第14話 整腸剤を作ろう〜完成

 新しい朝が来た。


 今日はベッドの隣に誰もいない。


 良かった。でもちょっと寂しい。


 大天使アメリアたんの抱き枕売ってないかなー。


 昨日の晩飯の時の笑顔、輝いてたもんな。

 あの笑顔で麦飯3杯イケる。


 そして残念なお知らせも朝飯の最中に聞いた。


 ここ3日間の料理が豪勢だったのは、治癒の勇者歓迎対応用の最高品質食材らしい。

 俺が治癒魔法をちゃんと使えていたら、三日三晩の宴だったようだ。

 治癒魔法を使えないが、女神が『コイツなら何とかしてくれる』と言う人材を寄越したため、様子見がてら食材を回してくれていたらしい。

 もちろん、全てではない。

 大半は王族や上級貴族にやら配分されたということで、俺達は余り物の食材を回されていたということだった。


 余り物でもかなり美味しかったのに、王族貴族達はどんな料理を食ってたんだろうな。


 でも、アメリアが味付けなどを工夫して頑張ってくれるとのこと。


 マジで大天使アメリアたんである。


 これはもう俺が薬を創ってしっかり稼がねば。


 美味しい食材をいっぱい買えるようになってアメリアを楽にさせてやらねばならん。


 そうして俺はミーナに指示を出し、乳酸菌製剤量産のために使いっ走りをさせるのだった。


「ソウヤ様、今日はどうされるんですか?」


 昨晩モリモリと飯を食って元気いっぱいのソフィーが声を掛けてくる。

 ちょうど働鐘が鳴った。

 鳴り終えたところで説明する。


「今日は次の薬、抗生物質の準備だ。今はそのためにアメリアにお願いしてライズのとぎ汁を貰いに行ってもらっている」


 なんとこの世界には米があるのだ。

 但し高級食材である。南のナントカという国の名産らしい。

 俺のところには回ってこなかった。


「あとは芋の……カートフルのとぎ汁だ。これを混ぜて液体培地として、青カビを培養しまくる」


 ぶっちゃけ、初期の抗生物質の精製方法なんて覚えていない。

 とあるドラマでやっていた方法の丸パクリである。

 しかし、俺が薬剤師になったキッカケでもある。

 よってパクリではなく、リスペクトなのだ。


「と言うか、ナディとクララはどうした? 今日は見ないけど」


 俺の言葉に、ソフィーは即座に頭を下げる。


「すみません、ソウヤ様。2人から伝言を預かっておりました。今朝は騎士団の訓練があるので、護衛は昼鐘の少し後になる、とのことです」


「護衛いなくなっちゃうけど、良いのか?」


 護衛騎士なのに、護衛しないとは如何なものか。


「ミーナがいるので大丈夫だろうと……」


 そのミーナも買い物に行っちゃったけど?


「まぁミーナはすぐ帰ってくるだろうし、何かあっても俺が守ってやるから。一応俺、勇者だしな」


 最弱の勇者である自信も自覚もちゃんとあるぞ。


「ありがとうございます。有事の際は、ソウヤ様を盾に全力で逃げますね」


 ソフィーさんや……そこは冗談でも一緒に残るくらい言うもんやで……。


 俺が項垂れているとアメリアが大鍋に米のとぎ汁を入れて帰ってきた。

 アメリアから受け取り、陶器の大きな壺にとぎ汁を入れる。

 芋のとぎ汁は、昨晩の料理の後貰ったのですでに入っている。


 さらに、青カビ付きのチトーネを洗ってカビを落とし、その水を入れる。チトーネは入れない。


 あとは軽く振って、ひたすら待つ。

 温度は20℃前後なら問題無いだろう。

 日陰に置いて放置だ。


「これであとは待つだけだな。数日は放置したいところだ」

「はぁ……これも待つだけですか……」

「青カビさえ増えれば抗生物質は確実に取れる。ただ、ここから先の薬は試行錯誤の繰り返しだ。失敗が前提になる。それが普通だからな」


 俺の言葉に、少しだけ沈んだ顔になる。

 毎回必ず成功は有り得ない。それを理解してくれたようだ。納得はしてくれていないみたいだが。


 しかし、俯いている暇も立ち止まっている暇も無いのだ。


「待っている間にもやることは山のようにある。中級文官であるソフィー様にはご享受いただかねばならぬことが山のようにあるからな」


 俺が急に下手に出たことに対し、気持ち悪がって露骨にドン引きする。

 さすがにちょっと傷付くぞ?


