第13話 整腸剤を作ろう〜乳酸菌製剤

 買い出しから帰ってきた俺は、早速戦利品を広げる。

 今は俺一人だ。

 みんなは片付けのため自室、もしくは厨房にいるからな。

 ミーナは俺の荷物だけでなく、厨房の食材や飲み水も運んでくれていた。

 その片付け中である。


 勝手に創るとソフィーに怒られるので、俺は下準備までだ。


 小麦粉と牛乳入りの壺、ヨーグルトの小瓶詰めも置く。

 そして蓋を閉められるガラス瓶が2つある。


 1つには青カビ付きのチトーネを入れておく。

 晩御飯の時に寒天培地ようの材料を分けてもらおう。

 まずはコイツを増やさねばならぬ。


 その前に、乳酸菌製剤を創る。


 便秘や下痢は万病のもとだからな。


 腹の調子を整えることが一番の健康の秘訣なのだ。


「お待たせしました、ソウヤ様」


 荷物を置きにだけ帰ったソフィーが戻ってくる。


「もうすぐ夕鐘が鳴りますが、それまでに終わるのですか?」


 俺が広げた機材を見て眉を吊り上げるソフィー。


「残業代は蒸留酒でどうだ?」

「夕食を御一緒させていただけるなら、夕食前まで構いません」


 晩飯を一緒に?


「上司と一緒に飯食うの辛くない?」


 俺の言葉に、ツンとするソフィー。


「背に腹は代えられません。大銀貨2枚のお給金とはそういうものです」


 20万の給料では余裕が無いということか。

 まぁここは王宮……東京みたいなもんだもんな。

 住み込みとは言え、金が掛かるんだろう。


 そう思ってハッと厨房の方を見る。


「じゃあ、側仕えの2人って……」

「食事はここで摂れているようなので食うに困ることは無いと思います。仕事着は支給されますし、給金は大銀貨1枚程度かと思いますが、中級文官の私よりは自由に使えると思います」


 それを聞いてホッとすると同時に、つまるところ部下5人衆の中で一番貧乏しているのはソフィーということになる。

 ナディとクララは上級騎士なんだから、危険手当諸々で結構貰っているんだろう、多分。


「俺にどんだけの予算が充てられてるかは知らんけど、余裕ありそうならこれからも一緒に飯食べる? 嫌じゃなければだけど」


 俺の言葉にソフィーの目が鋭くなって光る。


「その様子だと予算管理は私がやった方が良さそうですね。予算管理の仕事は増えますが、夕食と引き換えならば問題ありません。夕食前までソウヤ様と薬についてお話できますし、残業代として蒸留酒をふるっていただけるなら、是非、お受けしたいと思います。是非」


 ズイズイッと顔を近付けてくる。

 圧が凄い。

 クランケンハオスの人間はこんなんばっかりか?


「まぁ可愛い部下の頼みだ。是非頼もう。当然アメリアと共同で管理だからな? 大丈夫だと思うけど、アメリアの負担を増やすなよ?」


「任されました」


 ふふんとそれなりにある胸を張るソフィー。嬉しそうで何よりだ。


 早速ソフィーが厨房に報告しに行く。

 すぐ戻ってきたソフィーは満面の不気味笑顔だった。

 晩飯代はそれ程に切実だったということだろう。

 俺にとっては可愛い笑顔だけどな。


「予算的にも余裕があり、アメリアも助かるということなので、契約成立です。それで、これからどうするのですか?」


 俺は蓋のある空き瓶1つの前に、小麦粉と牛乳を出す。そしてヨーグルトの小瓶詰めを指差して言った。


「これから乳酸菌製剤という薬を創る。効果としては整腸剤だ。便秘、下痢のどちらにも対応でき、軽い食あたりもコレで何とかなる。体の中の雑菌を殺す抗生物質までの繋ぎとして創っておきたい。これは簡単だからな」


