第12話 整腸剤を作ろう〜買い出し

 俺は立ち上がり、全員を見てからソフィーを見る。


「せっかく金があるんだ。本格的に創るには工房でないとダメだが、まずは何の薬が創れるのか色々試したい。市場で素材を見てみたいんだが、これから買い出しに向かうことは可能か?」


「買い出しは側仕えの仕事ですが、ソウヤ様が一度足を運ぶのは良いと思います。外出許可を取ってきましょう。その間に準備をしていてください」


 外出許可はあっさりと取れそうだ。


 ソフィーが退室したところで、ナディとクララも動き始める。


「私達も外行きの装備に変えて参ります」

「わたくしも装備を変えねばなりませんわ。一度退出させていただければと思います」

「構わない。しっかり準備してきてくれ」


 2人が退出し、アメリアとミーナも急ぎ始める。


「私達も食材や飲み水の買い出しに行くわ。薬の素材に必要なモノも目で見て確認できれば、次からは私やアメリアが買うからね」


 アメリアはミーナに合わせてコクコクと頷き、掃除をテキパキと行っていく。


 出掛けるなら、シーツ交換などの家事を全部終わらせる必要があるということか。


 次からは事前に伝えるようにしよう。


 感覚としては30分。

 この場に着替え終えた全員が揃った。


 俺が指示を出し、ナディを先頭に出発する。


 外に行く時は軽装備が常識らしく、ナディもクララもヘルムを外しており、革装備で身を固めている。


 ソフィーも外を歩くためか底のあるブーツを履いており、アメリアやミーナも一緒だ。

 俺のブーツも用意され、ミーナに履かせてもらった。


 正面玄関に着くなり、ソフィーが駆け出し、発行された許可証を全身鎧の衛兵に見せる。

 一度こちらを向き、頷いてくれた。

 もう通って良いらしい。


「通行許可が出ました。それでは街へ向かいましょう」


 小高い丘の上にある王宮からは街へは少し歩く。

 蛇行する道を進み、街を見下ろしながら歩く。


 街の規模はかなり大きい。

 石造りの家が多く、木の家もいくつかある。5階建てくらいの建物もある。中世後期くらいの文明と見た。

 日本で言えばどこが近いだろう?


 ん〜、浅草くらいしか思い付かないな。


 街に入ると、人や荷車、馬車が数多く行き交う光景が目に飛び込んで来る。


「ほぉ〜、活気があるな。これなら少しくらいは期待できそうだ」

「ここはハウプトシュタットですよ。国中の物が集まります。逆に言えば……ここに無い素材を使ってのクスリは作れませんね」


 その通り過ぎて何も言えないな。


「では早速市場を見ましょう。こちらです。ナディ、案内を」

「任された」


 ナディを先頭に歩く。4区画程進んだ先に露天商だらけの通りがあった。

 人だらけの揉みくちゃである。

 ここに飛び込んでいくのか……。


「商業区はこの先ですが、素材ということを考えるとこの蚤の市も悪くないと思われます。どうします? 行きますか?」


 俺は後ろを見て考える。

 アメリアをこの中に飛び込ませたら、溺れるのでは無かろうか?

 そんな心配事をする俺に気付いたアメリアたんが微笑んでくれる。

 あぁ、眩しい。俺の天使は守ってみせる!


