良いんだけどな。


 四階の階段手前にもトイレがあった。


 西の階段を上り、四階へ。


 階段を上がると、何も無い広場と螺旋階段がある。


「ここは憩いの場とする予定よ。螺旋階段からは屋上に行けるの。半分から西に6部屋用意したから、7人全員を受け入れることになっても足りるわ」


 ふんふんと頷く俺。

 では憩いの場から北には何があるんだ?


「憩いの場の左はトイレね。そこの扉は……ふっふっふ……」


 ソフィーが楽しそうに勿体ぶってくる。


 ここが見せ場か? ならばノッてやるか。


「えー、めっちゃ気になるー」

「棒読みするならソウヤだけ見せないわよ?」

「半端なく気になります! 教えてくださいませソフィー様!」

「そこまで大袈裟に言わなくても良いわ! 不敬罪で牢屋送りなんて嫌よ!」


 ドン引きするソフィーだったが、コホンと気を取り直してトイレの右手少し奥の扉を開ける。


「何も無いやんけ……」


 何にも無い。ロッカー的な物置だけはある。

 鏡と洗面も4つある。


「この左は備品置き。備品置きの隣はこの階2つ目のトイレ。洗面と鏡は4箇所用意できたわ」


 ソフィーの言葉に女性陣は拍手している。


 なんだ? 知らないのは俺だけか?


「そして……待たせたわね。ここが目玉の……じゃーん! 大浴場よ!」


 バーンと扉を開けたら、そこには大浴場……と言う程の大きさでは無かったが、8畳程の風呂場があった。

 8畳の内、3畳が風呂場で、5畳が洗い場と言ったところだろう。

 大人数が一度で入るには狭いが、2〜3人が一緒に使う分にはゆったり使える。俺込みで13人の所帯になるが、俺には専用のシャワーもある。12人を3つか4つに分けて30分ローテーションすれば問題無く使えるに違いない。

 男女だけはきちんと分けないとな。


 そう思っていたらとんでもない言葉がソフィーから出てきた。


「この大浴場は、基本男子禁制だから。そのためにソウヤの部屋にシャワー設置したんだし」

「いやいや、他の男はどうすんだよ?」

「え?」

「え?」


 俺はソフィーと顔を見合わせる。

 何か間違ったこと言った?


「ねぇ、ソウヤ。ソウヤが採用するって言った7人、全員女よ?」

「ぶふっ!」


 いや知らんがな。


「なんでそんなことになってるんですかねぇ?」


「健康な男は労働力として使えるからに決まってるじゃない。力も無い厄介者だけが引き抜きリストに上がったのよ。もちろん、私達も快く送り出されたわ」


 笑顔に見えるソフィーだが、これは怒っている。

 短い付き合いだが、それくらいは分かるようになったぞ?


「ナディとクララは大丈夫なのか? 抜けられると戦力的に困るんだろ?」

「オレ達は戦力的にだけな。むしろ抱えとく方がキチィんだと。所属は騎士団のままで外活動してくれるんなら願ったり叶ったりだってよ」

「貴族的な言い回しも無く、直接そう言われましたの。びっくりでしたわ。まぁ、騎士団長も色々と気を回してくださった方ですので『良かったな』と言われて胸のすくような思いでした。ふふ」


 騎士団も騎士団で色々あるんだな……。


「男は俺1人か……気兼ねなく話せる同性がゼロってのは想定外だったぞ……」


 そこにミーナもしゃしゃり出てくる。

 俺は構えたが、この時の俺をぶん殴ってやりたい。


「ソーヤ的には嫌かもしれないけど、アメリアってこう見えて男が苦手なの。でもソーヤなら大丈夫だって言うから……できればこの体制でやらせてほしいなー」


 上目遣いでおねだりしてくるミーナは全く可愛くないが、アメリアたんが男嫌いで俺だけは大丈夫と聞き、思わずミーナにも笑顔になる。


「しょうがない。アメリアのためならしょうがない。このままいこう」

「なんで? なんで私のためじゃなくてアメリアのためなの? 今、お願いしたの私よね?」


 アメリアたんの笑顔と俺の笑顔がシンクロする。


 大丈夫。アメリアたんに悪い虫は一匹たりとも近付けない。


 そこにパンパンと手を叩き、注目させるソフィーがいた。


「ただ、1つだけ決まっていないことがあるの。この工房の名前よ。何か良い案は無いかしら?」


 そこにビシッと手を挙げるのはマイエンジェルアメリアたん。


「ハイルン……こ、ぼー。でどどーってしょー?」


 口だけではなく、紙にも書いて出してくれる。


 目を凝らして見てみれば、そこには【ハイルン工房】と書かれていた。【翻訳鑑定】によれば、【癒し工房】とのこと。


「アメリア、採用。絶対にダメとかってある? 文化的にとか、言葉的にとか。そう言うのがあれば教えてくれ」


 俺の言葉に、アメリア以外は首を振る。


「【癒し】の単語そのものに文句を言われ兼ねないけれど、【癒しの勇者】であるソウヤが使うんだもの。文句を言う奴がいたら王宮に対応してもらいましょ」


 ソフィーの言葉にみんなが頷いた。


 ここに【ハイルン工房】が設立したのだ。


「じゃあ各自荷物の搬入と掃除、片付けな。夕鐘になったらアメリアは食事の用意。支度ができたら呼んでくれ」


 アメリアは優雅に一礼し、先に下へ降りていった。


 俺も下へ下りる。


 残ったソフィー、ミーナ、ナディ、クララは何か話し合ってから下りるらしい。


 さぁ、これから忙しくなるぞー。

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