「ソフィーにはケランケンハオスの地理や歴史、国内の状況や国外の状況、それに文字やら文化やらも教えてもらわなきゃならんからな。どれも薬の製作に必要になる……かもしれん」


「随分と曖昧な物言いですね」


 俺は当然のように頷く。


「薬を創れるのが俺しかいない現状、地域によって取れる薬草や使う薬、流行り病も違ってくる。優先順位を決めて、何が創れるのか、何を創らないのかを考えて動かなきゃならん。まずは薬が創れるのかどうかってところだがな。先を見て動ける内に動く。正直言って、ちょっとひどい流行り病が出た瞬間に国が滅ぶぞ」


 俺が脅すように言うと、ソフィーは息を飲んで黙ってしまった。

 国が滅ぶと聞いて、そんな馬鹿なと思う反面、治癒魔法とポーションが使えない現状有り得なくはない話だと理解してしまった……そんなところだろうか。


「とは言っても、今日明日でいきなり国が滅ぶとか言う事態にはならんだろう。だから、できることからやっていくんだ。地道にな。という訳で頼むわ。まずは地理かな」


「……分かりました。専任文官として、ソウヤ様の疑問にはできる限り答えさせていただきます」


 そうしてサージェリー王国の地理を習っていると、アッという間に昼鐘が鳴った。


 サージェリー王国が菱形みたいな形をしていて、西にべハンドルング帝国があることまでしか頭に入っていないぞ?


 アメリアが昼食の準備をしてくれ、昼食を終えたところでナディとクララがやってくる。


 2人はもうヘルムをしていないな。

 いや、手に持っている。俺の部屋に入ると同時に外したのか。


「ナディア・レーヴェ、護衛に復帰します」

「クラーラ・ユングフラウ、同じく護衛に復帰しますわ」


 跪いて挨拶してくれる2人を俺は労う。


「2人とも御苦労様。では早速、2人には完成したばかりの乳酸菌製剤を進呈しよう」


 俺は完成したばかりの乳酸菌培養ミールに、ゾーカーという名の砂糖をちょっとまぶして小皿に入れて渡す。


 2人は臭いを嗅いで「ウッ……」と言っているが、俺は笑顔で食えと促す。


 クララは諦めたように目を閉じている。俺の薬の実験台になることは受け入れているようだからな。

 ナディは違うので逃げ出そうと――したがクララに捕まった。クララの笑顔が悪のボスである。あらまぁカッコいい。

 ナディは諦めたように小皿を持ち、クララと一緒に小皿を煽って一気に飲んだ。


 味が酸っぱいのはしょうがない。だって酸性なんだもの。

 漬物やキムチも酸っぱい感じあるでしょ?

 アレ乳酸菌よ? 一応ね。


「大丈夫だ。ちゃんと俺自身毒見を済ませてある。さぁ、感想を教えてくれて」


 酸っぱそうに顔を窄めるナディからは感想を聞かなくても分かりそうだな。

 クララは実験された側の感想を教えてくれた。


「不味さで言えば特選煎茶の方が酷かったですわね。それを思えば多少はマシ……ゾーカーは入れてくださったのです?」


 俺は頷く。


「ゾーカーも良いですが、ホーニヒでも良いと思いますわ」


 ホーニヒとはなんぞや……。後でソフィーに書いてもらおう。書いてもらいさえすれば【翻訳鑑定】で読めるのだ。


 突然、酸っぱそうにしていたナディと渋い顔をしていたクララの顔がパッと明るくなった。

 そして、2人して顔を見合わせる。

 こちらを向いた2人の顔は鬼気迫っているように

見えた。


「まだコレを飲んでいない者は全員飲むんだ!」

「今すぐにですわよ!」


 なぜか急に掌を返されるのだった。

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