第15話 食中毒

 ナディとクララが真面目な強面で、全員すぐさま出来立てほやほやの乳酸菌製剤を飲めと言ってくる。


 もちろん俺はすでに飲んているので慌てることはない。


 ただ、ソフィーとミーナ、そしてアメリアが内庭の隅っこで縮こまって震えている。

 ミーナもナディとクララには勝てないのかな?


 俺は落ち着けと両手を下に向けるジェスチャーをしながらナディとクララに伺いを立てる。


「いきなりどうした? 2人が問題無いようなら元々みんなに飲ませるつもりだったんだ。状況の説明くらい求めて良いだろ?」


 ナディとクララは俺の言葉を聞くなり、顔を見合わせて跪く。


「実はここ数日、食事を摂る度に、腹に違和感を感じるようになりました。邪気が溜まるような……と言ってもソウヤ様には通じないかもしれませんが」

「それが特選煎茶を飲んだ時に緩和されたのですわ。ですが、今この薬を服用し、腹部の毒素というか、違和感が完全に消失したのです。食事にナニか仕込まれていた可能性がありますわ」


 何かって……毒?


 この会話が聞こえていたらしいミーナがダッシュで戻ってくる。


「これ、あのお茶より効くの!? じゃあ飲むわ! はむ……んぐっ……。しゅっぱ!」


 すでに3人分小皿には取り分けており、その1つを丸呑みしたミーナは梅干しを食べた子どものように目や口を窄めている。

 しかし、すぐにお腹を擦り、驚いた顔になる。


「あ、治ったわ。ソフィーもアメリアも、さっさとソーヤの薬食べなさい!」


 仮に毒だとして、そんなに早く効く訳無いのだが。

 だってまだ胃の中だろ?

 それともクランケンハオスの乳酸菌には即効性でもあるのか?

 確かに【翻訳鑑定】は地球と同じ様な物を見定める事ができる力だ。同じ様な物なのてあって、全く同じではないだろう。


 ミーナに言われて、渋々乳酸菌製剤を飲み込む2人。

 みんな酸っぱそうな顔をするなぁ。

 その後、パッと晴れた顔になり、みんなと同じように腹を擦っていた。


「お、な……か、すすっ……きりーしまざだ」

「なるほど、遅効性の毒ですね。少しずつ腹に溜められていた……とすると、食事ですか」


 アメリアを見て言うソフィーの言葉に、ナディとクララは首を横に振る。


「ソウヤ様を狙ったもんじゃねぇぜ。今日の騎士団定例訓練も調子が落ちてる奴が多かった。階級が上の奴程動きが鈍ってる感じだったな」

「毒と言っても、かなり弱いですわ。同じ食事をあと2日3日続けてやっと表に出てくる人もいるという毒です」


 原因究明に勤しむのも結構だが、それならそれでやらねばならんことがかなりある。


「お前ら全員に命令だ。この乳酸菌製剤を量産するぞ。明日までに数を揃える。アメリアとナディとクララで買い出し。ミーナと俺で創る。時間が勝負だ。急いで取りかかるぞ」


 俺の命令に、全員が即座に動く。

 ソフィーがアワアワしている。そりゃそうだ。ソフィーにはまだ指示を出していないからな。


「ソフィーは王様に報告。王族達の体調や、貴族達の状況、可能なら原因究明に向けた上級文官達との意見交換の場の設定だ。やれるか?」


 ソフィーは力の籠もった目で頷く。


「分かったわ。ここは任せる。ソウヤ、行ってくる」


 敬語じゃなくてちょっとドキドキしたが、それだけ仕事に関しては信頼されているということだろう。


 まぁ、まだ会って日も浅いが、ここいらで俺の実力をたっぷり見せてやろうじゃあないか。


 俺は材料が揃い次第、とにかく大量の薬を用意してやった。


 24時間待ちの500mLくらいのガラス瓶が10個できたところでソフィーが戻ってくる。


 ナディやクララ、ミーナも戻ってきて薬作りの手伝いをしてもらっているので、全員がソフィーを見る。


「原因が分かりました……」


 深刻そうな顔で俯くソフィー。そんなにヤバい事態なのか?


「原因は、ソウヤ様――」


 え? 俺?


「――の歓迎接待のために用意した最高級食材です。サージェリー王国の各地から取り寄せ、全て揃うのに1週間。召喚し、その宴で使い切るはずだったのを、自分たちの懐に収めて長く楽しむつもりだったようで……その……つまり……」


「熟れ熟れを通り越して腐り始めの食材をみんなで食べて腹に来ていると。自業自得の食中毒じゃねぇか!」


 ソフィーの溜め息は恥ずかしさと申し訳無さから、来ているものだな。俺でも分かる。


 5人娘の視線が俺に向く。


 少し状況を整理したいな。


「王様の調子は?」


「今朝から悪いようです。王だけでなく、夫人や王子、王女やその側仕え達もです」


「じゃあ調子の悪い者を優先してコレを与えてやれ。一口でもそれなりに効果はある。明日には与えられる薬が増える。それまで保たせろ。水分をしっかり摂らせてるんだ。腹の中身を全部出させるつもりでな」


 俺は完成したばかりの乳酸菌製剤の残りをソフィーに渡す。


「よろしいのですか? ソウヤ様……その、大変ありがたくは思いますが……」


 歯切れの悪いソフィー。

 王族の俺に対する礼を失した行為に、俺が怒って見捨てるとでも思われているのだろうか?


「王様に俺の実力を身を以て知ってもらう良い機会だろ。余り物とは言え、美味い食事には変わりなかったし、住処もこうして与えられている。優秀な側仕えに、優秀な護衛騎士、優秀な文官まで付けてもらっといて見限る真似はしないって。それに、まだまだ金も必要だからな」


 嘘偽りない本心だ。

 王様の本心がどうなのかは知らんけど、俺としては最低限の礼は尽くされていると感じている。

 勝手に呼びつけておいて……というのはあるが、そこら辺の厳しい異世界転生・転移モノよりはイージーな展開だ。

 むしろ難易度はここから二次曲線を描くように上がっていくだろうから、味方は多い方が良い。

 増長されるかもしれないが、それならその時だ。


 俺の思いに、ソフィーは胸の辺りに拳を置いて、その拳をグッと握る。


「分かりました。王からしこたま報酬を頂いて参ります。では」


 そしてソフィーは薬入り瓶を持って早歩きで去った。


 翌日、完成した乳酸菌製剤を王宮中に配りまくった。

 王宮で食事をしたことがある者全員が食中毒症状を起こしたためだ。


 薬を量産しておいて正解だった。


 俺はソフィーに歓待用の食材の完全廃棄を王から命じさせるよう指示を出し、各所に栄養指導や衛生管理について指示を出して回るのだった。


 おかげで3日で全員無事に回復したよ。


 初めての大仕事、クリアだぜ。

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