「クララ、アメリアを護衛し、先に商業区で待ってなさい」

「かしこまりましたわ」


 もちろん適材適所だ。


「じゃあナディ、ソフィー、ミーナ、行くぞ」


 結論。

 ナディとミーナがいれば大丈夫。

 押しくら饅頭状態でも、ナディとミーナに敵う奴はいない。

 大巨漢を意にも介さず「はいはーい、ちょっとどけてー」と通り道を作ってくれるミーナさんカッケェっすもん。

 この分だとクララ付きアメリアを連れて来ても大丈夫だったな。


 目ぼしいモノもあったし。


 花がたくさん売られていて、生薬の花が思いの外あった。

 ソフィーとミーナにあれそれと伝え、希少な物でないと確認できたので今度買ってきてもらうことにした。


 今回買ったのは、ミーナがクーミーシュと言う名の牛乳の入った壺、ソフィーがファイツンミールと言う名の小麦粉入り布袋を持っている。

 ナディは護衛だが、重たくないモノとしてヨーグルトの小瓶詰めを持ってもらっている。

 ヨーグルトはヨーグルトで通じるんだよなぁ。


 そして俺は手元の布を見る。

 この中には、チトーネというレモンっぽい果物がある。

 青カビ付きのだ。

 ここから抗生物質ペニシリンを合成する。


 買い出しはすでに成功していると言っても過言では無い。


 ただ、ここから先は素材の買い物ではない。


 蚤の市を抜けた先、その店の前でクララとアメリアが待ってくれていた。


 赤レンガ造りのこの店の名前はグラスペ・ツイアリト。

 ガラス専門店だ。


 中に入ると、ダンディな髭をたくわえたツルッパゲのオヤジが跪いて出迎えてくれた。

 何の説明も無しでコレはビビるわ。


「店主だな。楽にしてくれ。職人に礼節は求めない。無礼な口もこの店の中でなら気にしない。その代わり満足する仕事をやってくれ」


 ソフィーには睨まれるが、他のみんながニコニコしているのでヨシとする。


 店主らしき職人が立ち上がり、少しだけ頭を下げて挨拶してくれる。


「……良いんだな? 店主のマルセル・アーヘンだ。ガラス職人で、たまに王宮にも卸してる。そこのお嬢さんに懇意にしてもらってるよ」


 そう言って、ソフィーを見て微笑む店主。


「なるほど、ソフィー行きつけの店か。そりゃ信頼できるな」


 俺の言葉を聞いたソフィーは、うんうんと頷く。

 ソフィーを煽てておくことは大事だ。

 稼げる内にポイントを稼ぐのだ。

 どうせすぐに使うことになるのだから。


「今朝の手紙でおおまかな内容は聞いている。治癒やポーションの代わりの薬を作るんだろ? その器具が必要だってな。話してみな。勇者様の言う通り、再現して作ってみせらぁ」


 すでに手紙で俺が訪れることを知っていただと?

 根回し大事文化は、俺の想定を上回るな……。

 まぁ地球だとメールや電話のやり取りで終了だもんな。


 俺は実験用の器具をいくつか絵に描き、説明しながら注文し、蓋のある空き瓶やら何やらを買ってきて、布で巻き、背負子に乗せる。


「今日は良い買い物をさせてもらった。また来る、マルセル」


「もったいねぇ言葉だ。だが、完成を楽しみにしてな。最高の器具を作ってやる」


 そして店を出た俺達は、これまたソフィーのオススメランチである。


 外はカリッと、中はモチッと食感のプレッツェルというパンに、酸味のあるさっぱりとした味わいのザワークラフト、そしてカツレツみたいなシュニッツェル。

 アメリアが味を覚えようと必死にもきゅもきゅしているのを堪能し、俺以外の用事や買い物を済ませてから帰る。


 俺以外のみんなが背負子に荷物をパンパンにさせていた。

 アメリアやソフィーの背負子は小さいが、ミーナは3倍ある。

 ナディやクララが感心するくらいなのだから凄いのだろう。

 良かったな、ミーナ。荷物持ちは重宝されるぞ。


 それにしても、一番の荷物が飲み水だとは思わなかった。

 魔法で作り出される水は、少量なら問題ないが、飲み過ぎると腹を下すらしい。

 だから自分の分の水も、アメリアから奪うように背負子に乗せた。

 仕事を奪うなと言われたが、今回だけと言い張って許してもらった。


 帰ってきたが、夕鐘までもう少し時間があるらしい。


 じゃあ今日できることをやるとしよう。


 明日にはできる、楽しい創薬の時間だ。

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