第17話 工房への引っ越し

 アメリアが決死の覚悟で間に割って入ってくれたおかげで、ようやくソフィーに話を聞いてもらえる状態となり、斯々然々と説明する。


 話を聞いたソフィーは「どはぁ〜」と盛大な溜め息を吐いて「そんなことだろうと思った」の一言で片付けやがった。


 危うく勇者殺しの称号が付くところだったんだぞ。


「まぁ確かに、薬の事ばかりにさせてしまった私達にも責任はあるわね。ほんのちょっと」


「だから言っただろ。クランケンハオスやサージェリー王国、法律や文化を学ぶことは薬を創る上で必要だって。こうして身近な者とすら擦れ違うんだ。人材を増やし、その人材を使うために上へと立つならば、文化を学ぶことも重要だ」


「多分、とか言ってなかった? とっても自信なさそうに」


「そうだっけぇ?」


 俺は下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとする。

 口笛がまともに吹けてない時点で大失敗だが。


「はぁ〜、ミーナどころかクララまで泣かせて……ナディも涙目だったのよ? どう落とし前つけるつもり?」


「工房に引き抜く……じゃダメか?」


「まぁ足りないわね。蒸留酒を盛っても足りないわ」


「じゃあどうしろと……」


 あと思い付くのは現金しかない。文字通りのゴールドだ。

 でもそんなので喜ばれると逆に悲しい気持ちになっちゃうな。


「まぁお金が一番手っ取り早いけど、そこは腐っても勇者なんだし……あ、勇者様でしたね」


 いきなり敬語に戻すなよ。


「もう良いだろ、ソフィー。どうせもうここから出るんだ。普段通り話してくれ。その方が俺もやりやすい」


「……分かったわよ。まったく、しょうがない勇者ね」


 やれやれポーズのソフィーだが、口は笑ってるぞ。言わないけどな。

 そしてさらに不気味な笑顔を見せてくる。


「さて、ソウヤには、ソウヤにしかできないことをして、私達を慰めてもらいましょう。私も最初に聞いた時は泣きそうになったんだからね?」


 嘘だッ! 絶対にたかる気だ! 便乗反対!


 高らかに声を上げようとしたが、左腕にアメリアたんがくっついてきた。そしてウルウルでキラキラの視線を真っ直ぐ俺に……目が、目がぁ!


「わだ……しも、ほしい……でつ……」


 くっ! アメリアたんに欲しいと言われて貢がない男がどこにいる!?


「良いだろう……アメリアに免じて聞いてやる!」


「勇者ソウヤに、の入った手・が・み☆」


 星じゃねぇよ。

 キラッて効果音が聞こえたぞコラ。


「許してください。何でもしますから。って手紙に書いて、その券を1枚入れておけば絶対にすぐ機嫌を直すわよ? それこそ掌クルッて返すように」


「あのさ、何でもってさ……どうすんの? 『ん? これ何でもするって書いてあるよね?』ってその券見せられて『えぇっ、それは……』ってお願いだったらどうしてくれるの?」


「それは何とかしなさい。さすがに法律の範囲内でって注釈は付けといてあげるから」

「法律の勉強もやらねば……」

「それに、私が代筆するなら読むくらいはしてくれるわよ。あの様子だと、ソウヤが近付くだけで逃げるわよ?」


 …………。

 これは詰んでいるのでは無かろうか?


 アメリアたんを見る。

 やるべきだと目を見て頷かれる。


 しゃあない。


「じゃあ、ソフィー。それでお願い……」


 サージェリー王国の法律を信じよう。


 手紙と、何でも言う事聞きます券の作成をソフィーにお願いし、アメリアと一緒に荷造りを始める。


 ナディとクララ、そしてミーナはその日戻って来なかったが、ソフィーが書いた手紙をそれぞれの部屋に持って行ってくれるとのこと。


 そして翌日。


 目覚めたら、満面の笑みを浮かべたミーナ、ナディ、クララが俺のベッドを囲うように立っていた。


 マジで怖い。


 3人は俺が体を起こすのを見るなり、深く綺麗に頭を下げる。


「ソーヤ、ごめん。私の早とちりだったのね。ソーヤ、私、これからも頑張るわねっ! それで……手紙の通りに……きゃっ……やだ……もぉ〜」


「すまねぇ、ソウヤ様の話もちゃんと聞くべきだったな。あの手紙……ソフィーの代筆とは言え感動したぜ。これからも頼むぜ、ソウヤ……いや、旦那」


「心よりの謝罪を申し上げますわ。あんな酷い言葉を投げ掛けたにも関わらず、あんな熱烈なリーベスプリーフ……あのような券など無くても、いつでも構いませんわよ。あ、ですが、事前に教えていただいた方が……その……準備もありますので……えへへ、でへへ」