「ニューサンキン?」


「簡単に言うと悪い菌が雑菌で、良い菌が乳酸菌だ。腹の中で雑菌と言うなの敵兵と戦い、腹の平和を保つ味方の兵士だ」


 ふんふんと羊皮紙に高速でペンを走らせるソフィー。


「まずはこの牛乳……じゃなくてクーミーシュを脱脂する」


 脱脂するには遠心分離が一番だ。

 もっとも、遠心分離機なんて無い。


 しかし、別で購入しておいたでっかい試験管みたいなガラスの入れ物にクーミーシュを入れ、紐で包むように縛る。


 ちょうどその時に夕鐘が鳴った。


「ミーナ! ちょっと来てくれ!」

「ハイハーイ、ソーヤ、どうしたの?」

「これをぶん回してくれ。割るなよ?」

「ソウヤ様、ミーナの言葉遣いを――」

「ミーナには許可を出してある。意思疎通の障害になるような言葉遣いはしなくて良いってな。もちろん外ではダメって言ってあるぞ」

「そうよ、ソフィー。それに今夕鐘鳴ったじゃない? もう仕事は終わり、よね? まぁこれも仕事だろうけど」

「そういう訳だ。夕鐘鳴ってまで仕事してくれるんだ。言葉遣いにまで文句を言ってたらやってもらえなくなっちまう」


 何か言いたげなソフィーだが、俺とミーナに言い包められて何も言えなくなったようだ。

 まぁここから先の作業が気になると言うのもあるだろう。


 ミーナは俺に言われた通り、内庭で大きな試験管をぶん回す。

 しっかり回してもらったところで俺が止め、試験管をそっと持つ。

 試験管の中身は、綺麗な二層に分離していた。


「これで上がクリーム、下が脱脂乳だ」


 俺は上のクリーム部分を小皿に移し、蓋のある空き瓶に脱脂乳を入れる。

 これを何度か繰り返し、クーミーシュの全てを分離させた。


「ミーナ、このクリームは何か料理にも使えるだろうから、アメリアに持っていってくれ。使えないようなら捨ててくれても構わないから」

「分かったわ。持って行ってくる」


 ミーナは山盛りクリームの小皿を持って厨房に走って行った。


 俺は脱脂乳を入れた蓋付きのガラス瓶に、入れた脱脂乳と同じくらいの量の小麦粉を入れる。

 そして水分が均等に行き渡るように振って混ぜるのだ。


「クーミーシュとファイツンミールを入れる意味は何ですか?」

「乳酸菌を培養……つまり増やす土壌を作るんだ。作物と同じで、乳酸菌も培地が整えば自然に増える」

「バイチというのがあれば、む、無限に増えるのですか?」

「いや、無限には増えない。乳酸菌は酸を出す菌だが、pHペーハー4になると増殖が止まる。簡単に言うと、乳酸菌という木には酸っぱい実が成るのだが、酸っぱい実が地面にたくさん落ちると地面も酸っぱくなって実が成らなくなるということだ」


 ソフィーのペン速がガタ落ちである。


「何となく分かったような……うーん」


 説明が下手でスマンな。


「まぁ増えるにも制限があるってことだ。そしてここにヨーグルトを入れる」


 俺は小瓶詰めのヨーグルトの中身を全部入れる。全部と言ってもたいした量ではない。

 目分量だが、脱脂乳500g、小麦粉500g、ヨーグルト50gくらいだと思う。


「あとは1日放置だ。とは言っても、明日の昼鐘くらいに確認すれば良いだろう。温度が均一な場所が良いな。どこが良いか……」


 俺は室内を見渡す。窓が全開だもんな。室温は外気に依存するもんな。

 冬場とかどうしてるんだコレ?


 俺は唯一締め切ることができる風呂場に置くことにした。

 蓋付きなので、多少湿気があっても大丈夫だろう。

 風呂の最中は外に出しても良いだろう。


「……これで終わりですか。確かにすぐでしたね」


 思いの外早く終わり、ソフィーは呆気に取られた顔をしている。


「薬創りは時間掛かるものが多いからな。待ち時間の間に休んだり、材料を揃えたり、他の事をしたりすることが多くなる。今後はそのつもりで動くように」


「かしこまりました。ソウヤ様はこれからどうされるのですか? もう少し夕食には時間があるようですが」


「もちろん風呂に入る。覗くなよ?」

「だだだだれがそんなこと!?」

「ミーナには覗かれたからな。まぁ体を拭くのと着替えのためだろうが」

「!?」


 なぜか驚かれている。声にならない声を出している。


「まぁともかく風呂入ってくるわ。ソフィーも時間あるなら入ってきても良いからな」


 そうして一仕事終えた俺は、風呂へと向かうのだった。

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