 ちょっとソフィーさん。

 お手紙にナニ書かれたんですか?

 中身は見ない方が身のためと言われたから見なかったが、俺が全く関与してないことがバレたら身の危険しかなくなくない?


「おはよう。誤解が解けたようで何よりだ。さぁ、今日は残りの荷造りと引越作業だ。気合い入れてやるぞ」


 俺の言葉に、3人は頷く。

 アメリアもすでに来ており、朝鐘が鳴ると同時に朝食を摂る。

 働鐘が鳴る頃には、馬車への積み込み作業を終え、やってきたソフィーと共に出発だ。

 御者をミーナに任せ、外の護衛はナディとクララ。

 アメリアとソフィーは、俺と一緒に馬車の中だ。


「仲直りできたようね。良かったわ」


 可愛らしい不気味な笑顔を向けてくる。


「ナニ書きやがった……」

「遅かれ早かれそうなるだろうと思ったことを書いたまでよ」

「なにそれ怖い……」


 俺が震えるのを楽しみにしてないかねソフィーさん。


「それよりも、コレ」

「なにこれ?」


 ソフィーに羊皮紙を渡される。そこには人の名前らしき文字がリストされていた。


「引き抜き可能な人材リストよ。思った通りと言うか案の定と言うか……」


 言い淀むソフィー。これはアレだな。


「ソフィーの言う欠陥品の厄介者達ってヤツか?」


 認めたくなさそうに頷くソフィー。

 目を凝らすとリストの名前が翻訳される。


「『ベルティーナ・ヴァーゲ』、『エマ・ワッサーマン』、『フレデリカ・シュタインボック』、『ルーリー・ツヴィリンゲ』、『リーゼロッテ・ヴィッダー』、『アドルフィーナ・クレーブス』、『ミア・スコルピオーン』。この7人か。とりあえず全員採用で良いだろうよ」


「ぜ、全員? 何ができるか聞かなくて良いの?」


 俺は溜め息を吐く。


「細かい作業もあれば単純作業もある。金の管理もあれば資材や素材の管理もだ。人手はいくらでも欲しいし、どこかに適正はあるだろ。掃除、家事だけでも役に立つ。家事もアメリア1人に負担させる訳にはいかないからな」


「ソレはそうだけど……」


「何ができるかは、やってもらってから判断したい。それじゃダメか?」


 ソフィーは少し悩みながらも首を振る。


「ううん、ソウヤがそれで良いならそうしましょう。ただ、全く使えないからって、即解雇はできないんだからね?」


「とりあえず五体満足で健康なら良い」


「分かった。それで打診するわ。まぁ断られることは無いでしょうね」


 人材確保の目処が立ったのでヨシとする。

 仲良くできるかなぁ……。


「とりあえず、乳酸菌製剤を創って王宮に売ればそれなりに金になるだろう。安定して生産できるようになったら市中にも流せば良い。ただ作り過ぎてはいけない。他の薬が創れなくなる」


「なるほどね。その辺の調整も必要なのね……。分かったわ。しばらくは王宮との調整役もやってあげる」


 ソフィーが胸を叩いて仕事を引き受けてくれる。


 事前の準備や根回しは順調っぽいな。


 あとは工房か。


 ソフィーと色んな話をしている内に、ようやく着いた。

 だいぶ時間が経ったと思う。


 山手線で言うなら東京ー品川くらいあるだろうか? 体感で1時間ちょっとくらいだと思う。


 そうして着いたのだ。


 まだ看板のない俺だけの工房に。


 真新しい白い石壁の4階まである建物。


 異世界を救う製薬工場が、ここに設立したのだった。

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